まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第65回
1週間で15カット上げる人材を育てるために必要なこと
ついにアニメスタジオでも働き方改革が始まった!~P.A.WORKS堀川社長に聞く〈前編〉
2019年12月26日 12時00分更新
若手が育たないのは
リテイクを出す余裕すらないから
―― その「場」をP.A.WORKSさんでは何と呼んでいるんですか?
堀川 今は「ムービーの批評会」と呼んでいます。ただ、まだ「今後こんなことをやるよ」と発表した段階です。年明けから編集が始まる作品から導入します。その前に、批評会では中心的役割を担う作画監督がムービーを見て、カット内容をどんな作画の視点で語れば若手の技術的好奇心や探究心を刺激するかを意識しておく必要があります。各チームの作監全員を集めて、クリエイション部の部長がそれをレクチャーするところからです。
―― ハリウッドのCGスタジオはその批評会がルーティーンになっていると聞きます。CGは作り直しが比較的容易なので、「ここはもっとこうしたほうがいいよ」という話を次の改善につなげるという前提で毎日やるとか。ただ、手描きのアニメでは、批評会自体はすごく価値があるのですが、絵としては出来上がっているので、それに対して手を加えることは基本的にはできません。
堀川 そうですね。たとえば、しっかりしたスケジュールのもと、「自分はこのカットを最後まで責任を持ってやりました」と言えるものに関しては、技術的に弱いポイントを批評されて次回から注意しようと言われても、「わかりました、その通りですね」と言えます。
でも今は、原画マンがあまりの人材不足で、1カットの原画を分業する「二原システム」が増えています。レイアウトとして上げるのではなく、最初から動きのタイミングをつけたラフ原までしか担当しないものは、二原に渡される前にどんな演出指示が加えられたのか、どんな作監修正が入れられたのかを見る機会がありません。
だから、「自分が最終フィニッシュまで責任を持てていないものに対して批評されてもなぁ」みたいなモヤモヤしたものが残ってしまいます。また、自分のところにリテイクが戻ってこないこともありますし、そもそも戻す時間がありません。
若手を育てるには、できていないところは本人に戻して勉強させることが必要なんですよね。「この人に戻してもしょうがない/時間がないので、作監で直してください」というような進め方が常態化すると、作画監督の負荷ばかりが増えてしまいます。
「ここができていないから、こういう意図で直しなさい」というマンツーマンのシステム/やり取りを可能にするためには、演出や作画監督とアニメーターが同じフロアにいて気軽にやり取りできる環境が望ましいです。とはいえ、その場を作るにしても、1本の作品に原画マンが40人参加しますとなると、そんな広い場所を1作品のために用意するのはなかなか難しいと思います。
―― 東映アニメーションさんの新しい大泉スタジオはそういったコミュニケーションをかなり重視されていて、制作のチームが完成した映像を見られるコーナーが設けられています。また、オフィスをあえて人の交流が生まれるレイアウトに変えるというのも最近のトレンドですよね。ひるがえって、アニメのスタジオはどちらかというと「作業に集中できる一人空間がセクションごとに区切られている」と思います。P.A.WORKSさんのスタジオで工夫されていることはありますか?
堀川 うちは『なつぞら』みたいな机の並びですね。1フロアで、部屋が区切られているでもなく、机の高いところに何か置くでもなく、みんなが見える。『なつぞら』はたぶんドラマ上の都合で作画ブースは少人数のユニットでしたけど、参考になっている昔の東映動画はもっとアニメーターがひしめき合っていたと思います。うちのスタジオは80人くらいまでは1フロアに机を並べられるかなあ。
―― 『SHIROBAKO』ネタになりますが、気分転換で散歩したくなっても富山の本社スタジオならすぐにできますよね(笑)
堀川 隣の建物に行けば温泉に入れるし、気分転換の場所はいくらでもあります(笑)
―― 働く環境としては東京よりもずっと優れていると思います。
堀川 それは田舎が好みかどうかにもよりますね。僕は、ストレスを溜めずにリラックスして、外を見れば緑がいっぱいだしいいなと思うけれど、「夜が静かすぎて怖い」という都会育ちの人もいるので、人それぞれです。若者文化の最先端に常に触れていたいという人にはたぶんここは向かなくて、のんびりした環境で腰を落ち着けてクリエイティブな仕事がしたいという人が残ってくれればいいかな。
―― それが企画の作風にも反映されていくという。
堀川 そういうことだと思います。(12月27日(金)公開の後編に続く)

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