高橋幸治のデジタルカルチャー斜め読み 第14回
過去に影響を受けていない作品などこの世にあるのだろうか?
五輪エンブレムに見る、世に出る作品はオリジナルという誤解
2016年03月02日 09時00分更新
あらゆる創造行為は誰かの作品をかならず下敷きにしている
にもかかわらず、昨年の「パクり騒動」ではそうした創造行為にまつわる根源的な問題がばっさりと捨象され、あまりにも素朴な“オリジナルの神話”が押し留めようのないほどの勢いで横行していたように感じる(繰り返すが、筆者は決して「あれはOK」と言いたいわけではない)。
私たちは“見てしまったもの”や“聞いてしまったもの”を記憶から消去することはできない。ましてや四六時中インターネット経由での情報を浴び続けている21世紀の私たちは、自分のアイデアが、いつどこで取り入れた情報に触発されたものなのか、意識も判別も検証もできないのだ。
もっと言ってしまえば、「クリエイティブ・コモンズ」の提唱者であるアメリカの法学者ローレンス・レッシグがその著書「コモンズ」の中で、法律による著作権などの完全なコントロールが望ましくない理由として「創造行為が常に別のものを下敷きにしているからだ」と述べているように、過去の他人の創作から完璧に切り離された創造行為などあり得ない。
例えばロシア構成主義のデザイナーであるアレクサンドル・ロトチェンコのあの有名なポスターのイメージはどれほど多くの場所で、どれほど多くの作家によって借用されたことだろう。
先頃新作が公開された「スター・ウォーズ」シリーズにしても、劇中に登場するロボット「R2-D2」と「C-3PO」は、ジョージ・ルーカスが敬愛する黒澤明の「隠し砦の三悪人」(1958年)の珍妙な凸凹コンビである又七=藤原鎌足と太平=千秋実がモデルとなっている。1990年代の渋谷系と呼ばれた音楽群が1960年代~1970年代にかけてのアメリカのソフトロックやイタリアの映画音楽をかなり露骨に借用していたのは周知の事実だろう。
“見たつもりのない情報”、“聞いたつもりのない情報”の蓄積
ことほどさように“唯一無二のオリジナリティー”というものはかなり疑わしい概念であり、“オリジナル神話”の称揚と礼賛は多くの場合、文化創造のしなやかさ、のびやかさを奪う圧力になりかねない。
かと言って、表現者の側がそうした状況に居直るのもいかがなものかとは思うが、私たち自身が語る言葉自体もはたしていかほどのオリジナリティーがあるのか……ということは自覚しておいたほうがいいだろう。
“見たつもりのない情報”、“聞いたつもりのない情報”を知らず知らずのうちに自分の中に蓄積してしまう私たちは、いま、はっきりと“これは自分の考えたことである”と断言することが困難な時代に生きている。
アンディ・ウォーホールが他界した1987年は、アメリカですらまだインターネットの商用化は始まっていない(アメリカで商用化がスタートするのは1988年)。ウォーホールがマスメディア以降の情報世界をどれだけ見通していたかはわからないが、「将来は誰でも15分間だけ有名人になれるだろう」という言葉は、まさにいまの私たちのメディア環境を予見していたような気がしてならない。
匿名/実名入り混じった無数の言葉だけでなく、静止画、動画などのあらゆる視覚イメージが乱反射するインターネットの世界の中で、私たちは自己と他者をじわじわと融合させながら、オリジナルとも模倣ともつかないメッセージを日々発信し続けている。
著者紹介――高橋 幸治(たかはし こうじ)
編集者。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年まで「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに編集長/クリエイティブディレクター/メディアプロデューサーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。「エディターシップの可能性」を探求するミーティングメディア「Editors’ Lounge」主宰。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部にて非常勤講師もつとめる。
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