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これぞ特撮の最前線? リアルなのに現実では撮れない新しい映像表現の可能性も

角川大映スタジオのバーチャルプロダクションスタジオを訪問

2023年01月30日 16時00分更新

文● ASCII

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 角川大映スタジオは1月20日、東京・調布市の同社スタジオ内に1月16日から3月31日までの期間限定で設置している“バーチャルプロダクションスタジオ”を報道関係者に公開した。ソニーPCLと共同で、面積167坪(550m2)のCスタジオに、Crystal LEDシリーズの中でも輝度が高い、Bシリーズを設置。約12.2×5.5mで、画素数7680×3456(ほぼ8K)の大スクリーンを作り、映画やドラマの撮影ができる環境を作っている。

入口の大魔神が印象的、バーチャルプロダクションは現代最先端の特撮とも言える

バーチャルプロダクションとは何か

 バーチャルプロダクションは、近年採用が増えている映像の撮影手法で、撮影に立ち会っている人全員がリアルタイムで完成イメージを理解できるという大きな特徴を持つ。背景を映し出す大型のスクリーンの前に物理的なセットを組み、物理的な撮影と背景の合成をスタジオ内で完結してしまう手法だ。

 グリーンバックの前で演じ、後から背景を合成する従来の撮影方法では、いまどのような背景の前で演技をしており、最終的にどのような映像になるのかは分からない。バーチャルプロダクションであれば、映像として映し出された背景を実際に見ながら演技ができる。また、背景からの光は撮影対象に自然に映り込むため、手間をかけた合成を後からせずにリアリティのある反射の表現も可能となる。グリーンバック撮影では、被写体にかぶった緑色部分の除去や違和感をなくすための細かな反射の合成が必要であり、撮影時の配慮や後工程の手間がかかる。

 また、後述するように、バーチャルプロダクションでは、セットの組み方によって物理的には撮れないような映像表現も可能となる。新しい表現の可能性も秘めた撮影方法と言えるだろう。

より実践的な撮影プロセスへと落とし込む試み

 ソニーPCLは「技術開発を必要とするような挑戦的なコンテンツの制作などを手掛ける」とする、大規模なバーチャルプロダクションスタジオを清澄白河に構えている(清澄白河BASE)。角川大映スタジオの取り組みは、このソニーPCLのノウハウを生かしたものだ。単に背景がグリーンバックからLEDディスプレーに変わっただけでなく、背景に表示する3DCGデータ、またカメラのアングルによって適切な形で背景が映るようにするトラッキング技術(In-Camera VFX)なども提供している。

トラッキングに利用するため、天井に用意された440個のドット

カメラの上に付けられたセンサーで天井のドットを読み取り、位置を認識する

 清澄白河BASEは先進的な映像制作技術の開発と実践、角川大映スタジオはこうした映像制作の技術を具体的なノウハウとして活用していくことに注力している。内覧会では「(美術制作や照明といった)リアルの技術はあるが、バーチャルのクオリティアップが課題。その垣根をなくすための試み」としての価値を見いだし、実験的な手法を「実践的なワークフローへ昇華していくこと」を意図しているという説明があった。

 また、複数の可動式セットを活用した撮影例が紹介されて実演された。このセットは、1月11日に両社で打合せしたのち、わずか10日間で完成したものだという。

実施までの工程

 製作期間の短縮はバーチャルプロダクションを導入する大きなメリットのひとつだ。スタジオ内に映し出された映像の前で演技することで、完成形にかなり近い撮影ができるため、合成作業や合成のリアリティを高めるための複雑な調整といった後工程(ポストプロダクション)の手間が大きく削減するほか、撮影のための大規模な移動や天候などの不確定要素(経費や撮影日程の増大)を避けたプランを組みやすくなる。また、撮影の前工程(プリプロダクション)でも、事前にうまく打合せできれば、バーチャルの素材準備と物理的なセットの製作を並行して実施でき、作業工数や段取りをかなり効率化できる。

背景の映像はUnreal Engineで作成した3Dモデルとなっている、監督の指示に合わせ現場での調整も可能だ

 リアルの風景は監督の指示で天候を変えたり、時間帯(朝、昼、夕暮れ、夜の背景など)を変えたりはできないが、バーチャルであればそこも自由自在なので、厳しい撮影日程に合わせたスケジューリングも可能だろう。

物理的なセットと組み合わせることでメリットが明確化

 デモでは鉄道の車内を想定したセットと、住宅の一部をイメージしたセットの2種類を使った撮影例が示された。

鉄道の車内をイメージした可動式のセット

写真のように、高速に流れる背景を表示したLEDディスプレーの前に置き、動きを演出する

 鉄道の例では、食堂車をイメージした物理的なセットと高速で流れる背景を組み合わせている。向かい合って食事している演者の手元にはワイングラスが置かれているが、そこに背景の映像が写り込むことで、グリーンバックでは実現しにくい自然な映像ができていた。このセットは可動式となっており、ほんの数分で入れ替えができる。また、カメラの位置を工夫すれば、窓の外から車内をずっと捉え続けるといった通常の撮影ではまずできないアングルも作れる。セットのガラスに映り込んだ高速に動く背景によって鉄道の速度も感じられる印象的なシーン。こうしたアングルはアニメではよく見かけるが、実写で実現するのは困難だ。新しい映像の表現という意味でもバーチャルプロダクションの可能性を示すものと言える。

単に背景に映像を映すだけではなく、風を送って髪をなびかせたり、鉄道の動きを表現するためセットを揺らすといった従来の映画撮影で培った手法も取り入れることでよりリアルな表現になる

グラスに映り込んだ光などはグリーンバック合成では難しい表現、また演技のタイミングに合わせ、出したい場所に日差しや風景を入れるといったことは現実では極めて難しいだろう

ガラス窓越しに演者をとらえ、映り込んだ背景の動きで速度を表現している。現実の撮影は難しいだろう。

可動式セットのためセットは動く、10分もかからず入れ替えができていた

 住宅の例ではセットの裏表を活用し、多彩なシチュエーションが作れる点が紹介された。まずは家の外から部屋全体を遠景で狙うシーン。傾斜窓の先に広い室内があり、その中で演者が様々な演技をする。こうしたシーンではセットの奥行きも必要になるが、演技で動く前の部分だけをセットにし、後ろはセットと映像が自然になじむように背景映像を作り込むことで限られたスタジオのスペースでも奥行きを感じる空間が見せられる。デモでは手前3.5m程度までがリアルのセット(それとCrystal LEDまでの空間が0.5m程度)なので、撮影スペースの奥行き自体は4m程度だが、背景を組み合わせることで11m程度を想定した広い室内が表現できている。映像と物理物の質感を合わせ、継ぎ目を自然にするということも重要だが、リアルのものを手前に置くことが視覚効果的に極めて有効だという。小道具の組み合わせを配慮することでさらにリアリティを高められる。

住宅をイメージしたセット、部屋に奥行きがあるように見えるが実際には映像で補っているため、4m程度とそれほど広くないスペースでも撮影ができている

 セットに使用する床材を事前にCG制作の部隊に共有しておくことで、背景自体の作り込みもなされている。

裏面と表面でセットを流用し、まったく違うシチュエーションを表現できる

 同じセットを反転させると高層マンションの一室というシチュエーションに変わる。夜景を前に演技する人物の映り込みがセットのガラスに映り込み、ここも非常にリアル。従来の合成では難しい表現だ。さらに背景のアングル(見せたいものと見せたくないもの)を事前に決め込めるほか、夜景や天候なども自由自在に変えられる。撮影に適した時間が1日の中でもごく限られている夕暮れのシーンや、雨や雪といったリアルではコントロールできない天候の違いなども自在に操れるのが特徴だ。このリアリティを高めるためには、美術の力に加えて、照明の力も必要で、長年セットを使った撮影に取り組んできた現場のノウハウと、最新のデジタル技術の融合を強く感じさせるデモと言える。

夜景が見える高層マンションの一室をイメージ

時間帯や天候も自在に決められる

家具に映り込む光も自然だ

トワイライトの背景を表示、このような光が得られるタイミングは日没から30分程度の極めて短い時間しかない

雨や雪なども降らせられ、照明効果も組み合わせ、暗い室内の表現も可能に

セットとLEDディスプレーの間はこのような形になっている

 なお、今回はCrystal LEDの幅すべてを使う前提でセットが用いられていたが、狭い室内などを行き来する撮影であれば、セットを中央で区切って2面のセットを作ることも可能だという。スペースの効率化、撮影時間の短縮という意味でも有益な試みができる可能性を持つという意味でも、示唆の多いデモであった。

訂正とお詫び:本文内の記述で誤りがあった箇所を修正しました。(2023年1月31日)

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