本連載「業界人の《ことば》から」が、2012年8月にスタートして以来、10年を経過するとともに、今回で500回目の節目を迎えた。その間、経営トップや、業界や社会のリーダーたちの言葉をリアルタイムに拾い、成功への道筋や、失敗からの復活、課題解決への挑戦などの取り組みを浮き彫りにしてきた。
この節目にあわせて、特別編として、ソニー創業者の一人である井深大氏の言葉にスポットを当ててみる。
坊主頭の社員に技術の隙間を説く
ソニーの前身となる東京通信工業が設立されたのは、1946年5月7日である。
38歳の井深大氏と、25歳の盛田昭夫氏の2人の創業者と、20数人の社員によって誕生したソニーは、まさにスタートアップ企業そのものであった。
東京・日本橋の白木屋の部屋を間借りし、19万円の資本金でスタートした。現在はコレド日本橋がある場所だ。設立の翌日には逓信省から、真空管電圧計の注文を50台受けたが、戦後で真空管が手に入らない時期であり、闇市を回ったり、軍の放出品が出ると聞いてはそこに出向いたりして真空管を調達。ドライバーは焼け跡からオートバイのスプリングを拾って作り、コイルは買うことはまったく思いもせず、すべて自分たちの手で巻いて作った。
機械や資金はなくても、自分たちには頭脳と技術があり、これを使えばなんでもできる、というのが、当時の東京通信工業の社員の共通認識だった。
会社設立式では、井深氏は、戦後でまだ全員が坊主頭だった社員たちを前に、「大きな会社と同じことをやったのでは我々はかなわない。しかし、技術の隙間はいくらでもある。我々は、大会社ではできないことをやり、技術の力でもって、祖国復興に役立てよう」と語った。
これは、ソニーの設立趣意書そのものの内容でもある。
ソニーの設立趣意書では、会社設立の目的を「技術者がその技能を最大限に発揮することのできる"自由闊達にして愉快なる理想工場"を建設し、技術を通じて日本の文化に貢献すること」としている。
実は、設立前に井深氏によって書かれた設立趣意書は、しばらく社員が預かっており、設立準備のバタバタのなかで存在が忘れられていた。設立された後に、井深氏の手元に戻ってきた。それを見た井深氏は他人事にように、「なかなかいいことを書いたんだなぁ」と語ったというが、言い換えれば、それだけの自信作だったのかもしれない。
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