モバイル端末に決済情報を入れて支払いをする――本連載で紹介してきたモバイル決済の一般的な使い方であり、モバイルウォレットがまず最初に目指してきた部分である。話題のAppleも同様だ。ただ、モバイルウォレット自体は「電子的な財布」であり、クレジットカードなどの決済以外の情報も保管できる。身分証を入れてモバイル端末で本人確認できるのだ。例えば指紋認証などのバイオメトリクス技術を使えば、指紋認証によってロックが解除された端末内の身分証(電子鍵)を比較参照することで本人と確認できたりする。このほか、交通チケットや家の鍵などを保管することも容易だ。電子鍵という外部から書き換えや無効化が簡単なことを利用して、カーシェアやホテル宿泊などの用途で効果を発揮するともいわれる。
このようにモバイル端末活用の研究が進んでいるが、このモバイルウォレットで実現される仕組みはそのほとんどが「受け身」であり、現状で「カードをモバイル端末に保管して都度引き出しているだけ」の状態ともいえる。アメリカ編その1でも少し触れたが、「カードエミュレーション(CE)」偏重の弊害ともいえるだろう。一方で、一時期注目を集めた「Bluetooth Beacon」や、ICタグを読む「リーダライターモード(RW)」は、モバイル端末を情報収集のためのツールとして積極的に使い、さまざまなサービスを実現している。こうした仕組みで鍵を握るのは「モバイルアプリ」の存在であり、今回はこのあたりの最新事情をまとめていく。
決済ホットスポットとなったシリコンバレーで起きていること
Apple、Googleとモバイルウォレット分野での中心的プラットフォーム事業者が集うシリコンバレーは、ある意味で決済業界のホットスポットとなっている。この分野では草創期から活躍を続けているPayPalのほか、同社が買収したBraintreeのライバルとして知られ、決済機能をWebサイトやモバイルアプリにごく簡単に組み込むサービスを提供しているStripeなど、王道を進む企業もやはりシリコンバレー企業だ。最近では「mPOS(エムポス)」と呼ばれるスマートフォンやタブレットを簡易型のPOSにする仕組みの利用が増えつつあるが、その草分け的存在である「Square」。そして以前の連載でも紹介したGoogle Walletを率いていたOsama Bedier氏が始めたPOSスタートアップ「Poynt」もパロアルトに拠点を構えており、実に多くの企業がここに位置していることがわかる。意外に思われる方もいるかもしれないが、世界最大の国際カードブランドを展開する「VISA」は本社をシリコンバレー中心部のフォスターシティとサンフランシスコに構えており、実はシリコンバレー企業の1社でもある。とかく金融というと東海岸やニューヨークのイメージがあるかもしれないが、シリコンバレーは米国における技術革新ではつねに中核にある。
こんなシリコンバレーで生み出された最新の決済技術について少しだけ紹介する。最近登場して興味深かったものの1つがGoogleの「Hands Free」で、ASCII.jpに掲載した「手ぶらで店舗決済OK、Google『Hands Free』をシリコンバレーで試してみた」で詳しくレポートしているのでそちらを参照してほしいが、位置情報と本人確認を組み合わせた「モバイル端末片手に入店すれば、本人確認のみで支払いできる」というシンプルな仕組みだ。
決済スタートアップでは老舗もPayPalもeBayから分離独立後の株式上場を経て次の展開を見据えている。Square対抗と目されたmPOSサービスのPayPal Hereは残念ながら当初の計画からスケールバックしているものの、その過程においてラボで生み出された小売店向けのさまざまなサービスがあり、それらを米カリフォルニア州サンノゼにあるPayPal本社オフィスのショウルームで体験できる。写真はQRコードを使ったモバイルアプリでATMから現金を引き出せるシステムだが、物理的なカードを使わずに買い物から旅行先での移動や滞在に、あらかじめ登録されたPayPalアカウントやクレジットカードを使ってモバイルアプリ経由ですべて支払える、PayPal版モバイルウォレットが体験できる。
PayPalに関してもう1つ特筆すべきなのは、Braintree買収で同時に獲得した個人間(PtoP)決済サービスの「Venmo」だ。詳細については「『Venmo』 - 米国の若年層がハマるP2P金融サービスとは?」のレポートに詳しいが、単純な個人間送金だけでなく、家賃や公共料金などの各種支払いにも対応し、米国でいまだ存在する「小切手文化」を電子的な仕組みに置き換えることが狙いだという。そしてVenmoの最大の特徴は「ソーシャルストリーム」で、フレンド登録されたユーザーの間でのお金の流れが見えるようになっている。具体的な金額などが表示されるわけではないが、「誰と誰が集まってホームパーティをやった」「いまレストランで誰々と食事している」といった情報がシェアされ、「次の機会には誘ってよ」「面白そうだから参加していい?」といった形で広がる楽しみがある。集まった友人同士で最後の会計をVenmoを通じて割り勘にすることも簡単で、お金の動くSNSとでもいうべきだろうか。実際、Venmoを含む個人間決済サービスは急成長中であり、Apple Payも同種の機能を組み込むという噂がいまだ漏れ聞こえてきている。お金のやりとりが発生するのは、何も小売店と個人だけではないのだ。
モバイルアプリをマーケティングツールに活用する
最近、筆者が毎年行くようになって興味深く観察しているイベントが、全米小売協会(National Retail Foundation:NRF)主催の「Retail's Big Show」だ。毎年1月に米ニューヨークで開催されるこのイベントは、米国を中心に世界の小売技術関係者が集まり、展示会やカンファレンスで意見交換や商談を進める世界屈指の巨大イベントとなっている。会場内はPOSレジや在庫管理用のハンディなどの展示がほとんどなのだが、どのように集客をして売上増やロイヤリティ向上につなげていくか、マーティングのためのツールやサービスをアピールしている会社もある。その中で最近増えているのが、いまや多くの国で普及率が100%に近い、あるいはすでに超えてしまっているスマートフォンとアプリを使った集客の仕組みだ。
モバイルアプリと小売店の連携方法はいくつかあるが、少し前まではクーポンやストアの会員カードが主なもので、それ以外ではオンラインショッピングや店舗の取り置き予約などに力を注いでいたように思う。一方で店舗に誘導した顧客に可能なことは限られており、会計時のクーポンや会員カードを使った割り引き、あるいは商品にQRコードを掲示したり、無線ICタグを付与して相手の端末に読み取らせ、埋め込まれたサイトのアドレスに誘導してレシピや商品情報を紹介するなど、相手がアクションを起こさない限りは対応できない静的な仕組みが中心だった。
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