DXで重要なのは「自走するチカラ」―SAP S/4 HANAへの移行、さらに共通データ基盤構築へ
レガシー基幹システムをGoogle Cloudに移行したLIXILのアプローチ
Google Cloudは2021年5月13日、住宅設備機器最大手のLIXILにおけるのGoogle Cloudへの基幹システム移行事例を公開した。これまで3基のメインフレームで稼働していたERPシステムを、8カ月間かけてGoogle Cloud上の「SAP S/4HANA」へとリプレースし、2020年11月から本番稼働を開始している。
LIXILはなぜGoogle Cloudを選択したのか、そして今後、この基盤を事業活動にどう活かそうとしているのか。本稿ではメディア向け説明会に登壇したLIXIL 常務役員 Digital部門 システム開発運用統括部 リーダー 兼 コーポレート&共通基盤デジタル推進部 リーダーの岩﨑磨氏の説明をもとに、同社のDXへのアプローチを紹介する。
メインフレームからSAP S/4 HANA on Google Cloudへの大規模移行
2011年に旧トステム、旧INAXなど国内大手の住宅設備機器メーカー5社が合併して誕生したLIXIL。統合後は積極的な海外企業買収も展開し、グローバル企業としての存在感を強めてきた。しかしその一方で、グループ各社間の情報連携はなかなか進まず、とくに旧7社の会計基準が統一されてないことはスピーディな事業展開の大きな障害となっていた。また、各事業を支える基幹システム(SAP ERP)は3基のメインフレーム上で稼働しており、これもまた事業のスピード感との間に大きなズレを生じさせる要因となっていた。
「組織間で情報が連携できていない、とくに会計周りの情報が連携できていないため、莫大な工数とコストをかけて連結情報を取りまとめていた。またメインフレームに関しては、安定的なメリットはあるものの、今後5年10年維持できるのか、アセンブラとCOBOLのままでいいのか、という問題はつねにあった。あらゆる外的環境が変化しているのに、このままの基幹システムでLIXILはグローバルで戦えるのか - これがSAP S/4HANAを中心とした基幹刷新プロジェクトを決断した理由だった」(岩崎氏)
LIXILでは、旧来の基幹システムが抱えていた課題と解決のアプローチを次のように定義したうえで、S/4 HANAを中心とした基幹刷新プロジェクトをスタートすることになる。
・グループとしての会計基準が統一されていない → 会計基準をIFRSに統一
・グループ各社の業績管理尺度が統一されていない → IFRS導入を契機に業績管理尺度を統一
・重厚長大なメインフレームで構築された基幹システム → オープン系のパッケージを可能な限りカスタマイズせずに“軽く”使う
プロジェクトの開始にあたり、最初に議論となったのは「プライベートクラウドかパブリッククラウドか」ということだった。もともとLIXILにおける基幹システム基盤の方針はプライベートクラウドであり、そのまま踏襲するほうが自然な流れだったかもしれない。しかし、プライベートクラウドを選択した場合、次のような課題と本番稼働後も向き合い続けなければならない。
・リソースの柔軟性 … プロジェクトの進行にあわせて環境面数を増減できない、パフォーマンスチューニングが困難
・災害対策 … 最小投資でのHA/DR(高可用性/災害対策)が難しい
・保守運用工数 … 保守管理や契約手続きなどが煩雑
岩崎氏らは「これからはデマンドの変化に柔軟に対応できるインフラでないと拡大(スケールアウト)できない。また、ディザスタリカバリを物理環境に依存するとリソース確保が困難になる。フレキシブルでスケールアウトが容易な、クラウドのメリットを享受できる環境が必要」だと判断し、パブリッククラウド上で複数のSAP S/4HANAを稼働させることを選択している。
それではLIXILはなぜ、基盤となるパブリッククラウドとしてGoogle Cloudを選んだのだろうか。
岩崎氏は「もちろんほかのクラウドベンダも検討し、PoC(検証)も行った」うえで、「IaaSとしての強み」「データ活用技術との連携」「コスト」といった面でGoogle Cloudに優位性があったと語る。中でもとりわけGoogle Cloudがすぐれていた部分が、「ネットワークのフラット性」と「インスタンスサイズ」だったという。
「(比較検討した)各社とも、リソースや処理能力にそれほど大きな差があったわけではない。ただしネットワークについては、あとから設計変更するのは非常に大変なので自由度の高さを重視しており、その結果としてGoogle Cloudを高く評価した。また、メインフレームで動かしていた環境をそのまま載せられるインスタンスサイズも重要だった。当社(のSAPシステム)は商品の点数、マスタの点数が多いことから、どれもハードウェアのメモリが足りず、その中でメモリサイズが最大だったのがGoogle Cloudだった」(岩崎氏)
すべての従業員が“自力自走”でDXを進められるデータ基盤を計画
こうして3つのSAPシステム、30以上のランドスケープ(開発環境、テスト環境、本番環境など)、そして120を超えるSAP関連サーバをGoogle Cloud上に移行した。2020年11月に会計系のインスタンスを本番稼働させ、2021年4月にはすべての移行済みシステムが稼働開始した。
「まだ具体的な導入効果を語れる時期にない」という岩崎氏だが、今後の計画として、移行した基幹システムのデータやDMP(Data Management Platform)のデータなど、社内のあらゆるデータを集約し、それらのデータを使って従業員ひとりひとりがローコード/ノーコードで分析可能な「LIXIL Data Platform(LDP)」の構築を挙げている。
このLDP構築にあたって岩崎氏が重視しているのが「セルフサービス化」だ。LIXILはすでに、Google Cloud上で「BigQuery」をコアにしたDMP(Data Management Platform)を構築/運用してきた実績を持つ。次のLDPでは、そうしたデータ活用基盤をIT担当者だけではなく、全従業員が利用してインサイトを得られるようにすることをゴールにしているという。
「業務サイドである程度、データを叩いて(データ分析を)完結できるようにすることは変革のスピードを挙げていくためにも非常に重要で、そのスピードアップはLIXILの価値を向上させることにつながっていく。われわれは、従業員がみずからインサイトを作り出すという新たなフェーズに入っていく必要がある」(岩崎氏)
自分たちの価値は自分たちで作り出さなくてはならない、だから業務部門のユーザでもデータをたたける基盤を用意する――。メインフレームからSAP S/4HANA on Google Cloudへの大規模移行は、いわばLIXILが“自力自走”していくための最初のステップだったと言える。
岩崎氏は、今回の移行プロジェクトではGoogleのサポートチームに適宜相談をしたものの、ほとんどのフェーズを社内チームで進め、とくに設計に関しては「いっさいサードパーティに頼らなかった」と語る。その理由は「多少のリスクを負ってでも、自分たちでエンタープライズアーキテクチャのコアを理解し、作り込んでいくことを学ばなければ今後の成長は見込めない」であり、DXの担い手であるユーザ企業自身が自力自走する重要性を強調する。クラウドベンダやパートナーは、それをサポートする存在にすぎない。
そして、自力自走するユーザ企業をパートナーが必要に応じてサポートするように、業務ユーザとIT部門の関係性もそうあるのが理想だと言える。
「目先の業務(を処理するシステム)や受発注システムなどは、業務を理解している現場のエキスパートがローコード/ノーコードである程度作れるほうがいい。今までは目先の業務すら、業務部門からIT部門に要望を出していて、それくらい自分でできたほうがいいのではと思うことが多かった。また、たとえば事業部門からプロトタイプが上がってくれば、IT部門はそれを見て初期の段階で認識のギャップを埋めることができ、必要なツールの開発や、リファクタリングを通して全社で使えるシステムに拡張することもできる」(岩崎氏)
* * *
日本ではまだ新型コロナウイルスの感染拡大が終息する気配を見せないが、パンデミックがDXを加速させている側面もあることは間違いない。コロナ禍が終わりに近づくころ、おそらく世の中はこれまでとまったく違うフェーズに入っている。岩崎氏は、そうした変化の到来を「カルチャートランスフォーメーション」と表現した。やがてくる大きなカルチャートランスフォーメーションに備えるために、Google Cloudを採用し、Googleのカルチャー――オープンで透明性の高い、多様性を容認する企業文化も取り入れることを決断したLIXIL。その変化への対応がこれからどう実を結んでいくのか、引き続き注目していきたい。
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