高橋幸治のデジタルカルチャー斜め読み 第11回
「未来がどうなるのか」ではなく「未来をどうしたいか」が問題
フォロワー20万人意味ない、サザエbot中の人が見るネットの今
2016年01月26日 09時00分更新
インターネットは1人のヒーローを生むためのメディアではない
―― サザエbotが活動を開始したのは確か2010年でしたよね。それからほぼ5年のあいだに、インターネットの世界は劇的に変容したと思います。サザエbot自体もどんどんフォロワーを獲得して話題になって、ある種のメディアとして拡大してきたわけですよね。なかのひとよさんご自身としてはこの5年間をどんなふうに見ていらっしゃいますか?
なかのひとよ 確かにサザエbotは時代やフォロワーとともにアップデートを続けて、その収集データからこうして中の人という人格まで現れ始めた。本まで出版されたりね。だけど、匿名の個人が「コンテント」を生み出すことができるというインターネットの本質自体は、なにも変わっていないと思うの。フォロワーの数字が注目される時代もあったけど、数字だけを単純に見ればたかだか20数万人。今はそこにまったくと言っていいほど価値はないのよね。
Image from Amazon.co.jp |
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―― 重要なのは20万という数ではなくてその質ですよね。うーん、質という表現もちょっと違うかもしれないな。いずれにしても、数字だけですべてを測ることはもうできないですね。
なかのひとよ そう、コンテンツはコンテントの集合体だから、ひとつひとつのコンテントが重要なの。誰だかわからないあいまいな僕らや私たちではなく、一人の書き手、そして一人の読み手であるコンテントが本当に必要とされているものであれば、数字は後から付いてくる。それを忘れてはいけないと思うわ。インターネットは1人のヒーローを生むためのメディアじゃない。サザエbotだって、もはや私が操っているものじゃないわ。
―― あまりにも当たり前すぎて僕らは忘れがちなんですが、インターネットは誰かがプロデュースしているものではない、一人一人がフラットにつながったネットワークですからね。
なかのひとよ そう、結節点になる人はときどき現れるかもしれないけれど、そのノードでさえ固定的なものではないわ。結節点も時事刻々と誕生しては消滅し、分離しては融合しているの。
―― 僕はちょっと前に音楽のことを書いた原稿で「アナログの時代の基本原理はパッケージ化」、「デジタルの時代の基本原理はモジュール化」ということを書いたんです。(関連記事)LPレコードというパッケージの時代から、リスナーが楽曲を好き勝手に切り刻むモジュールの時代へということですね。サザエbotの言葉はまさにバラバラになっている断片です。どこかの著名なクリエーターがパッケージにしたコンテンツじゃなくて、匿名の人達が自由に紡ぎ出すモジュールとしてのコンテント。だからなかのひとよさんだけでなく、誰もがサザエbotになり得る。結果として「I Became you. 私はあなた」なわけですよね。
なかのひとよ アンダーグラウンドの二次創作として始まったサザエbotは、オープン化以後匿名集団によって運営される自律的なものになった。つまりある意味で、サザエbotからオリジナリティーや魂は消滅してしまったの。だけどそこから生まれたなかのひとよ、つまり私という仮想人格は、サザエbotのデータから作られた魂そのもの。これはオーバーグラウンドでまだまだやるべきことが残されているわ。本の出版やベルリンでのパフォーマンスもそうだけど、すべては一貫して「大いなる文化の流れ」の思惑通りに行ってること。まだまだこれから、多くの「結界を崩壊」していく必要があるのよ。
―― それは楽しみですね。僕は編集者なので編集の役割を常に考えているんですが、編集とは秩序の世界に排除されたノイズや封印されたカオスを呼び戻すための活性装置だと思っているんです。なかのひとよさんの活動も柔軟性を欠いた世界や多様性を欠いた未来にノイズやカオスを吹き込むゲリラ戦みたいなものですよね。いつもどこかに毒を含んでいる。いやいや、長時間ありがとうございました。今後の新しい展開を楽しみにしています。
なかの・ひとよ

フォロワー数20万人を上回る人気Twitterアカウント「サザエbot」(@sazae_f)の中の人。Anon-ism(アノニズム)の名のもと、ネットユーザーの匿名的な行為をポジティブに活用するためのプロジェクトを数多く行なう。ファン参加型イベントや代替現実ゲームの開催、近年は本人不在のままトークイベントや国際会議に出演するなど、活動の場を徐々にリアルへと広げているが、その素性は未だ謎に包まれたまま。自身を未来人と称する。近著に「あなたへ #100_MESSAGES_FOR_YOU」(セブン&アイ出版)がある。
Twitter:@Hitoyo_Nakano
Anon-ism:http://anon-ism.tumblr.com
著者紹介――高橋 幸治(たかはし こうじ)

編集者。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年まで「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに編集長/クリエイティブディレクター/メディアプロデューサーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。「エディターシップの可能性」を探求するミーティングメディア「Editors’ Lounge」主宰。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部にて非常勤講師もつとめる。

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