まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第90回
〈後編〉アニメの門DUO 氷川竜介さんと語る『水星の魔女』
『水星の魔女』はイノベーションのジレンマに勝利したアニメだ
2023年06月18日 15時00分更新
視聴者がSNSで勝手に盛り上げてくれることを信じた脚本
氷川 富野アニメと一番違うことは、あれから3ヵ月待たなければいけなかったことですね(笑)
まつもと 確かにそれは新しい感覚ですね……! 先ほど、ファーストガンダムの時代から「1週間空く」ということが視聴者との関係性において重要だとおっしゃっていました。今はその1週間が空白にならずSNSで情報が膨らんでいくわけですよね。
その膨らみをこれだけのボリュームで可視化させた作品という意味で間違いなくエポック――もちろんアニメで初めてというわけではありませんが――だったなと思います。
氷川 やっぱりお客さんの参加を前提にしていますよね。『お客さんが膨らませてくれるだろう』という信頼があるからですよね、ガンダムという作品には。
まつもと それを明らかにこれまでとは異なる視聴者層をターゲットにしても信じることができたというのは、大河内さんのこれまでの作品の経験が活きていると考えてよろしいでしょうか。ご本人に聞いてみないとわからないところもありますけれど。
氷川 キングゲイナー、コードギアス、あと『プラネテス』(2003年)なども効いているのでは。大河内さんのキャリアでは古いものばかりで申し訳ないですが。当時、自分も仕事で付き合っていて、『ああ、こんな風に“人と物語との関係性”を追いかける時代がきたんだなあ』と思いました。
■Amazon.co.jpで購入
-
プラネテス Blu-ray Box 5.1ch Surround Edition田中一成、雪野五月、折笠愛、谷口悟朗バンダイビジュアル
まつもと 『水星の魔女』もキャラクター同士の関係性はかなり複雑です。そもそもガンダムはファーストから『Gのレコンギスタ』(2014年)に至るまで複雑に描かれますが、『水星の魔女』も複雑ではあるものの、物語のなかではそれを“シンプルに見える”よう表現しています。
その一方で制作側は、『物語が好きになった人は自分で人物関係図も書いてTwitterにアップしてくれるだろう』とか、『YouTubeで色んな解説も加えてくれるはずだ』という信頼感を持っているのかもしれませんね。
氷川 それこそ富野監督が『映像の原則』というご自身の手の内を明かす本で言っているのは、“人間は変化が大好きで、変化するものから目が離せない。それはミニマムな映像もそうだし、キャラの関係性もそう。だから、変わっていくものということに対して、それをどういう風に物語に持ち込んでいくのかというのがドラマの鉄則”だと。
だからそこは、基本に忠実でもあり、とは言え割とキャラクターに「設定やお話の構成で決まっているから」といった制作上の都合以外のものを求め始めている。時代性を反映している気がしますね。特に主役の2人(スレッタとミオリネ)は、出会いからしてめちゃくちゃ、しかも1話のなかですら関係性が変化していきます。
まつもと 関係性もそうですし、第11話であれだけドラマティックに和解をさせつつ、第12話の最後で「人殺し」と言わせてますからね。
■Amazon.co.jpで購入
リアルタイムで盛り上がり、配信で再確認できる
まつもと 個人的な感想になってしまいますが、僕は第11話の沖浦啓之さんの作画も含めて……。
氷川 膝抱えてクルクルするシーンですね。
まつもと そうです。素晴らしいものを見せてもらったと。ここで1クール目終わりで良いのではと思ったくらいなんですけれど、そこから第12話であれをやっちゃいますか、と。第11話の最後で、2人が抱き合う前の作画のすごさをもっと見てくれと学生にも言っていたのですが、第12話のCパートはそれ以上のインパクトだったので。すべて塗りつぶされてしまった。
氷川 でもその手前にちゃんとガンダム的サービスで盛り上げてもいる。何かと用意周到なんですよ。第12話って最後だけが語られていますけれど、その手前も結構すごい。「魔女とは何か?」的なことを描いた戦闘だったと思うし、親殺しともちょっと絡んでいる。
まつもと 見返してみると発見があると思います。見返すという話だと、『水星の魔女』は「放送があって配信もある」ということを前提とした広報ですよね。「ぜひ配信で見返してくださいね」という、誘い水みたいなものをTwitterで撒いているなと感じました。
実際、熱心な学生たちは放送をリアルタイムで見て、配信で気になるシーンを早送りでたどり着いてもう1回見返すみたいなことを普通にやっています。これは今のアニメ視聴のスタンダードになっていますから、おそらくこの視聴方法を前提としたお話の作り方をしたアニメが(『水星の魔女』を1つのベンチマークにして)増えるのでしょう。
氷川 そうですね。基本的に、人を引き込む方法って1つしかありません。「?」を出して、それに対して「!」で『あっ』と思わせることです。でも、「?」に対して「!」を押し付けられるとダメなんですよ。だから、自分で発見させるようにするのがテクニックになります。
『水星の魔女』はそれが本当に用意周到で、何から何まで詰めていて上手いなあと。だから、「前は見逃していたけど、ここに『?』があるじゃん」という再発見もできるのが楽しいですね。
■Amazon.co.jpで購入
-
今から追いつける!『機動戦士ガンダム 水星の魔女』Season1総復習ダイジェスト市ノ瀬加那、Lynn、小林 寛
この連載の記事
-
第106回
ビジネス
ボカロには初音ミク、VTuberにはキズナアイがいた。では生成AIには誰がいる? -
第105回
ビジネス
AI生成アニメに挑戦する名古屋発「AIアニメプロジェクト」とは? -
第104回
ビジネス
日本アニメの輸出産業化には“品質の向上よりも安定”が必要だ -
第103回
ビジネス
『第七王子』のEDクレジットを見ると、なぜ日本アニメの未来がわかるのか -
第102回
ビジネス
70歳以上の伝説級アニメーターが集結! かつての『ドラえもん』チーム中心に木上益治さんの遺作をアニメ化 -
第101回
ビジネス
アニメーター木上益治さんの遺作絵本が35年の時を経てアニメになるまで -
第100回
ビジネス
『THE FIRST SLAM DUNK』で契約トラブルは一切なし! アニメスタジオはリーガルテック導入で契約を武器にする -
第99回
ビジネス
『THE FIRST SLAM DUNK』を手掛けたダンデライオン代表が語る「契約データベース」をアニメスタジオで導入した理由 -
第98回
ビジネス
生成AIはいずれ創造性を獲得する。そのときクリエイターに価値はある? -
第97回
ビジネス
生成AIへの違和感と私たちはどう向き合うべき? AI倫理の基本書の訳者はこう考える -
第96回
ビジネス
AIとWeb3が日本の音楽業界を次世代に進化させる - この連載の一覧へ