過去の日本のイノベーションに再注目
苦しいのは今だけでないはず……。今から400年ほど前、ロンドンではペストが大流行。その影響でケンブリッジ大学も閉鎖され、学位を取得したアイザック・ニュートンは故郷のウールスソープに避難します。この休暇中、ニュートンは、万有引力、光学、微分積分の基になるアイディアを思いついたと言われています。
現代科学を大きく進歩させた、この「ニュートンの三大業績」。そんな発想の時間が「創造的休暇」と呼ばれるようになったのは、科学者の間ではよく知られた話です。今なら「非常事態だから生まれたイノベーション」とでも言えるでしょうか。
一刻も早い事態の収束を願いつつ、困難な中にも、新たなイノベーションが生まれる……。そんな希望を探しているのは、決して筆者だけではないかもしれません。そこで、今回は過去の日本のイノベーションに再注目。新たなイノベーションへのヒントを発明品と共にピックアップしてみました。
羽のない扇風機(東芝)
筆者はダイソン製品の大ファン。この連載でも、たびたび執筆した通り、同社のクリーナー(掃除機)、ヘアドライヤー、マルチプライヤー(羽のない扇風機)を愛用しています。
今回執筆にあたり、調べてみると、なんと「羽のない扇風機」は40年前(1981年)に考案されていたことが判明しました。
これは、東芝とダイソン、どちらが早くて偉いという話ではありません。筆者としてはどちらの会社も大好きです。なので、このイノベーションをヒントにするなら「古いも新しいも尊重する」だと思っています。
パルスオキシメーター(日本光電)
喘息持ちの筆者の必需品は「パルスオキシメーター」。これは動脈の血液の酸素飽和度(SpO2)を計測するための機器のこと。Apple Watch Series 6にも機能が搭載されたことで有名になりましたが、専用品は指先に挟むだけで計測できます。
現在はLEDの光の透過でSpO2と脈拍数を数秒で計測。しかし、1975年頃に開発された試作機では豆電球が使われ、精度が悪いこともあり開発が中断されます。それが10年後に開発が再スタート。高輝度のLEDと光ダイオードで世界中に普及しました。「部品の進歩で大躍進」、それがこのイノベーションのヒントだと分析しています。
胃カメラ(オリンパス)
1898年、ドイツのランゲとメルチングのアイディアから、胃カメラの製品化に成功したのはオリンパス工学工業(現オリンパス)。数々のハードル、極小のレンズやフィルム開発、フレキシブルで防水構造などの開発をクリアし、現在の普及に至りました。
このイノベーションのヒントは、病気の早期発見をしたい、患者に負担を与えたくないという、開発者たちの「優しさ」や「気配り」だったと筆者は想像しています。
カメラ付き携帯電話(京セラ、シャープ)
今では当たり前になったスマートフォン搭載のカメラ。そのルーツは、1999年にDDIポケット(現ソフトバンク)より発売された機種「ビジュアルホン VP-210」(京セラ)だといわれています。
興味深いのは、爆発的に普及したのはその機種ではなく、2000年に市場投入されたJ-PHONE(現ソフトバンク)になってから。その主な理由は、テレビ電話用に通話者側についていたレンズの場所を背面に変え、画面をファインダーがわりに撮れるようにしたこと。写真をメールで送れるようにしたことも手伝って、風景や集合写真をメール添付するブームを生み出しました。
現代でも使われる「写メ」(当初は「写メール」)という単語もウケて、爆発的なヒットになります。このイノベーションのキモは「向きを変えたら大ヒット」。そう筆者は分析しています。
リチウムイオンバッテリー(ソニー)
リチウムイオンバッテリーの開発話はやや複雑……。まず、オックスフォード大学のジョン・グッドイナフ教授と東京大学の水島公一氏が原理を発見します。続いて、旭化成の吉野彰氏と、白川英樹氏が(リチャージできる)二次電池を試作。一方で独自開発を進めていたソニー西美緒氏が結晶構造を持つ炭素を利用したリチウム二次電池を開発し、ソニーエナジーテックが世界に先駆けて出荷しました。1991年のことです。
ここでは、最初に製品化に至ったソニーを上に表記しました。ご存知の通り、世界を変えたこのイノベーションは、多くの電化製品、工業製品で活用され続けています。このイノベーションのスゴさは「主役ではなく、縁の下の力持ち」に徹したところ。そして、次に紹介するイノベーションも生み出すことになります。
ハイブリッドカー(トヨタ)
ハイブリッドカーといえば、ほとんどの人が「プリウス」を思い浮かべるかもしれません。しかし、トヨタが初めて発売したのはマイクロバスの「コースターハイブリッドEV」(共にトヨタ)。プリウスよりも2ヵ月早く販売開始されました。いずれにしても、ガソリンエンジンをモーターがアシストするというコンセプトでした。
当時のモーターや電池性能のバランスを熟慮し、豊富な技術で調和させる。なんともトヨタらしいイノベーションではありませんか。ヒントには「ノブレス・オブリージュ(財力、権力、社会的地位には義務が伴う)」というフレーズがぴったり。当時のキャッチコピー「21世紀に間に合いました。」にも表れています。
完全電気自動車化が議論されている2021年ですが、このランクインはハイブリッドカーを愛用している、筆者のヒイキ目では、たぶん、ありません(汗)。
カッターナイフ(オルファおよびNT)
ハイテク製品群の最後に、少しアナログなイノベーションを追加したのは、世界中で多くの人が、ずっとお世話になっているから。たとえば、ネット通販で届くパッケージの開封やYouTubeに投稿される創作動画まで、現在でもカッターナイフを目にしない日はないといえるでしょう。なんと考案は1956年です。
一見、外国企業にも思える会社名「オルファ(OLFA)」も日本転写紙(現在のNT)から独立した発明者の岡田良男氏が「折る刃」を元に改名したそう。そんな、ダジャレ感ですら素晴らしい。持ち手(ボディ)を黄色にしたのも「不意に怪我をしないよう」「道具箱で見つけやすい」ため。「実用とユーモア、気配り」という、まさに満点のイノベーションだと思っています。
「古いも新しいも尊重する」「部品の進歩で大躍進」「優しさ」「向きを変えたら大ヒット」「主役ではなく、縁の下力持ち」「ノブレス・オブリージュ」「実用とユーモア、気配り」……。マジックの開発もそうですが、古いイノベーションを参考に新しいイノベーションにつなげる。それは決してマジックだけでないはずです。
厳しい時代ではありますが、事態が落ち着くとともに、現代版、そして日本発の「創造的休暇」が、未来に語られることを心から願っています。筆者はやや「ムダな休息」が多めかもしれませんが……。
前田知洋(まえだ ともひろ)
東京電機大学卒。卒業論文は人工知能(エキスパートシステム)。少人数の観客に対して至近距離で演じる“クロースアップ・マジシャン”の一人者。プライムタイムの特別番組をはじめ、100以上のテレビ番組やTVCMに出演。LVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン)グループ企業から、ブランド・アンバサダーに任命されたほか、歴代の総理大臣をはじめ、各国大使、財界人にマジックを披露。海外での出演も多く、英国チャールズ皇太子もメンバーである The Magic Circle Londonのゴールドスターメンバー。
著書に『知的な距離感』(かんき出版)、『人を動かす秘密のことば』(日本実業出版社)、『芸術を創る脳』(共著、東京大学出版会)、『新入社員に贈る一冊』(共著、日本経団連出版)ほかがある。
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