青い日記帳の推し丸アート 第23回

日本人は100年前から写真好き? 直感で楽しむ写真展の魅力! 丸の内のアート人に聞く! ~東京ステーションギャラリー 若山満大学芸員編~

文●中村剛士

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若山満大学芸員さん

 丸の内界隈のアート情報をお届けしている「青い日記帳の推し丸アート」の人気企画、丸の内にある美術館にお勤めの方に館の魅力や近隣の美味しいお店情報をお聞きするシリーズ「丸の内のアート人に聞く!」

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 第3回目となる今回の「丸の内のアート人に聞く!」は、JR東京駅丸の内北口改札前にある東京ステーションギャラリーの若山満大学芸員さんに、担当された「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真」展の見どころについてお話を伺ってきました。

 展覧会を既にご覧になられた方も、これから観に行かれる予定の方も必読の内容です。写真展の見方も含めたっぷりと語って頂きました。

中村:絵画展に対し、一般的に写真の展覧会はどのような楽しみ方、面白さがありますか?

若山学芸員:なにはさておき、直感的に楽しめるところですね。写真を見たり撮ったりする経験はだれもが日常的にしています。おそらく、すでに多くの人が、心地いい写真とそうでない写真をわける感性を持っているはずです。まずは直感的に、初見のインパクトを素直に受け取ってみるといいでしょう。

「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真」展の展示室の様子

中村:なるほど! 知識がなくても直感で愉しめるのは魅力ですね。

若山学芸員:さらによく見ていくと、いろいろな発見があるはずです。たとえば、世の中にありふれた景色なのに、写真を通すことでびっくりするほど違ったものになっていたりとか。絵画の楽しみ方が「ふむふむ」ならば、写真は「おー!」という感じ。思考や感性を拡張させてくれるツールだと思うと、写真を見るのが楽しくなりますよ。

中村:そもそも100年前の写真家・安井仲治(やすいなかじ/1903-1942)の展覧会を開催しようとした理由を教えて下さい。

若山学芸員:「日本人の写真好き」はなにも最近の話ではありません。日本で写真を撮る人が爆発的に増加したのは、およそ100年前のことだと言われています。ずっと昔から日本人は、写真を楽しみ愛してきたんです。

 そんな日本の写真文化のある時期を、抜群のセンスでリードしたのが「安井仲治」でした。彼の写真は当時のアーティストや写真好きから圧倒的な支持を受けただけでなく、戦後になってもなお「日本写真界の金字塔」として称賛されていました。

 仲治の個展が最後に開催されたのは2004年、今年でぴったり20年が経過しました。このあたりで久しぶりに「日本写真のマスターピースをみんなで味わおうじゃないか!」ということで企画しました。

中村:今の時代写真はスマホで気軽に誰でも撮影できます。それに対し、安井が活躍した時代の写真はどんな存在だったのでしょう。

若山学芸員:たぶん今とそんなに変わらないと思います。仲治が活躍した1920-30年代も、写真はすでに世間にあふれていました。カメラを使う人口はいまと比べ物になりませんが、それでもカメラや写真が珍しいということはありませんでした。

 日常の中の「特別」を切り取って残しておきたい、という撮影のモチベーションは今も昔も変わりませんし、なんなら現代の写真に対する価値観は100年前にそのベースがつくられたと言っても過言ではないのです。

《蛾(二)》1934年、個人蔵(兵庫県立美術館寄託)

中村:安井仲治はプロの写真家なのですか? そもそもプロの写真家とアマチュア写真家の違いはなんでしょう?

若山学芸員:一般的には専門業者をプロ、愛好家をアマチュアといいますね。写真で食べている人をプロの写真家と呼ぶならば、仲治はプロではありません。彼はあくまで趣味として写真を楽しんでいました。

中村:安井仲治の写真は、作品としてどんなところに注目して観ればよいのでしょう?

若山学芸員:あまり眼を使わずに観てください。なんだか禅問答みたいですが。じっくりと時間をかけて、体の感覚を慣らすような感じで観ていくことをおすすめします。あまり「注目」せず散漫に。考えるというより物思いに耽るように。自分の感覚を仲治の感性にチューニングしていくと、なんとなくわかることもあります。

「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真」展の展示室の様子

中村:この展覧会を観ると、普段のスマホで撮る写真も変わるでしょうか。

若山学芸員:たぶん変わらないでしょうね(笑)。でも、写真を見る眼は変わるかもしれません。世間を見る眼まで変わってしまう人がいるかも。

中村:写真でないと伝えられないことがあるとしたら、どんなことだと思われますか?

若山学芸員:色々あると思いますが、ひとつは「関係性」でしょうか。撮った人と撮られたものの関係性です。写真には、撮影者と世界との関り方が必ず写っています。撮影者と被写体の距離、見上げるか見下すか、白黒のコントラストが強いか弱いか。

 写真の中に見えるさまざまな要素が、撮影者が被写体をどう認識しているか、どう関わったかを物語ります。絵画であれば隠せてしまうものも、写真には写り込んでしまう場合がある。撮影者の態度や気持ちが素直に出るのは写真ならではのことです。

 安井仲治は肯定と寛容の姿勢を崩すことなく世界と関わった人です。人も動植物も無生物も、その大小を問わず、美醜を問わず、何にでも良いところを見出した。仲治の写真には彼の慈しみと、それに照らされた世界が写っているように感じます。

《(サーカスの女)》1940年、個人蔵(兵庫県立美術館寄託)

中村:最後になりますが、安井仲治は観る者に何を伝えたかったのでしょう。

若山学芸員:安井仲治の写真はいま見ても“新しい”ですし、いまだからこそ多くのことを語ってくれます。現代を生きている私たちにとって、とかく世間は厳しくて、世界の明日を楽観的にイメージすることは難しい。気を抜くと捕って食われてしまいそうな、抜き差しならない緊張感の中で日々過ごしている人は少なくないでしょう。

 世界に対する否定的な態度がデフォルトの世代にとって、仲治の写真はじつに大切なことを教えてくれます。それは「世界を肯定する」という態度があり得るのだということ。「美しきものは実に随所にある」というのは仲治の言葉です。100年前だって世界はそれなりに“最低”だったはずです。それでも世の中捨てたもんじゃないと言えるかどうかは、自分の眼が澄んでいるかどうかにかかっている。仲治の写真を見ていると、そんなふうに鼓舞されている気がして、ああ明日も頑張ろうと思えるんです。

「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真」展の展示室の様子

中村:最後に「丸の内のアート人に聞く!」恒例の美術館近くにある若山さんおススメの美味しいお店を紹介して下さい。

若山学芸員:「サカバ ミハマ トーキョー」はランチでよく利用しています。会食では「THE CITY BAKERY BISTRO RUBIN」をしばしば使っています。

・サカバ ミハマ トーキョー
 https://b634029.gorp.jp/

・THE CITY BAKERY BISTRO RUBIN 丸の内オアゾ
 https://thecitybakery.jp/shop/article998

「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真」
会期:2024年2月23日(金・祝)〜2024年4月14日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
住所:東京都千代田区丸の内1-9-1(JR東京駅 丸の内北口 改札前)
時間:10:00~18:00(金曜日~20:00) *入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日(4/8は開館)
観覧料:一般1,300円、高校・大学生1,100円、中学生以下無料
東京ステーションギャラリー公式サイト:https://www.ejrcf.or.jp/gallery/
主催:東京ステーションギャラリー(公益財団法人東日本鉄道文化財団)、共同通信社
協力:銀遊堂、PGI、株式会社アフロ 協賛:T&D保険グループ
助成:公益財団法人ポーラ美術振興財団

短命の“忘れられた写真家”安井仲治の斬新で心に残る200点以上の名作が東京ステーションギャラリーに展示
https://lovewalker.jp/elem/000/004/186/4186317/

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