漁獲量や定型データだけでなく、ちょっとした「気付き」まで記録できるようにした意図とは
漁業者の「勘と経験」を否定せず、むしろデジタルで支える ―NJC「MarineManager +reC.」の思い
2024年03月12日 09時00分更新
「システムを開発する側の人間としては、1年前のデータをAIに分析させて『ここに魚がいます』とかできたら便利じゃないか、などと簡単に考えてしまいがちです。でも、漁業の現場で実際に話を聞くとわかりますが、絶対に無理ですよね(笑)」(日本事務器 和泉雅博氏)
ITによるトータルソリューションサービスを提供する日本事務器(NJC)。今年(2024年)2月に創業100周年を迎えた同社では、コンピューターの普及以前、40年以上前から各地の漁業協同組合(漁協)や漁業協同組合連合会(漁連)の事務効率化を支援しており、現在でも漁連へのERP導入など、国内の漁業界はNJCが強みを持つフィールドのひとつである。
そんなNJCが2022年8月にリリースしたのが、「MarineManager +reC.(マリンマネージャー プラスレック)」というアプリだ。各地域の漁協が導入して、その組合員である漁業者(いわゆる漁師)と共に活用することで、知識や情報を互いに共有する“新しい漁業”の実現を支援するという。
このアプリの企画開発に携わった和泉雅博氏、増元理名氏は「漁業者の『勘と経験』を否定するのではなく、むしろデジタルで支え、手助けするアプリ」だと表現する。近年、海洋環境の急速な変化に伴って、漁業者が培ってきた「勘と経験」が通用しなくなっているとも言われる。そんな中でこのアプリはどのような役割を果たし、漁業者を支えようとしているのか。漁業現場にも直接足を運び、現場の声をよく知る2人に聞いた。
漁獲量からちょっとした気付きまでを「記録」し「振り返る」
MarineManager +reC.(以下、略称の「プラスレック」と呼ぶ)は、漁協職員と現場の漁業者が共に活用するアプリだ。基本機能としては「記録する」「振り返る」「お知らせ」「地図」の大きく4つを提供する。
このうち、漁業現場向けアプリとして特徴的なのが「記録する」と「振り返る」だ。
「記録する」は、同じ漁協内の漁業者どうしでの情報共有や漁協でのデータ分析などに利用する「共通記録」と、漁業者が自分のために記録する「個人記録」に分かれている。増元氏は、「共通記録は、日々の漁業活動における作業内容や作業工程、その日やったことの記録が中心。個人記録はそれ以外のちょっとした気付きや、自分だけがチェックしているようなことの記録」だと説明する。
こうして記録した情報は、たとえば翌日や翌年に漁業者個人が「振り返る」ために見返すことができる。また共通記録であれば、ほかの漁業者が提供する情報から自分の漁に役立てたり、漁協が全体のデータを分析/可視化して今シーズンの傾向をいち早くつかんだりすることに使える。
和泉氏と増元氏は、サケ定置網漁でのプラスレックの利用を例に挙げて説明した。「たとえば、これまでの経験からサケの動きがわかっていれば、漁業者さんは『沖側のあそこの網にサケが入ったなら、陸側のうちもそろそろだな』とわかります」(和泉氏)。ほかにも、船上から漁獲量を入力すれば、今日の漁獲量が漁協側でもリアルタイムに把握でき、漁船が帰港する前から仲買人や運送業者への連絡、手配がいち早くできるようになる。
ただし、漁業活動の中で記録すべき情報は、対象とする魚種や漁法によってまちまちだ。
プラスレックは現在、サケ定置網漁のほか、ホタテ養殖、タイ養殖、ブリ定置網漁で活用されているが、具体的にどんな記録項目を用意するのかは、導入する漁協や漁業者と話し合ったうえで設定している。漁協で収集したデータの分析と可視化にはBIツール(Google Workspace、Google Lookerなど)を利用しているが、どんな情報をどう可視化するのかも、それぞれ異なるという。
BIツールを使って、プラスレックで記録した情報とサードパーティデータを組み合わせた分析も可能だ。たとえば過去の漁獲量データと海水温データを組み合わせて、今年の漁獲量を予測したり、さまざまな漁業活動のタイミングを調整したり、定置網を仕掛ける場所や深さを変えたりといった活用ができる。
プラスレックはクラウドサービスで、漁業者数に応じたライセンスを購入するかたちで販売されている。現在のところ漁連1系統、漁協6組合(契約、予算化)に採用されており、およそ2500ライセンス(採用検討中も含む)が活用しているという。
「現場の納得感、共感」を重視して開発、改善のサイクルも繰り返す
もっとも、日々の情報をスマートフォンで記録/共有してもらうとなると、まずは現場の漁業者からの理解と協力が得られなければ話は前に進まない。増元氏は、プラスレックでは「漁業の現場が、納得感と共感を持って一緒に進める、ということを重要視しながら開発を進めてきました」と説明する。
具体的には「人間中心設計プロセス」をとっている。まずは現場でのインタビューや観察から業務内容や考えなどを学び取り、それをアプリに反映して展開、現場の意見フィードバックを受けて改善を図る――といった繰り返しのプロセスだ。
「実際に現場を訪れると、こちらの“イメージ”が先行してしまっていることが多いな、と気づかされます。たとえば『きっとこういう情報が欲しいはずだ』と、衛星データを使ったアプリを開発してみても、現場が実際に欲しいのはもっと粒度の細かい、自分の漁場周りのピンポイントの情報だったりします。やはり実際に話を聞いてみないと、わからないところは多いですね」(増元氏)
現場からのフィードバックを受けて、現在は「ちょいメモ」という新機能も開発しているという。現状の記録項目に当てはまらないような、ちょっとしたことを手早くメモする機能が欲しいというアイディアを受けて、その場で出た「ちょいメモ」という言葉をそのまま機能名にしてしまったそうだ。