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人馬一体を具現化するドライビングシューズをマツダとミズノが開発

2021年07月10日 12時00分更新

文● 栗原祥光(@yosh_kurihara) 編集●ASCII

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異業種交流会から生まれた
両者の強みを活かしたシューズ

マツダ/ミズノ ドライビングシューズ 3万9600円(税込)

 自動車メーカーが販売するグッズは、既存商品のカラーバリエーション違いなどが一般的だ。だが、今回は自動車メーカーとシューズメーカーが手を組むという力の入れようであり、さらに言えば、ミズノは過去ドライビングシューズを手掛けたことはない。では、どうしてこのような取り組みがなされたのだろうか?

ミズノの佐藤夏樹グローバル研究開発部次長(写真左)とマツダの梅津大輔車両開発本部操安性能開発部上席エンジニア

 開発を担当したマツダの梅津大輔車両開発本部操安性能開発部上席エンジニアに、なぜコラボシューズを作ろうと考えたのか、について質問をぶつけてみた。

 梅津氏は「コラボレーションシューズを作るために手を組んだわけではなく、技術交流からシューズを作ろうという話になりました」と、エンジニアらしい物静かな語り口で話を始めた。「マツダとミズノの出会いは2015年に異業種交流に遡ります。人間中心の物づくりで共感し、最初は経営陣の交流から、その後、様々な分野におけるエンジニアリングレベルで、互いの知見を拡げる活動が始まりました」と語る。

 ミズノ側の佐藤夏樹グローバル研究開発部次長も「ミズノも様々な企業と技術交流があります。その多くは、素材と製品開発時の評価方法に関するもので、具体的にお客様の目に形として見える部分ではありませんが、製品づくりに活かされています」。そのような技術交流の中で「車のサスペンションとシューズのソールが非常に近いということがわかってきました。人の動きを研究し、人と用具の調和を追及するというミズノとなら、より新しい人馬一体が目指せるのではないかと思いつきました。そこで、両社の知見が活かせるドライビングシューズを作ろうという話になりました」(梅津氏)という。

 こうして互いに技術を見せ合っての交流から、一緒に物を作ることでの技術交流へと発展していった。とはいえミズノにとっては、ドライビングシューズは初めての分野。その世界に佐藤氏は驚いたという。「まずドライビングシューズにとって必要となる要件を落とし込むことから始まりました。そこでわかったのは、ドライビングシューズには繊細な動きや感覚が求められるということ。私たちが作るシューズの場合、瞬間的に体重の何倍という力がソールにかかり、それをいかに吸収し、地面に伝えるかという分野になります。ですがドライビングシューズで使う力は10N~30Nと、とても弱い力であり、僅かな感覚の差が重視される世界です。これは驚きでした」とのこと。

 また、梅津氏も「マツダは長年にわたり、ドライビングポジションに拘ってきました。そこで重要となるのはシューズの存在です。私たちが考えたのは、よりよい運転姿勢が得られるシューズであること。ミズノの姿勢制御技術が、この課題を克服してくれました」と語る。足首の筋肉を支える背屈サポートはその一例だ。

試作シューズ

試作中のシューズにもジャバラ構造が用いられているが、その数は製品版よりも少ない

 さらにかかとの部分にはジャバラ構造を用いることで、靴のデザインを損なうことなく、足をサポートする。「このジャバラ構造は今までの靴にはない機能で、ほかのシューズにも応用できるのではないかと思います。たとえば、バスケットシューズは捻挫を防ぐため足首に硬い素材を使うことが多いです。ですが、ジャバラ構造によって動きやすさが得られるとともに、横方向だけに硬い素材を使えばよいのです」。

 ドライビングシューズから新しいアイデアが生まれ、ほかの製品開発に活かせる。これぞ異業種交流のメリットといえるだろう。ちなみに、こうして得られた知見のうち、靴に関してはミズノが、車両に関する物はマツダ側に利用権利があるとのこと。極論を言えば、今回のドライビングシューズの構造を使い、ミズノ側が自社ブランドとしてドライビングシューズを作っても問題はないという。

MIZUNO COBを採用したフィットネスシューズ

MIZUNO COBのソール内側

MIZUNO COBの外側

 ソールには足裏情報伝達と、かかと支点の安定性にこだわった。「硬くて薄いソールにすると、情報伝達は上がりますが、ノイズも増えます」と梅津氏。そこでMIZUNO COBをつま先から親知らず付近まで使った。さらにドライビングシューズに適したソール構造を何度となく作りこんだ。梅津氏は「車の場合、一度作ってから検討して、部品を作り直して再度検討をするという作業に長い時間がかかります。ですがミズノは、試作が上がってくるサイクルがとても早いんです」という試作サイクルの早さに驚きを隠せなかった。

 佐藤氏がマツダについて驚いたのは、「評価ドライバーがいることです。その方はプロのドライバーではなく、製品の評価をするための仕事なんですよね。その評価がブレずに的確なんです。私たちにはそのような評価だけをする人はおらず、プロのアスリートなど実際に使われる多くの人に製品を渡してアンケートを取る形がほとんどです。このような評価方法があることに本当に驚きました」。こうして2年に渡る基礎研究のもと、ドライビングシューズのベースが完成した。

左からミズノの難波友規グローバルフットウェアプロダクト本部企画・開発・デザイン部部長、マツダの寺島佑紀デザイン本部ブランドスタイル統括部デザイナー、藤川心平デザイン本部ブランドスタイル統括部デザイナー

 次にこの技術要件を、実際に製品の形として落とし込んだのが、マツダのデザイン本部ブランドスタイル統括部に所属する寺島佑紀デザイナーと藤川心平デザイナー、そしてミズノの難波友規グローバルフットウェアプロダクト本部企画・開発・デザイン部部長だ。まずデザイン本部ブランドスタイル統括部とはどのような部署なのかを寺島氏に伺った。

 「マツダのデザイン部門は、大きくわけて車両側とそれ以外に分かれます。ブランドスタイル統括部は、たとえばディーラーで販売されているグッズやカタログ、YouTubeやCMの動画監修、そして店舗のデザインなどを担当している部門になります。ちなみに定期的に車両側へ異動や、その逆もあったりします。私も2019年までは車両デザインをしていました」とのこと。藤川氏も「今回のプロジェクトでブランドスタイル統括部へ異動したのですが、今度また車両のインテリアデザインに戻ります」という。一方のミズノ側の難波氏はデザインというよりは企画に関することが仕事の中心だが、デザインの目線で監修をしたという。

試作中のクレイモデル

 マツダのデザイナーは、当然ながら靴のデザインは初めての経験。そこでクルマの時と同じようにクレイモデルを作り始めたのだという。「靴ってこんな感じだよね、ということでクレイモデルを作りながら検討しました」(寺島氏)。実際に手を動かし、手で触れて形を決めていくのは近年マツダの伝統的手法。ミズノにそのような文化はないようで、南場氏は驚いたようだ。

さり気なく入ったMAZDA/MIZNOのロゴ

 手法も違えば考え方、そして感じ方も違う。「最初に戸惑ったのは、言葉の壁でした」と南場氏。分野が違うということもあり、なかなか意志の疎通ができなかったようだ。その後「この靴は日本料理みたいなもので、いい素材はシンプルな味付けにした方が活かせる」というミズノ側のひと言から、デザインの方向性は決まっていったそうだ。両者のデザイナー達は、評価する場にも同席。その場で評価ドライバーなどの声を聞き、ミズノ側はイラストを描き、マツダ側がクレイモデルを修整するという作業をした。

 こうしてでき上がったドライビングシューズは、魂動デザインを用いながら、それでいて温かみのある製品に。グレーのスウェードは、実に今のマツダらしい色合いであり、そこに小さなソウルレッドのタグがマツダを印象付ける。今のマツダ車と通じたデザイン、マツダでなければ作れないデザインと言えばそれまでなのだが、初めて手掛けた靴で実現させた。マツダのデザイン部門、恐るべしである。

スウェード、革、そして布素材を細かく使い分けている

 実際に靴のデザインに携わり寺島氏は「車でこういった柔らかい素材を使うことはありません。スエードでも車の場合は人口素材ですが、この靴では天然素材です。それゆえの柔らかさや質感、加工の難しさというものを実感しましたし、何よりパーツがとても細かくて繊細。ステッチも違う、それが驚きであり面白さでした」と振り返る。再びインテリアデザインに戻る藤川氏も「ミズノのパタンナーさんの存在などは、とても新鮮でした。こういったモノづくりや設計手法は、車両デザインに活かせる部分がある」という。難波氏も、彼らの熱意やクオリティーに対するこだわりには驚かされたとのこと。「私たちは、高級靴を作ることはあまりありません。マツダとともにプレミアムな物づくりは勉強になりました」と振り返る。

ミズノの香山信哉ワークビジネス事業部次長(写真左)とマツダの児玉眞也グローバル販売&マーケティング本部主査 兼 カスタマーサービス本部主査

 こうして開発陣とデザイナーが生み出した至極のドライビングシューズ。これをどうやって販売するか。マツダのグローバル販売&マーケティング本部主査とカスタマーサービス本部主査を兼任する児玉眞也氏は頭を抱えた。「私達は車を売る販路はありますが、靴を売る販路を持っていません」。確かにマツダ側から靴問屋に営業をかけるということは難しい話だ。「かといって、ディーラーで販売するということもかんがえましたが、今度は在庫を抱えることになります。靴の場合、サイズ違いを大量に置かねばならず、そもそも、この靴が何足売れるか、まったく見当がつきません。売れなかった場合は、大量の在庫を抱えることになります」。

 そこでミズノの香山信哉ワークビジネス事業部次長に相談を持ち掛けた。香山氏はクラウドファンディングサイトであるMakuakeでの注文販売という方法を提案。「ミズノは過去、新しい販路開拓として、Makuakeでの注文販売などをしてきました。今回、まったく新しい試みであり、プロダクトということで、このプラットフォームを使うことを提案しました」。Makuakeでの注文販売ならば、在庫リスクを減らすことができるし、また新たな決済サービスのサイトを立ち上げる必要もないというわけだ。こうして販売はミズノとMakuakeの両社が行うという形となった。そしてMakuakeのページには、このシューズに関する彼らの思いがつづり、新しい客層の獲得を目指すこととなった。

マツダ/ミズノ ドライビングシューズ 3万9600円(税込)

 7月6日から9月15日まで注文を受け付け、受注後に順次生産を開始。3月下旬までの出荷を予定しているという。ちなみに靴の型(ラスト)はミズノの製品に準拠している。だが単純にミズノのスニーカーと同じサイズを注文すれば、確実にフィットするというものではない。そこには素材の違いであったり、微妙にラストが違うからだ。4万円もする靴でありながら、試着もできないネット販売で返品不可。さらに言うと、この靴は高級靴では当たり前といえる靴底の張替はできない。

 そこで不躾とは承知で児玉氏に「プレミアムな靴だからこそ、ディーラーでの注文販売が望ましいのではないか」と提案した。たとえ現物がなくても、ディーラーで採寸して注文すれば、サイズのリスクは大幅に減るし安心感が得られる。それに納期半年と言われてもユーザーは待つだろう。ディーラー側からしても、既存の顧客を引き留めるタッチポイントとして、このドライビングシューズは有効なアイテムになるハズだ。

 児玉氏は、もちろんこの事は承知の上で、今回の販売方法を決断したようだ。その上で「今回そのドライビングシューズが、ある程度売れることが次へ繋がるのですが」と前置きしつつも「これまでマツダは車を通じて、お客様に走る歓びを提供してきました。今後はライフスタイル向けアイテムとして、人馬一体を実現する理想のドライビングギアを提供していきたい」と語る。

マツダ/ミズノ ドライビングシューズ 3万9600円(税込)

 今回のドライビングシューズは、いわば今後のビジネスにつなげる試金石といえるだろう。ちなみに目標販売は1000足。3万6000円の靴なので3600万円。両社ともビジネスとしてみれば赤字事業だ。しかし得られた知見はプライスレスで、今後の両社製品に活かされることだろう。ビジネスの面でも、今までミズノは自動車に関するアイテムはなかっただけに「将来的には運転従事者に向けたB2Bのシューズなども作っていきたい」と語る。

マツダ/ミズノ ドライビングシューズ 3万9600円(税込)

 残念ながらサイズの都合で筆者は履くことができず、その素晴らしさをお伝えすることはできない。だが、触れてみると確実にイイモノ感は伝わり、多くの方は極上の人馬一体体験ができるハズだ。再び無責任な発言をさせてもらえれば、1000足は軽く売れると感じた。というのも、おそらくこの靴を買われる方の多くはロードスターオーナーで、過去NA型からND型の国内販売台数は20万台以上。そのうち0.5%のオーナーが購入すれば目標の販売個数は達成するからだ。量販車ではなく、趣味性の高いクルマゆえに、オーナーなら絶対に欲しくなるハズ。

 それに、機能面と日常面を両立させたオトナのドライビングシューズというのは、ありそうでなかったジャンルだ。価格帯的にライバルとなるのは、ネグローニのドライビングシューズになるだろう。ネグローニは実に素晴らしい靴で筆者も何足か所有しているのだが、マツダの方が機能面では優れているし、おそらく長時間の運転で足の疲労に差が出てくるのではないか。筆者はロードスター乗りではないが、このドライビングシューズを見るにつけ、話を聞くにつけ、猛烈に欲しくなった事をここで告白する。車好きなら絶対に履きたくなる靴の誕生だ。

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