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「Microsoft Azure」上にScalarとのパートナーシップで構築、4月から社内本格実装へ

トヨタ、ブロックチェーン技術を技術知財の証拠保全システムで活用

2022年04月01日 07時00分更新

文● 大河原克行 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 日本マイクロソフトは2022年3月31日、トヨタ自動車が「Microsfot Azure」を基盤とする知財DXプラットフォーム「Proof Chain of Evidence(PCE)」を構築したことを発表した。

 PCEは、グローバルな証拠採用ルールに基づいた電子データの証拠を保全するプラットフォームで、技術情報に関する証拠力を高め、知財係争訴訟への対応力を強化することを目的にしている。スタートアップのScalarが提供する分散型台帳(ブロックチェーン)基盤「Scalar DLT」が持つ改ざん検知機能を利用して、電子データの証拠保全を行うことができるという。現在は社内PoCなどを終えた段階で、4月から本番システム構築や社内への本格展開を進める。

トヨタ自動車が構築した知財DXプラットフォーム「Proof Chain of Evidence(PCE)」の概要

トヨタ自動車 知的財産部 車両技術知財室 室長の山室直樹氏、Scalar代表取締役CEO兼COOの深津航氏

技術情報の秘匿化、証拠保全にまつわる課題の解決目指す

 なぜPCEのようなシステムが必要だったのか。トヨタ自動車 知的財産部 車両技術知財室 室長の山室直樹氏はまず、現在のトヨタが“モビリティカンパニー”への変革を目指しており、自動車の進化と同時に「業種を超えた連携、移動サービスの高度化にも取り組んでいる」ことを説明する。

 「こうした取り組みにおいては『仲間づくり』『安心安全』『オープン』が重要になり、そのど真ん中にある技術がブロックチェーンだ」「とくに製造ノウハウやプログラムコードなどは模倣されやすいものであり、秘匿管理を行っているものの、その手続きは複雑で高コストだ。また、データは一度流出すると回収が不可能になる。この課題を解決するためにはブロックチェーンの活用が必要であると考え、完成したのがPCEである」(トヨタ 山室氏)

PCEの開発背景。これまでの複雑で高コストな手続きなしで、データが自社オリジナルであることを証明可能にする

 コロナ禍において紙から電子データへの移行が加速する一方で、電子データには複製や改ざんが比較的容易であるという課題がある。それを避けるために社内システムに格納すると、今度は改ざんされていないことを第三者に証明することが難しいという別の問題も浮上する。

 証拠として保全するために、これまでは紙書面を公正証書役場に持ち込んで公証を取得するか、電子公証によってタイムスタンプを付与する方法が取られていた。加えて、日本とは異なる証拠提出ルールを取る国については、大使館認証の取得などの手続きも必要となった。こうした作業には多くの手間がかかり、現実にすべての電子データに対して実行することは不可能だった。

 また、知財係争訴訟で証拠として使用する電子データは、特許の有効期限である20年を越えた期間の証拠保全が必要になる。電子署名の有効期限である1~3年、あるいはタイムスタンプの有効期限の10年を超える証拠の保全には、有効期限を迎える前に新たにタイムスタンプを付与し直すなどの対応も必要だった。

 PCEを開発したScalar代表取締役CEO兼COOの深津航氏は、これまでの課題を次のように説明する。

 「電子公証制度を用いた証拠保全方法では、対象となる電子文書がPDFのみであることや、10MBを超える電子文書が取り扱えないこと、電子文書の存在した順序の証明が困難であることなどが課題だった。また、タイムスタンプの取得コストが高いためすべての電子データにタイムスタンプを付与できなかったり、国ごとに認定されているタイムスタンプサービスが異なるため、証明が必要な国に対応したタイムスタンプを使う必要もあった」(Scalar 深津氏)

従来の手段による証拠保全の課題

 PCEは、こうした課題を解決することを目標として開発された。クラウド上のファイルストレージサービスに保管された電子データ(証拠)を、ブロックチェーン基盤であるScalar DLTに記録し、記録した順序と記録された内容の改ざんを検知する。

 また一連の証拠の連なりを証明する「証拠のブロックチェーン」を形成し、ファイルストレージ上に保存された電子データのハッシュ値をScalar DLT内に記録することで、電子データの登録/改定の順序を維持した状態で証拠保全できる。

 さらに、Scalar DLT 自体が改ざんされていないことを証明するために、Scalar DLTの証拠に対して各国裁判所が認めるタイムスタンプ局を用いて、定期的に複数のタイムスタンプを付与、タイムスタンプ・トークンを生成し、これをScalar DLTに記録する。これらの情報は、日本をはじめ中国、欧州、米国において、裁判の証拠として提出できるものになっている。

 こうした仕組みによって、大量の電子データに対する自動的な証拠保全と、タイムスタンプ・トークン事態の保全を行い、10年を超える電子データの保全を可能にしている。この仕組みはトヨタ自動車とScalarが共同発明し、複数の特許を登録、出願しているという。

Scalar DLTを用いたPCEにおける電子文書の証拠保全の仕組み

製造ノウハウやコードの秘匿化、知財のコンタミ防止に活用

 PCEはMicrosoft Azure上に構築されており、トヨタ社内の既存データ保管システムをそのまま利用しつつ、PCEと統合運用できるようになっている。またAzure ADやAzure ADB2C、Azure Cosmos DBといったさまざまなマネージドサービスを利用することで、認証基盤との連携やデータの確実なバックアップ/リカバリを可能にし、保守、運用を一元管理しているという。

 トヨタではPCEの最初のユースケースとして、製造ノウハウやプログラムコードの秘匿化に活用。発明に対する先使用権証明のための電子データ保全を行うほか、次の段階では、外部企業との共同研究開発に際して問題となる「知財のコンタミネーション(混入汚染)」回避に利用するという。

 「協業や共同開発ではそれぞれの知見を持ち寄ることになるが、似たような保有技術があった場合に、それをどう保全したり証明したりするのかが現場では課題になっている。協業そのものの議論に集中するためにも活用できるシステムと言える」(トヨタ 山室氏)

 また、トヨタ自動車のグループ企業や取引先企業にもPCEを展開し、企業が持つ電子データの証拠を保全することで、知財だけでなく、電子データに証拠性が求められるさまざまなシーンに展開していくことを目指すと説明した。

トヨタが考えるPCEの活用事例

スタートアップのScalarと開発、今後は本格展開へ

 PCEの開発を行ったScalarは、独自のデータ管理技術を有する2017年12月創業のスタートアップだ。日本マイクロソフトが開催した「Microsoft Innovation lab Award 2019」で優秀賞を受賞したほか、同社のスタートアップ企業支援プロジェクト「Microsoft for Startups」にも参画し、Microsoft AzureやAzure Cosmos DBを活用した開発支援を受けてきた経緯がある。

 トヨタ自動車とは、2019年8月にScalar DLTを用いたBtoC取引データ管理の有用性検証を開始し、その後もScalar社員のトヨタブロックチェーンラボへの出向、そして今回のPCEにつながるトヨタ「知財情報管理 PoV」プロジェクトの受注など、関係を深めてきた。今年4月からはPCEの「第2フェーズ」としてトヨタでの社内実装を開始し、将来的にはSaaSとしての仕様を作り込んで、多くのグループ企業にも提供できるものに進化させる考えだ。

 「当初はScalarの社名さえ知らなかったが、手伝ってもらうと充実した内容であり、新たな提案や問題点の指摘も的確で、Scalarであったらうまくできると考えた。プロジェクトを通じて大切にしていたのは、ベンダー探しではなく“パートナー探し”だった。仕事を請け負うだけのベンダーには価値がないと考えており、新たな領域においては、お互いに価値を生み出す、共創にこだわった。当初に考えていたとおりの活動ができた」(トヨタ 山室氏)

PCEは“フェーズ1”を終えた段階。4月からトヨタ社内での本番システム構築を進め、将来的にはグループ全体への展開を図る

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