中の人が語るさくらインターネット 第15回
現在の分散システムから「超個体型データセンター」の理想世界へ、さくらインターネット研究所・菊地氏に聞く
「みんなジョブズにだまされている」? エッジ/フォグの進化が必然である理由
2020年02月19日 08時00分更新
さくらインターネット研究所では、10年後の未来を見据えた研究ビジョンとして「超個体型データセンター(Superorganism Data Center)」のコンセプトを掲げている。各研究員がそれぞれの専門領域からこの世界に向けてアプローチする中で、分散システム(エッジ/フォグコンピューティング)領域の研究を進めるのが上級研究員の菊地俊介氏だ。
さまざまな業界におけるIoT活用や5Gサービス開始の動きもあり、市場ではさまざまなエッジコンピューティングのソリューションが出始めている。しかし菊地氏は、現在実用化されているエッジコンピューティングと超個体型データセンターの世界の間には「まだまだ大きなギャップがある」と指摘する。“理想の世界”を実現するためには、これから何が必要なのだろうか。
エッジとフォグの大きな違いは“タテ構造/ヨコのつながり”
菊地氏は早稲田大学大学院 理工学研究科 電子・情報通信学専攻、富士通研究所を経て、2017年4月にさくらインターネット研究所へ入所した。その研究対象はエッジ/フォグコンピューティングをはじめ、データ流通(情報銀行)、量子(アニーリング)コンピュータ、AR/VR、モビリティなど幅広く、自身でも「ジェネラリスト研究者」だと表現する。
「さくらインターネット研究所にはいろいろなタイプの研究者がいます。わたしの場合は、広く、浅く調べて、面白そうな技術があればすばやく社内にフィードバックする。そういう役割を中心に考えています」
中でもエッジ/フォグコンピューティングは「好きな研究領域」だという。前職の富士通研究所時代、クラウドブームが起きてコンピューティングの形が“集中”に向かったとき、次は必ずその揺り戻しとして“分散”が求められるはずだと考え、分散システムの研究に力を入れるようになった。
ただしそれ以前に、もっと個人的な好みも影響しているという。
「小さな個体がたくさん分散していて、それぞれ自律的に動いているのだけど、同時に連携もしていて全体がうまくまとまっている――もともとそんな世界が好きで、自分でも作ってみたいという憧れがあるんです。たとえば、多数の小型ロボットやドローンが自律ノードとして存在し、個々にではなく全体にひとつ指示を与えるだけで、お互いに協調しながらその指示を実現していくような世界ですね。技術的な興味もありますが、そういう世界が『感覚的に気持ちいい』と表現するほうがふさわしいかもしれません」
そうした世界観に近いのがエッジとフォグ、特にフォグコンピューティングのほうだという。この両者にはさまざまな定義があり、現状では距離がクラウドに近いものをエッジ、デバイスに近いものをフォグと呼ぶケースが多いようだ。だが菊地氏は、両者は明確に異なるコンセプトを持つものと捉えている。
「あくまでもわたしの勝手な定義ですが」と前置きしつつ、菊地氏はエッジとフォグの考え方の違いについて、ノードの「粒度」と「つながり方」という2点を挙げた。
「まず、エッジよりも粒度が細かいのがフォグです。具体的に言えば、エッジはサーバー、フォグはデバイスやセンサーのかたまり(一群)がひとつの単位というイメージですね。そして、エッジの世界は『クラウド-エッジ-デバイス』という“タテ方向”だけのつながりが前提ですが、フォグのほうは、デバイスやセンサーのかたまりの中で“ヨコ方向”にもつながります」
両者の違いをこのように定義すると、分散環境全体を効率よくコントロールする仕組みにも違いが生まれてくる。タテ方向にしかつながらないエッジは中央集権的な制御しかできないが、ヨコ方向にもつながるフォグならば、デバイスどうしがお互いに協調し合う自律的な制御も可能になるはずだ。
世界にコンピューティングリソースが「溶け込んでいく」道のり
こうした世界観は、さくらインターネット研究所が掲げる超個体型データセンターのビジョンとも親和性が高い。同ビジョンが前提とするのは、現実世界のあらゆる場所/モノにコンピューティングリソースが分散して「溶け込んでいる」世界であり、分散するリソース群が相互につながり合い、協調し合って自律的に動作する。膨大な数のリソースを集中管理することは不可能だからだ。
「『グリッドコンピューティング』『ユビキタスコンピューティング』『アンビエントコンピューティング』など、分散コンピューティングの理想像は昔から繰り返し語られてきました。しかし、残念ながら現実の世界にはほとんど適用されていません。わたしはそこにまだ夢を見ていて、現実のものにしていくべきだと考えています」
菊地氏は、エッジ/フォグコンピューティングの進化は、そうした理想の世界に至るまでの「道筋」としてあると表現する。
「エッジやフォグが社会の中へ徐々に広がっていき、その道筋の行き着く先に理想とする超個体の世界があると考えています。現在は、そうしたリソースが世界に溶け込んでいくためのインフラを作っている感じです」
もちろん、理想と現実との間にはまだまだ大きなギャップもあるという。エッジコンピューティングはさまざまな業界で実用化が始まっているが、そのアーキテクチャを見るとやはり「クラウド-エッジ-デバイス」という“タテ構造”が基本となっている。フォグのような“ヨコのつながり”は、これからの検討課題と言えるだろう。
「“理想の世界”に至るまでに、実現しなければならないことはまだまだ多いですね」
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