エリアLOVEWalker総編集長・玉置泰紀の「チャレンジャー・インタビュー」番外編
ピカソの「ブルーピリオド」に塗り込められた創作の秘密に迫るヒストリー×サイエンス
ポーラ美術館(神奈川県箱根町仙石原)は2022年9月17日、ポーラ美術館開館20周年記念展の「ピカソ 青の時代を超えて」と、HIRAKU Project Vol.13の村上華子「du désir de voir 写真の誕生」の展覧会をスタートした。
「青の時代」、即ち、ブルーピリオドは、山口つばさの人気漫画のように、ピカソ(パブロ・ピカソ。1881〜1973年。スペイン・アンダルシア地方のマラガ生まれ)の若き日の一時期を意味する。1901年から1904年の約3年間。ピカソは、20歳から23歳の頃。この時期の作品は、青を主調色にしていて、題材として、貧しい市井の人々の姿が描かれ、生と死や貧困のテーマの深奥に踏み込んだ時代、と言われる。ピカソは、バルセロナとパリを往復しながら生活し、この時期に、親友カサジェマスの自殺も経験している。
ピカソ自身も困窮していたため、この時期に制作された絵画の多くは、同じカンヴァスに何度も描き直しがなされていて、近年は、元々描かれていた絵や乾く前にかぶせられた新聞紙などの調査が進んでいる。この展覧会では、国内屈指のピカソ・コレクションを持つポーラ美術館とひろしま美術館が、欧米の美術館などの協力を得て、最新技術で調査した結果を基に、アート・ヒストリー×サイエンスで「青の時代」の絵画に隠された制作プロセスとテーマ(主題)の変容に迫る。
また、同時に開催がスタートした村上華子氏の「du désir de voir 写真の誕生」は、ポーラ美術振興財団の若手芸術家への助成を受けた作家を紹介する展覧会シリーズの第13回目。今回の展覧会では、現存する世界最古の写真を残したとされる、ニセフォール・ニエプス(1765-1833)の足どりを辿る新作25点が展示されている。
青の時代の制作のプロセスは前後の時代が折り重なった多層的なもので、ピカソの画家としての本質が詰まっていた
展覧会の構成は、プロローグ. 1900年の街角―バルセロナからパリへ、I. 青の時代―はじまりの絵画、塗重ねられた軌跡、II. キュビスム―造形の探究へ、III. 古典への回帰と身体の変容、IV. 南のアトリエ—超えゆく絵画の5部構成からなり、特に、I. 青の時代―はじまりの絵画、塗重ねられた軌跡では、ポーラ美術館の《海辺の母子像》、ひろしま美術館の《酒場の二人の女》など、両館の持つ傑作のほかに、バルセロナ・ピカソ美術館、カタルーニャ美術館など世界各国から集められた29点が堪能できる。
青の時代とは、ピカソが1900年に初めてパリを訪れ、その後4年近くバルセロナとパリを往復する生活を送った3年程の期間を指すが、ピカソはそれまで制作したカンヴァスを何度も塗り替えて模索を繰り返し、青を主調色に深い精神性を感じさせる重厚な作品を制作している。しかし、今回の展覧会は、これを一時期のスタイルという理解に終わらせず、制作のプロセスに多層的に折り重ねられたピカソの過去と未来を読み解く展示になっている。
たとえば、酒場でグラスを前にした二人の娼婦を描く《酒場の二人の女》は、近年の科学調査によって、その下に、うずくまる母子像が描かれていたことが判明した。逆に、《海辺の母子像》の下には酒場の女が描かれていたことが分かっており、パリで描かれた《海辺の母子像》と、バルセロナで描かれた《酒場の二人の女》は、その下に描かれていた絵は、モチーフが入れ替わっていたことになる。ほぼ同時期に、この2作品は描かれており、単に上から描きなおしたというよりは、制作のプロセスでピカソが試行錯誤したクリエイティブの一端が垣間見える。
また、修復前の《海辺の母子像》は、新聞紙(「ル・ジュルナル紙」1902年1月18日発行)のインクが残っていたことが分かっており、パリからバルセロナに持ち帰る際に、この新聞紙で覆い丸めたために付いたことが分かる。そして、実は、《鼻眼鏡をかけたサバルテスの肖像》にも同様のインクの跡があり、同じ時に一緒にバルセロナに持ち帰ったことが判明した。《鼻眼鏡をかけたサバルテスの肖像》では、肖像の襟に文字がはっきり残っており、あるいは、それを活かそうとしたのかもしれない。
こうして、青の時代の制作のプロセスが様々な研究によって明らかになってくると、若き日の一つのスタイルを表すだけでなく、後のキュビズムや古典主義への回帰などに繋がっていく「変容」「ヴァリエーション」「偶然性」「破壊」が渦巻いていた時期であることが分かってきた。二つの街を行き来し、作品の上に作品を描きこみ、時には真逆のテーマを重ねて描き、偶然ついた新聞の文字をも活かす、こののち花開くピカソの世界の大いなる助走がこの時代だったのだ。この時代の作品を深く調べると、まさに記録、ドキュメンテーションが眠っていたという事になる。
スペシャルPodcast
「ピカソ 青の時代を超えて」展会期中限定で、チョコレートプラネットの長田庄平、松尾駿と学芸員によるスペシャルPodcastを配信。
Podcastでは、「青の時代」にフォーカスを当てながら、彼の人生や独自の制作スタイルをたどるエピソードを全7回にわたり配信。コントで使用するユニークな小道具を自作している長田が創作の原点やクリエイティビティーについて語るほか、箱根町出身で「はこね親善大使」も務める松尾による箱根情報エピソードも紹介。
<Podcast概要>
公開期間:2023年1月15日まで
配信開始日:9月7日12時〜。Podcastは展覧会の開催期間中の限定公開。
Spotify、Apple Podcast、Amazon musicなどの各プラットフォームで配信。各プラットフォームによって配信のタイミングに差異が出る可能性あり。
URL:https://anchor.fm/polamuseum
■配信エピソード
【#0】破天荒なおじいちゃん芸術家?ピカソの知られざる一面
【#1】ピカソの生活は若手芸人さながら?松尾の恐怖体験……。「二十歳の俺たち」談義!
【#2】ピカソ「青の時代」×チョコプラ「赤の時代」
【#3】当時のパリは芸術家のM-1状態。ピカソの評価はいかに?
【#4】ピカソに「あの芸能人」が一言申す!? 45歳のピカソがパリの街角で取ったイケナイ行動
【#5】ピカソの晩年。チョコプラはおじいちゃんになっても創作を続けるのか?
【#6】アフタートーク&箱根を100倍たのしめる!? 箱根親善大使・松尾オススメの箱根情報
村上華子「du désir de voir 写真の誕生」は見たいという欲望、即ち「写真のはじまり」を語る
今回の作品解説はすべて「写真のはじまりは、」から始まる。写真は如何にして始まったのか。それは見たいという欲望からだったのではないか。
パリを拠点に活動する村上華子は、古典的な写真技法を扱い、見ることの根源に立ち返ろうとする。村上は今年の5月に出産をしたが、自らのフィジカルな誕生と写真自体の誕生は重なる部分はあったのだろうか。生まれてからの育児もこなしながら25点の新作を生み出した。
村上は、2019年にアルル国際写真祭新人賞にノミネートされるなど、近年、特にヨーロッパで注目されている。初期から一貫して、網膜に映る像を他者と共有するための技術とその歴史、そして目の代替物として像を焼き付けるもの、その物質性(マテリアリティ)に関心を持つ。ダゲレオタイプのような古典技法による写真、100年前の未開封のガラス乾板に自然発生したイメージをとらえる作品、金属の活版を用いた作品などの、写真の原点に立ち返る技法や、詩作や映像作品なども活用しながら、緻密なリサーチによって歴史を往来する。詳細な作品解説にあふれるテキストから分かるように繊細な言語感覚も特徴だ。
今回の展覧会で辿るのは、現存する世界最古の写真を残したとされる、ニセフォール・ニエプス(1765〜1833)。ニエプスの輝かしい功績には、当然ながら数え切れないほどの「失敗」が存在する。その成功と失敗の歴史に寄り添い、ニエプスの言葉を丁寧に検証しながら、あえて失敗を現代に再現しようとする。ニエプスの写真の発明に至るモチベーションに寄り添う中で、村上自身の強い思いと重なっていくさまがスリリング。
開催概要
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山 1285
開館時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
入館料:
大人 1800円
シニア割引(65歳以上)1600円
大学・高校生 1300円
中学生以下 無料
障害者手帳をお持ちのご本人及び付添者(1名まで) 1000円
休館日/休室情報:年中無休(悪天候による臨時休館あり)
ポーラ美術館開館20周年記念展
ピカソ 青の時代を超えて
会期:9月17日~ 2023年1月15日 会期中無休
会場:ポーラ美術館 展示室1、3
主催:公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館、公益財団法人ひろしま美術館
特別協力:バルセロナ・ピカソ美術館、カタルーニャ美術館、アート・ギャラリー・オブ・オンタリオ
後援:スペイン大使館、インスティトゥト・セルバンテス東京
※展覧会はこの後、2023年2月4日〜5月28日まで、ひろしま美術館(広島県)で開催されます。
HIRAKU Project Vol.13
村上華子
「du désir de voir 写真の誕生」
会期:9月17日~2023年1月15日
会場:ポーラ美術館1F アトリウム ギャラリー
主催:公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館
協力:タカ・イシイギャラリー、メゾン・ニセフォール・ニエプス
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
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