米国がAIに絡む、新たな規制を打ち出した。
トランプ大統領は2026年6月2日、大統領令「先端人工知能技術の革新と安全保障の促進」に署名した。
この大統領令のポイントは、おおまかに言って2つある。一点目は、新しいAIのモデルの、サイバー攻撃の能力や防御能力が高い場合、このモデルを「最先端モデル」に指定し、開発した企業はパートナー企業や一般に公開する30日前に、連邦政府に対して最先端モデルの先行アクセスを提供する。二点目は、重要インフラのサイバーセキュリティを強化するため、AIを開発した企業は、最先端のモデルを提供するパートナー企業を選定する際に、連邦政府と協力する。
ただし、大統領令が強調しているのは、この命令が、新しいモデルに対して連邦政府が免許を出したり、事前に審査したりする、事前規制には当たらないという点だ。つまり、米国の新しい大統領令は、次のようなことを言っていると整理していいだろう。
新しい強力なモデルが完成したら、他社に提供する前に政府に見せて。サイバーセキュリティの強化に使えそうなら、「自主的に」連邦政府に協力してください──。
Claudeを巡る米政府とアンスロピックの対立
この大統領令には、有力なAIのひとつClaudeを巡る米政府と開発元のAnthropic(アンスロピック)の対立が、強く影響しているように見える。今回のニュースへの理解を深めるため、あらためて米政府とアンスロピックの対立の経緯をおさらいしておきたい。
米国防総省はアンスロピックに対して、Claudeをすべての合法的な目的に制限なく利用できるようにしたい、と要請していた。しかし、アンスロピック側は完全にAIが操作をして行動する自律型の兵器に対する利用や、米国民の大規模監視への利用を拒否した。
これに対して、米国防総省は2026年2月27日、アンスロピックを「サプライチェーン上のリスク」に指定。国防総省と契約する企業は、同省の業務などで、Claudeを使うことができなくなった。
同社は4月上旬、Claudeの新しいモデルMythosが自律的に、主要なOSやブラウザのぜい弱性を大量に発見したため危険だとして、Mythosの一般への公開を見送り、グーグルやマイクロソフト、アップルといった大手IT企業だけに、限定的に提供するプロジェクト・グラスウィングを立ち上げたと発表した。
4月17日には、アンスロピックのダリオ・アモデイCEOがホワイトハウスを訪問し、米政府へのMythosの提供について協議したとされる。6月上旬の時点ではアンスロピックに対する国防総省をはじめとした政府機関への「出禁」は解除されていないが、米国の複数のセキュリティ専門メディアは、国家安全保障局(NSA)がMythosを使ってサイバー攻撃を実施していると報じている。こうした報道からも、4月のアモデイ氏のホワイトハウス訪問は、政府と同社の実質的な「手打ち」を目的とする会合だったのだろう。
こうした流れから、やはりアンスロピックと政府の一連の対立を受けて、トランプ政権は今回の大統領令を打ち出したと理解していいだろう。
日立とメガバンクがMythosへのアクセス権
トランプ大統領が新たな規制に署名した6月2日には、アンスロピック側にも大きな動きがあった。同社は、一部の限られた企業にMythosを提供するプロジェクト・グラスウィングを立ち上げていたが、このプロジェクトの対象企業を拡大すると発表した。
アンスロピックの公式サイトによれば、15ヵ国以上の150社・組織を対象にMythosを提供し、重要インフラのサイバー防御などに取り組むとしている。現時点で、約200社に対してMythosへの先行アクセス権を付与していることになるが、日立製作所は6月5日、プロジェクト・グラスウイングに参画すると発表した。ロイターは5月13日付で、日本のメガバンク3社がMythosへのアクセス権を得る見通しだと報じている。このため、少なくとも日本では4社に対して先行アクセス権が付与されているということになるだろうか。米政府とアンスロピックによる同日発表は、両者が綿密な打ち合わせで、同じ日の発表に至った可能性がある。
プロジェクト・グラスウィングをめぐっては、5月22日に、プロジェクト立ち上げから1ヵ月で1万件以上のぜい弱性を発見したとアンスロピックが発表している。今後、この取り組みを日本や他の国々の企業に広げていくことになる。ただアンスロピック自身が6月2日のプレスリリースで、今後6ヵ月から12ヵ月以内に他の企業がMythos級のモデルを開発し、これらを使ったサイバー攻撃が活発になるとの予測に言及している。このため、防御側がMythosを使ってぜい弱性を補う「パッチ」を当て、攻撃側の別のAIが新たなぜい弱性を探し回るといった攻防が近い将来に現実になると考えていいだろう。
筆者──小島寛明

1975年生まれ、上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒。2000年に朝日新聞社に入社、社会部記者を経て、2012年より開発コンサルティング会社に勤務し、モザンビークやラテンアメリカ、東北の被災地などで国際協力分野の技術協力プロジェクトや調査に従事した。2017年6月よりフリーランスの記者として活動している。取材のテーマは「テクノロジーと社会」「アフリカと日本」「東北」など。著書に『仮想通貨の新ルール』(ビジネスインサイダージャパン取材班との共著)。
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

この連載の記事
- 第390回 日本のユニコーンは8社どまり 政府目標「100社」への遠い道のり
- 第389回 米軍も使うAIシステム、日本導入へ? パランティアに政府が接近
- 第388回 米国の半導体規制緩和でも、中国がNVIDIAに飛びつかない理由
- 第387回 米国、海外製ルーター禁止 中国系TP-Linkに“異常なレベルの脆弱性”
- 第386回 デジタル庁がAI基盤を無償公開 行政ITの“常識”は変わるか
- 第385回 ChatGPTやClaudeに頼るだけでいいのか 自民党が示した、日本のAI生存戦略
- 第384回 Anthropicと米政府、対立から協議段階に 賢すぎる新モデル“Claude Mythos”めぐり雪どけか
- 第383回 日本の半導体企業にも影響大か 米議会、対中輸出規制の新法案
- 第382回 Nvidia、中国で“シェア消滅”へ? ファーウェイが猛追
- 第381回 インスタで狙われる子どもたち メタに厳しい判決相次ぐ
- この連載の一覧へ


























