乳がん患者の不安に寄り添う大阪国際がんセンターの生成AI。家族が乳がん患者だった経験のある私からすると、とても筋のよいAIの使い方に思える。正確で信頼できる情報を提供できるこのシステムは、不安にさいなまれる多くの乳がん患者を救ってくれるはずだ。
乳がん患者は不安に打ち克つため情報をあさり続ける
大阪府立病院機構 大阪国際がんセンターが8月26日に発表したのは、乳がん患者を対象とした「対話型疾患説明生成AI」だ。AIアバターと生成AIチャットボットを組み合わせた対話型システムで、乳腺・内分泌外科(乳腺)の外来初診患者は、診療前の自由なタイミングで疾患の説明に関する動画を視聴したり、疑問点をテキスト/音声入力の対話形式で生成AIに質問したりできる。
すでに8月から運用を開始しており、生成AIとの対話で病気や治療法への理解を深めたあとに、医師の診察を受けることができるという(関連記事:乳がん患者の質問に答える「生成AI対話システム」運用開始、大阪国際がんセンター)。現在、約300種類の質問への回答が可能で、患者が来院前に疾患と治療法に対する理解を深められるほか、医師が1~2時間かけて行なっていた疾患の説明を、生成AIに代替させることができる。
ご存じの通り、女性の乳がんは増加傾向で、国内患者は年間9万人に及ぶ。そして私の家族も10年以上前に乳がんと診断された一人だ。幸いにも早い段階で手術を受けることができ、再発に至らず今も元気に働いているが、思い返せば一番大変だったのは不安との戦いだった。乳がん患者は不安から逃れるために、ひたすら情報をあさり続けてしまう。うちの場合も、療養期間中に乳がんに関するWebサイトや患者のブログ、書籍を読みあさり、一喜一憂した結果、一時期はノイローゼになってしまった。長期的なメンタルケアがとても大事であることは身にしみてわかっている。
生成AIらしい斬新さより、信頼できる正確な情報
実は今回この大阪国際がんセンターの取り組みについて、「とてもいい」と新聞記事を紹介してくれたのは、当時まさにネットで情報をあさり続けていた彼女だ。実際に新聞記事を読み、うちの記事を読んで、私も素晴らしいと感じた。4ヶ月の開発期間、医療現場での負担の軽減、創薬に向けた取り組みなど、いろいろポイントはあるが、大事なのはやはり正確な情報を得られる点だ。
ネットに出てくる病気に関する情報は、やはり玉石混淆で、患者を不安に陥らせるサイトも多い。記事によっては、とてもダメージを受けてしまう。「そんなの調べなければいいじゃん」というのはやはり外部の反応で、当の本人は調べないと不安になってしまう。しかし、大阪国際がんセンターの事例では、生成AIからの回答を乳腺・内分泌外科、主任教授などがすべてレビューを行なっているという。ハルシネーション対策として、答えられない質問に対してはきちんとわからないと返すという。
この正確な信頼できる情報が、患者にとってどれだけありがたいか。システム的には従来のFAQシステムの踏襲だし、AIとしての斬新さはないかもしれないが、この事例ではまさに記事中にIBMが語る「信頼性、網羅性、正確性の3つが特徴」こそ重要だと思う。生成AIできちんと病気に対する正しい知識を得た患者が、診察現場でお医者さんに「大丈夫ですよ」と声をかけてもらう。これでどれだけの患者が病気の不安から逃れられるだろう。同時にこれが医療現場でのAIと人間の正しい役割分担ではないかと感じる。
さらに素晴らしいのは患者や家族が自宅からでも利用できる点だ。うちの場合もそうだったが、乳がん患者は自らの不安を解消するため、医者に対して診療中にさまざまな質問をするのだが、一方で医者の時間を奪ってしまうことに抵抗感もある。だから、不安や疑問を感じた際に、家族を含めていつでも調べられる点はとてもよい。
今後は消化管内科(食道がん、胃がん、大腸がんなどが対象)向けの対話型疾患説明生成AIシステムを構築する予定で、他の病院での利用もできるようにしていくとのこと。すばらしい取り組みだ。今後は創薬や働き方改革にも活かしていくということだが、患者の不安に寄り添うという観点だけはずっと失わないでほしい。
大谷イビサ
ASCII.jpのクラウド・IT担当で、TECH.ASCII.jpの編集長。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、楽しく、ユーザー目線に立った情報発信を心がけている。2017年からは「ASCII TeamLeaders」を立ち上げ、SaaSの活用と働き方の理想像を追い続けている。
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