エリアLOVEWalker総編集長・玉置泰紀のアート散歩 第18回

横浜で3年に一度行われる現代アートの国際展、第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」~20世紀を振り返り21世紀を見晴るかす超刺激的な展示に触れてきたぞ

文●玉置泰紀(一般社団法人メタ観光推進機構理事)

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 横浜で3年に一度行われる現代アートの国際展、第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」が2024年3月15日に開幕した。6月9日まで78日間にわたって、 大規模改修を終えて約3年ぶりにリニューアルオープンする横浜美術館を含め5つの会場に、93組のアーティストが世界31の国と地域から参加、日本で初出展のアーティストも31組、新作が20組と今を感じるアートが横浜に溢れる!

 これまでも幾度となく通ってきたアートフェスだが、横浜美術館は、バリアフリーを徹底して、エレベーターやトイレも使いやすくなり、「アートもりもり!」など、市内の様々なスポットでもアートが展開して、コロナ禍を越えた勢いを感じる祭典になっている。

横浜美術館グランドギャラリーで筆者

総合ディレクターで横浜美術館館長の蔵屋美香氏(写真手前の青い服)とアーティスティック・ディレクターのリウ・ディン氏(劉鼎。キャロル氏の左隣)、キャロル・インホワ・ルー氏(盧迎華。蔵屋館長の左隣)、参加アーティストたち

 横浜美術館以外の会場は旧第一銀行横浜支店、BankARTKAIKO、クイーンズスクエア横浜、元町・中華街駅連絡通路で、他にも「アートもりもり!」と称して市内の芸術活動拠点で展覧会を開催する。

 今回のアーティスティック・ディレクターの一人であるリウ・ディン氏は、北京を拠点に活動するアーティストでキュレーター、もう一人のディレクターのキャロル・インホワ・ルー氏は同じく、北京を拠点に活動するアーティスト、ディレクターで北京インサイドアウト美術館ディレクター。「野草:いま、ここで⽣きてる」というテーマは、中国の⼩説家である魯迅(1881〜1936年)が中国史の激動期にあたる1924年から1926年にかけて執筆した詩集『野草』(1927年刊⾏)に由来する。

 二人は以下のように、「野草」から読み取ったコンセプトを語る。

「『野草:いま、ここで⽣きてる』というテーマは、魯迅の世界観と⼈⽣に対する哲学に共感するものです。「野草」は荒野で⽬⽴たず、孤独で、頼るものが何もない、もろくて無防備な存在を思い起こさせるだけではありません。無秩序で抑えがたい、反抗的で⾃⼰中⼼的、いつでもひとりで闘う覚悟のある⽣命⼒をも象徴しています。さらにその命が最終的に到達する究極の状態はこの世に存在しません。あらゆる存在は、それ⾃体が別の存在をつなぐものであり、ある過程を⽰しているからです。したがって、勝利や失敗は関係なく、その存在は永遠に動き続ける状態に置かれています。どの存在も潜在的なメッセンジャーとして相互にはたらきかけ、仲介する関係にあります。ところで、この哲学的命題は抽象的な概念ではありません。むしろ、経験によって⽀えられた世界のなかに明らかに存在し、経験そのものを⽰しています。「野草」の⼈⽣哲学とは、個⼈の⽣命の抑えがたい⼒が、あらゆるシステム、規則、規制、⽀配や権⼒を超えて、尊厳ある存在へと⾼められます。それはまた、⾃由で主体的な意思をもった表現のモデルでもあるのです」

 今回の横浜トリエンナーレでは現在だけではなく、20世紀初頭にさかのぼって、いくつかの歴史的な瞬間、できごと、⼈物、思想の動向などに注⽬し、1930年代初頭に共鳴し合った⽇本と中国の⽊版画運動、戦後、東アジア地域が⽂化的な復興を遂げるなかで⽣まれた作家たちの想像⼒、1960年代後半に広がった政治運動とそれを経て⾏われた近代への省察、1980年代に本格化したポストモダニズムにあらわれる批評精神と⾃由を希求するエネルギーなどを取り上げていく。そして「アートとその知的な世界に⽬を向け、アートがいまのわたしたちに積極的にかかわる⽅法を⾒出します。そして、アートの名のもとに、友情でつながる世界を想像します」と言う。

横浜美術館に展示された『野草』。著:魯迅、発行:北新書局。1927年。お茶の水女子大学所蔵

【横浜美術館】

 1989年開館の横浜美術館は、戦後⽇本を代表する建築家、丹下健三の設計で、みなとみらい21中央地区で最初に完成した施設。横浜開港(1859年)以降の近・現代美術作品、約1万3千点を所蔵する。特に写真作品のコレクションは国内でも有数。2021年に始まった⼤規模改修⼯事により、約3年間、休館していたが、第8回横浜トリエンナーレの開幕とともに、2024年3⽉、リニューアルオープンを果たした。今回の改修でグランドギャラリー天井の開閉式ルーバーが修理されて動くようになり、現在は半分開かれていて、随分明るくなった。

グランドギャラリーの展示の様子と外観

ピッパ・ガーナー『ヒトの原型』

 2020年。ミクストメディア。

 ガーナーは消費社会やその中で広告が作り出す男女のイメージに生き辛さを感じた経験を基に1960年代から作品を制作、1980年代からは、自分の存在は社会における分類から自由であると訴えた。今回の作品では、肌の色の異なる男女の身体パーツが組み合わされ性別、人種、年齢と言った既成概念に捉われない多様性のあり方を問いかけている。

サンドラ・ムジンガ『出土した葉』

 2024年。ミクストメディア。

 ムジンガはコンゴ共和国のゴマの出身。ムジンガが遠い過去あるいははるかな未来で、今より厳しい環境に生きる「自分ではないもの」になってみたらとどう感じるかを想像するのが好きだという。

オズギュル・カー『倒れた木』『ヴァイオリンを弾く死人』『枝を持つ死人』

 カーはトルコのアンカラの出身で、連結したテレビモニターを用いたアニメーションを制作する作家。

『倒れた木』2023/2024年。4Kビデオ8面、75インチモニター8台

左から『ヴァイオリンを弾く死人』『枝を持つ死人』それぞれ、2023年。4Kビデオ2面、75インチモニター2台

【みなとみらい線馬車道駅コンコース】

 連携事業「アートもりもり!」の展示の一つ。BankART Life7「UrbanNesting:再び都市に棲む」の展示でもある。2004年の活動開始から20年にわたり、都市と対峙しながらオルタナティブなアート・スペースとしての活動を続けてきたBankARTだが、今回7回目となる「BankART Life」のテーマは「再び都市に棲む」。「BankART Station」を起点として、関内地区、みなとみらい21地区、ヨコハマポートサイド周辺地区の3つのエリアの日常空間に作品を展開している。

石内都『絹の夢ーsilk threaded memories』

 2011年。桐生、安中などで撮影。

 馬車道駅直上の本町通りや弁天通りあたりには、横浜港開港を機に始まった生糸貿易に携わる商人たちが拠点を構えていた。一次は横浜港からの輸出の80%を絹が占めていた時もあった。今回、展示されている作品で撮影されているのは主に「銘仙」と呼ばれる着物で、くず繭の糸を平織りした絣の絹織物。これらの着物地とともに、繭や生糸、石内氏の故郷である群馬県の製紙工場などを撮影した作品が並ぶ。

 石内氏は以下のように想いを語る。

「絹をまとうことは日常的にはほとんどなくなってしまった。絹そのものの存在は薄れるばかりである。日本の近代を支えた絹産業を担っていた町は、栄枯盛衰の歴史をたどっている。その中で群馬県に現在も稼働している絹の製紙工場と、屑まゆを製糸して化学染料で染め、平織した廉価な銘仙のきものの写真を、ゆかりのある横浜に展示します。」(表記はママ)

【ぷかりさん橋】

 BankART Life7「UrbanNesting:再び都市に棲む」の展示。

中谷ミチコ『すくう、すくう、すくう2024』

 2021年。透明樹脂、石膏、顔料。協力:BankART 1929 アートフロントギャラリー 杉本プラスター nijiiro 奥能登芸術祭実行委員会 モデルをしてくださった飯田町の皆さん。

 横浜市みなとみらい。奥能登芸術祭2020+で発表された『すくう、すくう、すくう 』20点のうち、6点を再構成した作品を展示している。今回の展示にあたり、出品作品の購入者を募り、収益は能登半島地震義援金として珠洲市に寄付/返還する。当時、展示会場となった石川県珠洲市飯田町に住む様々な老若男女20人に、水を掬う仕草の両手の写真を撮影してもらい、データで受け取った画像をもとに水粘土で原型を制作、石膏で型取りし、雌型の空洞に透明の樹脂を流し込んだ彫刻作品群。県を跨いだ移動の自粛が呼びかけられた時期に、送られてきた写真データを頼りに、遠方で生きる他者の気配をたぐり寄せる試みだった。

 中谷氏が今回の展示に寄せた言葉は以下の通り。

「私たちは自然災害や戦争を含めた厄災に幾度となく翻弄され、それでも日々は続き、何度も挫けながら平穏を取り戻すためにまた働き、生きています。

私は何かを作り続けます。手探りで世界と繋がること、または繋がらないこと。それを続けることに意味があるのか、まだわかりません。しかしそれでも尚、大切に、一つ一つ形にしておきたいと思うのです。

2024年の元旦に発生した能登半島地震によって、モデルとなって下さった方々の住む珠洲市も大きなダメージを受けました。今回の展示にあたり、この作品の購入者を募り、収益は能登半島地震義援金として珠洲市に寄付/返還します。」

作品について語る中谷氏(中央)

『すくう、すくう、すくう 』

会場の「ぷかりさん橋」

【BankART Station】

 会場は、みなとみらい線「新高島駅」地下1階に広がる大空間。BankARTは、拠点を変えて、引っ越しを繰り返し、様々な危機に直面しながらも現在に至る。BankART Life7「UrbanNesting:再び都市に棲む」で、なぜ「都市に棲む」というフレーズを選んだかについてホームページに以下の説明がある。

「この「棲む」という言葉には単に居住するという意味を超えた動物的な感覚が含まれています。野生の思考で都市を見つめ、自らの場所を発見し獲得していく喜び。それと並行して都市の中に潜むさまざまな問題や課題に対して真摯に対峙し、不確実さを引き受けながら、自由自在に形を変えてそれでも都市に棲み続けること。都市に棲む鳥たちや虫たちが、明るい日差しに戯れる日もあれば風雨の吹き荒れる中それぞれの巣で身を寄せ合いじっと耐える日もあるように、嵐の後の雨に洗い流された瑞々しい空気が、都市の見え方を大きく変えてみせてくれるように。」

鷹野隆大『光の欠落が地面に届くとき 距離が奪われ距離が生まれる』および『毎日写真』より

岡崎乾二郎

水木塁『P4(Pioneer Plants Printing Projects)』

 都市空間における「わたしたち」の居場所や足跡にまつわる感情について、先駆植物のアカメガシワをモチーフに作品化。3Dプリンターで出力し、未処理の状態のまま、一部は欠損した状態のまま展示している。(説明ボードより)

さとうくみ子『味のブレンドさん』

 天井に繋がっている2本の編み込まれた筒は、それぞれ「中華街」と「山下公園」に繋がっている。2つの場所のニオイが”nioiawase"され、目に見えるモノとして出てくる。この作品は、装置のようなモノであり、遊び道具でもある。(説明ボードより)

■開催概要

[タイトル]
第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで⽣きてる」

[アーティスティック・ディレクター]
リウ・ディン(劉鼎)、キャロル・インホワ・ルー(盧迎華)

[会期]
2024年3⽉15⽇(⾦)〜6⽉9⽇(⽇)

[休場⽇]
毎週⽊曜⽇(4⽉4⽇、5⽉2⽇、6⽉6⽇を除く)

[時間]
10:00〜18:00(入場は閉場の30分前まで)。6月6日(木)~9日(日)は20:00まで開場

[会場]
横浜美術館(横浜市⻄区みなとみらい3-4-1)、旧第⼀銀⾏横浜⽀店(横浜市中区本町6-50-1)、BankART KAIKO(横浜市中区北仲通5-57-2 KITANAKA BRICK & WHITE 1F)、クイーンズスクエア横浜(横浜市西区みなとみらい2-3クイーンズスクエア横浜2Fクイーンモール)、元町・中華街駅連絡通路(みなとみらい線「元町・中華街駅」中華街・山下公園改札1番出口方面)

[チケット]
横浜美術館/旧第一銀行横浜支店/BankART KAIKOの3会場に入場可能(別日程も可)
一般 2300円
横浜市民 2100円
学生(19歳以上) 1200円

各種セット券、フリーパス、オンラインチケットについては以下のリンクに。
https://www.yokohamatriennale.jp/2024/ticket

[公式サイト]
https://www.yokohamatriennale.jp/2024/

BankART Life7「UrbanNesting:再び都市に棲む」
https://www.bankart1929.com/life7/index.html