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東大・戸谷友則教授チームの発表より

“宇宙最大のナゾ”のひとつ「暗黒物質」って、なに?

2025年12月02日 09時45分更新

文● 貝塚/ASCII

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“ノイズだらけの宇宙”から信号を取り出せるか?

 しかし現実には、天の川銀河には、ガンマ線が大量に飛び交っている。特に銀河面は強烈なガンマ線で満たされており、暗黒物質による(ものと推測できる)微弱なシグナルは簡単に埋もれてしまう。

 今回の戸谷友則教授の研究が独創的なのは、銀河面を大胆に除外し、中心方向から±30度の“ハロー領域”に注目した点だ。

 天の川銀河は円盤状とされているが、その外側には、球状の巨大な暗黒物質の雲(ハロー)があると考えられている。あえて例えるなら、目には見えない巨大な球体の中心に、「銀河という“小さな円盤”」が静かに浮かんでいる──そんな構造だ。

 暗黒物質はこのハロー全体に広がっているため、ハローがある方向を観測すると、暗黒物質由来のガンマ線を捉えられる可能性が高くなる。

 今回の研究で戸谷友則教授チームが注目したハロー領域は、暗黒物質ハローが広がっていると考えられる方向のうち、天体起源の雑音(ガンマ線)が少なく、暗黒物質の信号が最も見えやすい領域だという。

今回浮かび上がった特徴とは?

ハロー状放射の強度をガンマ線のエネルギーごとに示したもの(スペクトル)。20 GeV 付近でハロー状放射が特に強くなっている

 では戸谷友則教授チームの解析によって、実際に何が見えたのだろうか。

 今回のデータ解析では、このハロー領域に、いくつかの極めて特徴的な振る舞いが現れたという。

 まずガンマ線の強度は、およそ20GeV付近で鋭いピークをつくっている。そしてその放射は、銀河中心を中心として、ぼんやりと球状に広がるように分布している。興味深いのは、エネルギーがそれより低くても高くても、放射強度が急激に弱まり、20GeV近辺だけが際立っている点だ。

 このような“強いピーク”と“球状の広がり”という組み合わせは、WIMP(陽子の約500倍の質量)同士の対消滅が生む、ガンマ線の理論予測とよく一致している。通常の天体起源ガンマ線はエネルギーに対してもっと滑らかに変化するため、ここまで典型的な尖ったピークを示すことはほとんどないとされる。

ハロー状に光るガンマ線放射の強度マップ。天の川銀河を中心とする銀河座標で表示。銀経は銀河面方向に測った経度、銀緯は銀河面から測った緯度。観測されたガンマ線強度マップから、ハロー以外の成分を除去したもの

 つまり、このシグナルは「既知の天体物理では説明が難しい挙動である」ということになる。言い換えれば、今回見えた特徴は「暗黒物質がもしガンマ線を出すとしたら、こう見えるはずだ」という教科書的な振る舞いだったのだ。

暗黒物質はついに発見されたのか?

 だが戸谷教授チームは「有力な候補だが、決定打とはまだ言えない」と、結論にはまだ慎重だ。

 想定外の天体現象が「似たようなシグナル」を作る可能性を常に考慮しなければならないからだ。ほかの研究者の独立解析による検証や、天の川銀河のハロー中の矮小銀河といった他の領域からの対消滅ガンマ線の検出といった過程を経て、“本当に暗黒物質からのガンマ線であるかどうか”の確定に近づいていくのが、次のステップであるという。

 戸谷教授チームは「今回の研究が、暗黒物質の正体解明の最初の突破口となることが期待されます」とコメント。

 暗黒物質の正体がWIMPであると確定すれば、それは同時に素粒子物理の標準理論には存在しない新粒子が発見されたことを意味する。

 暗黒物質は、まだ“見えない”ままだが、今回の研究は、その見えない何かの“輪郭”を、浮かび上がらせたかもしれない。

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