遠藤諭のプログラミング+日記 第203回
NVIDIAのデスクトップサイズのAIスーパーコンピュータはどんな夢を見るか?
「DGX Spark」は現代の「Apple II」である
2025年12月31日 09時00分更新
みんなが誤解している(?)DGX Sparkの意味
2025年後半の話題のハードウェアは、アップルの新製品でもWindowsの新型機でもない。NVIDIAのデスクトップサイズのAIスーパーコンピュータ「DGX Spark」だった(少なくともAI開発者界隈では)。とにかくとっても小さい。実は私も最初その程度の理解だった。しかし、実機に触れてみて、その意味を理解した(いま頃?)。そして、さらにこのマシンのスペックだけから見えない真価は、これがAI時代の「Apple II」というべきものだということだ。
Apple IIとは、1977年に登場し、「パソコン」の原点となったマシンである。それまでコンピューターといえば、企業や大学の奥深くに鎮座する神聖な存在だった。個人が自由に触れる機会などまずない。それが、自分の部屋の、自分の机の上にやってきた。しかも、Raspberry Piみたいな基板ではなく、電源を入れればすぐに使える「製品」となった。
買ってくれば誰でも使うことができる。それまでのユーザーである専門家やマニア以外の人種をも巻き込んだ、個人の創造性を拡張するパートナーへと変わった瞬間だった。それから約50年。なぜ最新鋭のAIマシンDGX Sparkに、Apple IIの面影を見るのか。理由はシンプルだ。
1)机の上に置けるサイズ
2)自分だけで独占できる
3)最高速ではないが、十分な性能
4)やりたいことができる環境であるか
念のために書いておくと、DGX Sparkは、個人ユーザーがターゲットの製品ではないはずだが買うことはできる。また、DGX Sparkをリファレンスとした製品が各社から登場しているが、MSIのそれであるEdgeXpertのプレゼン資料には、ターゲットとして企業だけでなく「教育」や「AI愛好者」もあげられていた。これは、なかなかの見識だと思う。
Apple IIの発売当時、私はプログラマとして仕事をしていて、IBMの大型機やDECのスーパーミニコンと呼ばれたVAX-11/780から、国産のミニコン、電子交換機まで使っていた。その時代のコンピューターから見れば、Apple IIなど初期のマイコンはオモチャである。
だが、そうしたコンピューターには自由がなかった。使いたいソフトウェアやツールが自由に入れられるわけではない。対してApple IIは、人気ゆえにソフトが次々と集まった。表計算、ワープロ、ゲーム。大型機やミニコンでやっていたような専門分野の計算もできるようになってくる。演算性能では劣っても、「自分の手元で何でもできる」まったく新しい実用性を切り拓いていったのだった。
DGX Sparkも同じだ。さきほどの4つの項目からなる4象限のレーダーチャートで表現してみるといかに似ているかがわかるだろう。
搭載GPUの演算性能自体は、クラウド上の最新鋭やハイエンドなプロ向けGPUにはおよばない。しかし、LLMを実用的に動かすうえで、演算性能以上に効いてくるのがメモリ容量である。これによってやれることも大きく違ってくる。この点においてDGX Sparkは画期的なマシンである点が注目されている。
DGX Sparkは、128GBのLPDDR5x統合システムメモリを搭載する。GPU単体のVRAMと単純比較はできないが、コンシューマ向けGeForce GPUのVRAMは24〜32GB程度にとどまる。ワークステーションクラスのGPUでも48GBクラスが目安となる。しかも、それらはカード単体で数十万円から百万円近い価格帯となり、消費電力や筐体、冷却を含めた運用のハードルも高い。
それに対してDGX Sparkは、デスクトップサイズの筐体に、システム全体として128GBという大容量メモリを一体化して備えている点が特徴。さらに用途によっては2台を連携させて使うこともできるとある(詳しくは「DGX Spark」の公式ページを参照)。
あるメーカー関係者は、DGX Sparkのこのパーソナリティを「最高速の2シーター・スポーツカーではないが、みんなが便利に使いたいミニバンだ」とたとえていた。最高クラスのスピードではなく、キーボードが擦り切れるくらい実用的に使い倒すのが、このマシンの使い方なのだ。
私の持ち運んで使えるDGX Sparkの利用環境。18.5インチのモバイルモニタ、友人に作ってもらったロープロファイルキートップの親指シフトキーボード、マウスをつないだだけ。モニタがちょうど1キログラムなので全体1.5キログラム以内でペタフロップスコンピューターになるというのは感慨深い(スパース演算機能を用いたFP4 TOPS理論値)。これはつい先日と比較しても何十キログラムもあったものではないのか?
画像の生成・編集、LLM、自作の画像検索ソフトがホイホイ動いてしまう
12月の年の瀬も押し迫ったタイミングで、私のところにDGX Sparkがやってきた。YouTubeに基本的な使い方などの動画もあがっているので、それをみながらゆるりと触ろうと思ったのだが、以前、このコラムで一緒に“超常現象落語”に出かけたnpakaさんとシン石丸さんを誘って体験・試用する会をやってみた。
AIの本をたくさん書いているnpakaさんは「Isaac SimとIsaac Labがどの程度動くか見てみたい」とのこと。どちらもNVIDIAが提供するロボット関連ソフトウェアだ。特にIsaac Simは、NVIDIA Omniverse上の仮想空間で、たくさんのロボットがいっせいに学習しているデモ映像でも有名だ。
確かに、DGX Sparkは、昨今にぎやかな“エンボディドAI”(Embodied AI)や“物理的知能”(Physical intelligence)の人たちも欲しがりそうだ。ロボットを動かす現場に持ち込んで、あれやこれやできそうである。しかし、この日はそこまで時間はないので、彼らもからあげさんのZennのページを参考にセットアップ。“LM STUDIO”と“ComfyUI”を使える状態にしてくれた。
ComfyUIは、画像や動画の生成・編集AIを「ノード」と呼ばれるブロックを線でつないで使えるツールである。テンプレートもたくさん用意されていて、さっそくQwen Image Editをやってみる。
私の写真と初音ミクの画像をアップロードして、簡単なプロンプトを入力して実行ボタンを押すと、300秒ほどでこんな画像がポンと出てきた。QwenやWAN、Stable Diffusionなど、それぞれ必要なモデルをダウンロードしてやれば、さまざまな画像・映像などの生成・編集ができる。DGX Spark、このあたりなら気兼ねなくローカルでやれそうである(実際の制限は調べていただけると)。
大規模言語モデルもやってみたいということで、LM Studioも動かしてみた。LM Studioは、ローカルで大規模言語モデルを簡単に動かせる環境である。今回は、GPT系アーキテクチャをベースにしたOSS GPTの120Bモデルを使ってみた。いちど、ダウンロードしてしまえば、あとはネットなしでプライバシー重視の環境ができてしまう。
LM Studioでgpt-oss-120bを使ってみたところ。いかにもローカルらしくスカスカと返ってくる小気味よさがある。当たり前のことしか聞かない仕事の道具としてよさそうだが、夏目漱石、小林秀雄、川端康成が「なるへそ」という言葉を使うとは思えない。生成AIあるある。
ここまでやったところで、やはり自作のAIソフトウェアも動かしてみたいと思った。私は、2023年夏頃、エンベディングを使うAIプログラムを書いて遊んでいた(ChatGPTに接続して魯山人に「お茶漬け」について教えてもらう)。この種のことは、いまならNotebook LMでプログラムなんか書かなくてよいわけだが、同じようなことができるOpen Notebookというものがローカルで使えるらしい。
そこで、自作のAIソフトで、GeminiのAPIを呼び出していたものをローカルで動作するように書き換えてみた。DGX Sparkの128GBのメモリが威力を発揮しそうなソフトウェア。十分に検証していないが、自分のハードディスクの中身をGoogleフォト以上の便利さで使える「画像さがす君」である(Googleフォトが「カツカレー」を見つけてくれないので「画像さがす君」を作ってみた)。
画像さがす君は、「Gemini 2.5 Flash-Lite」が生成した画像の説明文のテキスト検索と、その説明文から計算した「コサイン類似度」という指標を組み合わせている。このときにAPIの無料枠である1日や時間単位のリクエスト件数の範囲でおさめるように、時間待ちをしたりしながら処理するしくみになっていた(その他にも複数の画像を渡して一度に処理するなどわりと凝った内容)。
これが、DGX SparkでやるとクラウドのGemini APIでやるよりもはるかに早く終わってしまう。1日1000件のリクエストという制限もないので、ハードディスクに眠っている膨大なデジカメ画像も一度で処理できてしまう。上記のようにかなり特殊な条件なのでベンチマーク的な比較は意味がないと思うが、5700枚ほどの画像のデータベースを作るのに25分58秒で終了。また、いうまでもなく検索もいい感じのスピードだ。
新しいマシン、というよりもこれの場合は新しいカテゴリのマシンを触らせてもらうことは、私のような人間には大好物である。しかし、それを差し引いてもこれはなかなか魅力的なマシンと感じた。80万円台くらいまでの販売価格なので、みんながホイホイ買えるお値段ではないのではあるが。
具体的な使い方やベンチマーク的なことは、DGX Sparkの試用レポートがいろいろな形で書かれている。これからもいい記事が登場すると思うので、そちらをご覧いただきたい。
いちばんいい機械というのは、人材を育て、新しいジャンルを生み出すものである
DGX Sparkは、動かしていてなかなか楽しいマシンである。なにしろ、どこにあるともわからないクラウドに対してトークンを買い、文字どおり借り物としてコンピューターを動かしているのとは違い、自分の可愛いマシンである。もはや、これは21世紀のGATEBOX的な愛着がわいてきてもおかしくない。
AIの開発や運用で、どのプラットフォームを選ぶかは用途しだいだ。DGX Sparkの場合、毎日ガンガン回して使い倒したい、データを外に出したくない、待ち時間ゼロで反復したい──そんな使い方にはピッタリだ。一方で、ここぞという重い処理を短時間で片付けたい、学習や大規模バッチを一気に流したい、環境を捨てながら試行錯誤したいのであれば、Google Colabの有料プランでH100を使うほうが向いていそうだ。いうまでもなく、それ以外の選択肢もいくつもある。
しかし、これらの能書き以外の答えをApple IIの時代の歴史が証明している。自宅にコンピューターが持ちこまれたことで、まず起きたのは「人材を生み出した」ということなのだ。自分のマシンなら自由に何にでもいくらでも使うことができる。なにもやる必要がないときでも何か試したり新しいことをやってみたくなるという気持ちというものが大切なのだ。
もう1つ、Apple IIが歴史として証明していることは、誰も考えていないような利用目的やソフトウェアを生み出したことだ。AI時代のVisiCalc(最初の表計算ソフト)を誰が作るのか? Apple IIの8ビットの時代に、ゲームやワープロはもちろんのこと、グラフィックスもアニメもパソコン通信のホストもその後のDTPを思わせるソフトすら生まれたのだ。
11月にINTER BEE AWARDの審査員をさせてもらってブースを回ったが、エンタメや表現の関係者にはAIを現場に持ち込みたくてウズウズしている人たちがいる。スタジオだけでなくフェス会場に持ちこまれる機材の1つになる可能性もある。そういえば、私が仲間とやってきたAIカー(DonkeyCar)も走行データをクラウドにあげてモデルを作っていた。あれも、DGX Sparkなら走行コースのピットでホイホイできるだろう。
はたして、DGX Sparkが、Apple IIのような市場性を持つかというと位置づけというものが違う。正直なところこれから先のAIの開発・運用のプラットフォームの行方を予測するのは難しい。だからこそ、DGX Sparkは、Apple IIがそうであったような、人材を生み出し育て、新しいジャンルを生み出しうる新しいカテゴリの誕生であることを記しておきたい。
遠藤 諭(えんどうさとし)
ZEN大学客員教授。ZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役、株式会社角川アスキー総合研究所取締役などを経て、2025年より現職。MITテクノロジーレビュー日本版 アドバイザーなどを務める。雑誌編集長時代は、ミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍もてがけた。2025年7月より角川武蔵野ミュージアムにて開催中の「電脳秘宝館 マイコン展」で解説を担当。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『近代プログラマの夕』(ともにアスキー)など。
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