東大IEDP・寺田徹准教授インタビュー

『自分はこう思うけど、なぜだろう?』を解き明かす面白さは格別!

文●石井英男 編集●ASCII

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緑地環境の魅力は「言葉で説明できない」こと!?

寺田 みなさん、自然が多いところへ行くと癒されたり、気分が楽になったりしますよね? それは多分、自然や緑地の人間にとっての本質的な価値だと思うのですが、では「なぜそう感じるのか?」を言葉や数値で説明しようとすると非常に難しいのです。

 良いと感じるならそれでいいんじゃないか、という考え方もありますが、きちんと都市設計のなかで扱うには根拠を示さないといけないですよね。その根拠をきちっとデータで示すことが、自然環境や緑地環境に関わる研究テーマのひとつになります。

 ただ、よくよく考えると、都市や社会が歴史的に変わり続けているのですから、自然との付き合い方や自然の感じ方も変わり続けているはずです。

 そういう意味では、ピュアサイエンスのように「たった1つの正解」があるわけではないのです。人が感じること、人が決めることに関連する分野なので、答えはいくつもあります。みんなが同じ答えを追求しているのではなく、多様な価値を認め合うといった色が強い分野です。

 もちろん、本質的なところにしっかり踏み込んで「なぜ我々にとって緑地や自然環境が大事なのか?」といった哲学的な問いに対して、自分なりに説明できるようにはなりたいのですが、納得できる答えを持つまでには、多分あと20年とか30年かかると思います。

 わからないことが多いというか、感覚的にはわかっているけれども、きちんと言葉にするのに膨大な時間が必要な分野なのです。でもそこを突き詰めていくのが学問として面白いと思いますよ。

―― 「1つの正しい答え」がないということは、高校生や大学生がこれからその分野に入って、先達と同じようなテーマを研究することにも意味がある、つまりどこを耕してもよい分野なのですね。

寺田先生「自然との本質的な関係性は、すべてを数値で説明することはできません。僕が自分なりに納得するような説明を1冊の本にまとめたとして、その説明に納得してくれる人もそうじゃない人もいるでしょう。1人1人の価値観が大きく反映されるので、1つの答えには向かわないのです」

都市の中の公園のあり方も変わってきた

―― とはいえ、価値観が多様化している現在、「わかってくれる人たちだけが集まって暮らせばいい」という考え方もあると思いますが、たとえば柏キャンパスがある柏の葉地区に、寺田先生が正しいと思うデザインを導入しようとしても、住民のなかには価値観が合わない人もいるはずです。そういった難しさをどのように解決していくのかお伺いしたいです。

寺田 基本的に、さまざまな価値観を持っている人それぞれの価値をお互いに認め合う社会が大事だと思います。ですから、異なる価値観を持った人が競合せずに活動できる公共空間がベストでしょう。

 緑地の設計についても「特定の機能に特化せず、いろんな活動を受け入れる設定」が求められると思います。

 たとえば公園の場合、これまでは人口が増えていくなかで、計画的にオープンスペースも設置しなけれならないということで、かなり機能的に作ってきました。子どもを遊ばせるための街区公園(児童公園)から始まり、近隣公園、地区公園、そして総合公園まで、大きさと配置数がきちんと決められていたのです。

 しかしこれだけオープンスペースに対する価値感が多様になってくると、街区公園も地域に合うような形で、使い方なりデザインを変えていくべき段階にあるのです。

 昔は標準設計というものがあり、それに沿って作っていたわけですが、現在その標準設計で作られた公園がリニューアル時期に差し掛かっており、地域のテーマに合った公園に変えていきましょう、という議論が出てきています。日本社会はこれから人口が減って高齢化していきますから、都市が拡大していく時代に正しいと思われていた公園整備のやり方を見直す時期に来ているのです。

―― なるほど。きちんと緑地環境を学んだランドスケープアーキテクトが活躍できる機会は今後増える一方なのですね。

きっと答えは「間」にある!

―― では、寺田先生の最終目標は、言語化が難しい分野ながら自分の中できちんと消化して説明できるようにしたい、というものでしょうか。

寺田 個別のテーマとしてはいろんな研究があって、それらを論文にするという目標もありますが、究極的に、定年退職までに何をしたいかと問われたら……。

 人の暮らしにはさまざまなニーズがあります。でもそのニーズを1つの空間で受け止めなければなりません。なにかバランスをとった解を求めなくちゃいけない。ではどこに重心――答えはあるのか?

 こうした問いに対して、「間(あいだ)」という考え方に強い興味を持っています。これまでは、2つに分けて物事を整理していったほうが機能的でしかも意思決定が早いので、都市設計もそのように効率的に考えられてきました。間を取るって面倒ですよね。合意形成も複雑になりますし、AとBの機能がトレードオフだったらそれこそ大変です。

―― 確かに。

寺田 しかし、物事を単純に分けるだけでは、課題解決に限界があります。ですので、「間」という考え方そのものを研究し、私の分野ですとランドスケープと都市設計の分野に応用していけないかと思っています。

 よく「日本人は間を大事にする」と言われますが、建築においても同様です。日本建築は、襖を外すと部屋の機能が変わりますよね。お茶の間が寝室になったり、食事の間でもあったりと曖昧です。でも今我々が住んでいる建築は「1つの部屋に対して1つの機能」を持つ洋風の建築になっています。じつは、かつての日本建築が持っていた曖昧さ、つまり「間」が文化的に大事なものだったのではと思うのです。

 私が研究している里山も、田舎と都市の人間的な環境と自然環境の「間の環境」です。究極的なテーマとしては、その「間」という概念をうまく使って、都市と農村との共生や、市街地と緑地環境との共生についての理論を構築したいですね。個々の研究としては、農地保全や里山保全の研究も進めたいですが、究極的にはそれを全部積み上げて間の価値を理解したい、というのが目標です。

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