青い日記帳の推し丸アート 第30回

希代のマルチアーティストの30年ぶりの大回顧展が東京ステーションギャラリーで開催! 「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」担当者にその魅力を聞いてみた

文●中村剛士

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《無題》フォロン財団

《無題》フォロン財団

 20世紀後半のベルギーを代表するアーティスト、ジャン=ミッシェル・フォロン(Jean-Michel Folon)の大回顧展が日本で30年ぶりに、東京ステーションギャラリー、名古屋市美術館、あべのハルカス美術館を巡回し開催されます。

 今回の「フォロン展」を構成されたあべのハルカス美術館 上席学芸員の浅川真紀氏にフォロンの魅力や展覧会開催に至る経緯などたっぷりとお話を伺ってきました。インタビュー記事として2回に渡りお伝えして参ります。これを読んで「フォロン展」を10倍楽しみましょう!

中村:アート好きでもなかなかフォロンについて知らないと思います。まずフォロンはどんなアーティストなのか、その生い立ちなどから教えて下さい。

浅川学芸員:ジャン=ミッシェル・フォロン(1934-2005)は、ベルギー出身のユニークなアーティストです。ブリュッセルに生まれ、幼い頃から絵を描くのが好きだったそうですが、勉強はあまり好きではなかったそうです(笑)。学校では建築や工業デザインを学ぶも、授業に興味をもてず、20歳になると故郷を飛び出し、ヒッチハイクでパリへ。近郊に落ち着いてドローイング三昧の日々を送り、雑誌などにイラストを描いてなんとか生活していました。

中村:フォロンがメジャーになったのはどんなきっかけがあったのでしょうか。

浅川学芸員:20代半ば頃、ニューヨークの雑誌社にドローイングを送ったところ、これがみごと大当たりで、『ザ・ニューヨーカー』『タイム』などの有名誌がこぞって掲載、一気にフォロンの名前が世に知れ渡ることになりました。そこから先は、水彩画や版画、ポスター、挿絵、壁画、彫刻、映画や舞台美術の仕事など、希代のマルチアーティストとしてさまざまな分野に挑戦し、成功を収めていくことになります。

《いつもとちがう(雑誌『ザ・ニューヨーカー』表紙 原画》1976年 フォロン財団

ひとり、鏡に向き合うリトル・ハット・マン。その胸中に、見る人もいつしか心を重ねてしまう。
《いつもとちがう(雑誌『ザ・ニューヨーカー』表紙 原画》1976年 フォロン財団

《秘密》1999年 フォロン財団

フォロンが生涯をかけて探究した謎多き存在、それは人間。
《秘密》1999年 フォロン財団

中村:1994-95年にBunkamura ザ・ミュージアムなどで開催された「ジャン=ミシェル・フォロン展」を観て自分もフォロンの魅力に強く惹かれました。

浅川学芸員:懐かしい展覧会ですね。もう30年も前になるんですよね…。それにしてもあらためて月日が経つのは早いですね。当時はまだフォロンが存命でした。2000年にブリュッセル近郊のラ・ユルプという場所に財団を設立し、自らデザインした美術館も併設して、大切な作品たちの終の棲家としたのですが、その5年後に71歳で世を去りました。

フォロン財団

広大なソルヴェイ公園の中にフォロン財団がある

フォロン財団

物おもう秋、落ち葉とたたずむ彫刻(フォロン財団にて)

中村:フォロン作品に初めて接する人も大勢いると思います。ストレートにフォロンの魅力とはどんな点にあるのでしょう。

浅川学芸員:ひとことでいうと、とてもウェルカムな作品をつくる作家だなと思います。フォロン自身も「入っておいで、気兼ねせずに」と語りかける絵が好きで、かつ絵と見る人が対話することを望んでいました。軽妙な線とやわらかな色彩、ユーモアに富んだフォロンの作品は、見る人の心のハードルを下げるというか、親しみやすく構えずに見られるのがいいところだと思います。

中村:確かに! とても良い意味で敷居の低い作品で色合いも素敵ですよね。

浅川学芸員:ただ、だからといって一筋縄でいく作品では決してなく、そこに世界のリアルな現実を映し出していたり、深遠なメッセージを秘めていたりするのが、ますます魅力なんです。

《グリーンピース 深い深い問題》1988年 フォロン財団

600点以上ものポスターを手がけたフォロン。美しい色彩のグラデーションの中に託されたメッセージとは。
《グリーンピース 深い深い問題》1988年 フォロン財団

中村:今回の展覧会タイトル「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」にも関連があるのですね。

浅川学芸員:「空想旅行案内人」という本展のタイトルは、実はフォロンが生前使っていた名刺から採ったものなんです。彼が誘う空想旅行は、単なる絵空事ではなく、現実をよりよく観察し、理解し、よりよい未来を生きるうえでの糧となるものなのです。

 フォロンの絵は、なんらかの考えを声高に語るのではなく、見るひとに問いかけ、自ら考えるきっかけを提供してくれます。絵は見る人の想像の出発点であると信じているからこそ、フォロンはあえて作品に明確な説明をつけず、見る人の自由な解釈にゆだねています。謎めいているからこそ、私たちは能動的に絵の中に入って、想像力を巡らせなくてはならない。でもそれによって視覚や認識をリフレッシュし、この世界の多様性、美しさやかけがえのなさ、人間が生きていくうえで大切なことに気づくことができる。想像力は、私たちの人生のお守りのようなものだと思います。

中村:お話伺っていて今すぐにでも展覧会へ行き、フォロン作品と対面したくなりました。ちなみにフォロンが影響を受けた画家はいるのでしょうか。

浅川学芸員:そうですね、もっとも早い段階で影響を受けたのは、同じベルギー出身のアーティストでした。じつはフォロン、10代の終わりに、北海に面したベルギーの保養地・クノックで、シュルレアリスムの巨匠ルネ・マグリットの壁画《魅せられた領域》を偶然目にし、大きなインスピレーションを受けているんです。「絵はなんでもできるんだ。謎を生み出すことだって」。芸術のもつ大いなる可能性にふれたこの体験は、空想旅行案内人としてのフォロンの出発点となったといえるでしょう。尚このマグリットの壁画は、いまもクノックのカジノの中に展示されているそうです。

中村:今回30年ぶりに「フォロン展」開催されることになった経緯など、少し裏話的なこともお聞かせ願えますか。

浅川学芸員:直接のきっかけは、フォロン財団とベルギー大使館の関係者が当館を訪ねてくださり、大阪万博の年に大阪でフォロン展を開催できないだろうかとのご相談を受けたことに始まります。フォロン財団としては、以前から日本での展覧会開催を検討されてはいたようなのですが、コロナ禍の影響もあり、なかなか実現が難しかったようです。

中村:なるほど! 大阪万博関連でしたか。いろいろと言われている万博ですが、「フォロン展」開催のきっかけになっていたとは!

浅川学芸員:もう少し、詳細な話をすると、2022年の年末に、京都の橋本関雪記念館でフォロンの彫刻と、それを撮影したティエリ・ルノーという写真家の作品の展覧会が開催されました。それを機に今度は大回顧展を、との機運が高まり、お話をいただいたという流れです。

中村:大阪のあべのハルカス美術館だけでなく、東京、名古屋と巡回してくれるのはとてもありがたいことで、多くの方にフォロン作品を観てもらえますね。

浅川学芸員:当館(あべのハルカス美術館)だけでなく、展覧会全体をマネジメントされるメディアと、巡回各館が実現に向けて心を一つにすることができたからこそ、ここまで来られたというのが実感です。是非展覧会に足を運んで頂きフォロンの魅力をみなさんと共有できたらこれ以上の喜びはありません。

 丸の内の美術館・東京ステーションギャラリーでも観ることができる「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」展。次回もフォロンとこの展覧会の魅力など、浅川学芸員に伺っていきます。お楽しみに!

「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」

「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」
公式サイト「私たちのフォロン」 https://ourfolon.jp/

東京ステーションギャラリー
会期:2024年7月13日〜2024年9月23日
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/index.asp

名古屋市美術館
会期:2025年1月11日~3月23日
https://art-museum.city.nagoya.jp/

あべのハルカス美術館(大阪)
会期:2025年4月5日~6月22日
https://www.aham.jp/

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