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デロイト トーマツ グループ 里崎慎氏インタビュー前編

スポーツのスポンサー活動は付加価値で利益を拡大できる

2019年08月09日 11時00分更新

文● 松下典子 編集● ガチ鈴木 /ASCII編集部 写真● 曽根田元

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スポンサーシップは「露出中心型」から「課題解決中心型」へ

 今までのスポンサーシップは、「ロス五輪モデル」と呼ばれる露出中心型だった。多くの人に会社や商品を知ってもらうには、どれくらい露出するかが重要だ。世界中の人々が注目するオリンピックのスポンサーとしてテレビ等に独占的に露出することは、非常に宣伝効果が高かった。

 しかし近年は、ストリーミングやSNSなど視聴スタイルが多様化し、テレビを見る人の数が減ったことで、いくらテレビCMを打っても認知度向上への波及効果は減少傾向になってきている。そもそも、オリンピックにスポンサードしている大企業は、誰もが知る有名企業ばかりで、いまさら宣伝する必要は本来ないのだ。

 広告宣伝の効果が限定的であるにも関わらず、何十億もの広告費をかけていると、株主から指摘を受けることもある。こうしたことから、最近は、スポーツに対してのスポンサードを敬遠する企業が出てきている。

 「このままでは、スポーツビジネスのマーケットを大きくする、という我々の目標とは逆行してしまうリスクがある。従来の広告宣伝のモデルではなく、スポンサーとしての権利をどのように本業のビジネスに活用していくか、という発想をコンテンツホルダーとスポンサーの両方に持ってもらうことが重要です」

 もちろん、今でも広告宣伝の効果はあるので、経営課題として認知度の向上を抱えているベンチャー企業等であれば、スポンサーシップの露出型の部分に投資することは有効だ。

 一方で、すでに十分な認知度のある大企業であれば、マスへ向けた広告宣伝よりも、優秀な人材確保のための企業ブランディングや、新商材を売るためのマーケティングツールとして活用するなど、各企業が抱えている課題を解決するために、スポーツというコンテンツをうまく使うことが求められる。

 「スポンサー料は、いわば手付金。製造業に例えるなら、この手付金で材料を買い、その材料を加工して製品をつくり、付加価値を付けて売ることで初めて大きな利益が出る。この基本的な発想がこれまでの日本のスポーツスポンサーシップでは抜け落ちてしまっている。スポンサーの権利を買っただけでは本来、大きな利益を産み出すことは難しいのが実態です」

 手に入れたスポンサー権を追加加工して、商材や経営の課題を解決するために最大限活用すれば、より大きなリターンが得られる。世界では、こうした考え方にスポンサーシップはシフトしてきているが、残念ながら日本では、そのことに気付いていない企業のほうが圧倒的に多い。

 その結果、日本は欧米のスポーツビジネスに比べて、大きく後れをとっている。象徴的なのがJリーグとイングランドのプレミアリーグとのビジネス成長の差だ。

 「Jリーグが始まったのは1993年。イングランドのプレミアリーグが新しく生まれ変わった1992年と、ほぼ同じ時期です。その当時のリーグ全体の事業規模を比べると、プレミアリーグがJリーグの2倍程度。Jリーグは10チーム、プレミアリーグは22チームだったことを踏まえると、1チームあたりの平均事業規模はほとんど変わらない水準でした。しかし、現在のクラブあたりの売上高は、7~8倍にまで差が広がっています」

 これは、25年間で日本のJリーグでビジネス化がほとんど進まなかったのに対して、プレミアリーグは、スポーツのビジネスとしての価値の拡大を追求してきた結果だ。

 これまで日本のスポーツは、競技力を強くすることに注力して、ビジネス面はあまり注目されてこなかったが、この状況も4年ほど前から変わりつつある。

 「2014年に村井満氏がJリーグのチェアマンに就任したことが大きい。Jリーグのチェアマンで純粋なビジネス界出身のチェアマンは村井氏が初めて。ここからJリーグのビジネスシフトが急激に始まりました」

 村井氏の就任後は、Jリーグのグループ組織を再編し、DAZNとの10年間放映権契約を結ぶなど、ビジネス化に向けた仕組みを実装してきている。

 「UKのGDPは日本の半分しかない。にもかかわらず、7~8倍のビジネスをしている。そう考えると、日本のスポーツビジネスは、もっと伸びしろがあるはずです」

 もちろん、日本は娯楽の選択肢が多く、必ずしもスポーツに消費が集まるとは限らないため単純比較するのは乱暴だ。だが、これまでほぼ無策であったところに、ビジネスへの取り組みを推進すれば、大きく成長する余地は十分にある。

 では、今後スポーツビジネスを成長させるために、スポーツのクラブや団体は、どのような取り組みをすればいいのか。スポンサー企業は、どのようなリターンが得られるのか。後編では、その具体策についてお届けする。

<プロフィール>

里崎 慎氏
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(DTFA) 公認会計士 スポーツビジネスグループ/シニアヴァイスプレジデント

 2009年に有限責任監査法人トーマツよりDTFAに転籍し、主に非営利法人の運営アドバイザリー業務に従事。2015年4月より立ち上がったデロイト トーマツ内のスポーツビジネスグループの設立発起人。一般社団法人日本野球機構(NPB)の業務改革支援や、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の組織再編支援業務にプロジェクトマネージャーとして関与。公益財団法人日本サッカー協会(JFA)のガバナンス・コンプライアンス体制検討支援業務にも関与。

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