夏冬のコミックマーケット、ボカロ音楽を専門に扱う「THE VOC@LOiD M@STER」、つい先日の10月26日に開催された「M3」など、昨今では音楽クリエイターがCDを手売りできるイベントが定期的に開催されている。そんな流れの中で11月28〜30日、今度はインターネット上を会場にした音楽即売会の「APOLLO」という新しい試みが実施される。
イラスト投稿サイトの雄「pixiv」と、コミケやM3などのイベントごとに全参加サークルの試聴動画をまとめてきたサイト「同人音楽超まとめ」がコラボ。pixivのネットショップ作成サービス「BOOTH」を利用し、さまざまなバーチャルブースを巡って視聴しながら好みの曲を探して、CDやデジタルデータを買えるという内容になる。
どういった経緯で、このサービスの企画が始まったのか? オンラインでの同人イベントに勝機はあるのか? 同人音楽超まとめのAnitaSun氏、ピクシブ代表の片桐孝憲氏、ピクシブでBOOTHを担当した清水智雄氏、ウェブページを制作したCINRAの司馬ゆいかさんの4人を取材した。
新しい音楽に触れられる「俺ッジヴァンガード」
── APOLLOは、そもそもどういう経緯で始まったんでしょうか?
片桐 きっかけはネットメディアの「KAI-YOU」でやった、「同人のこれから」という座談会ですね。ライトノベル作家の八田モンキーさんが書き手で、AnitaSunさん、pixivで有名なイラストレーターの虎硬さん、BOOTHの開発マネージャーである清水といったメンバーで語り合ったんです。そこでのAnitaSunさんの話が面白すぎて(笑)。
── その座談会の収録はいつぐらい?
片桐 今年4月頃かな。それがあって、音楽を扱うウェブサービスで成功例ってあまりないなと思い直したんです。よく「音楽版ピクシブみたいのがほしい」と言われたり、僕らが何か提案できないかなと考えても、どうしたらいいかわからない。
清水 決め手がない。
片桐 アイデアがあっても、どんな形にすればいいのかわからないっていう話をしてた。で、座談会の中でAnitaSunさんが「俺ッジヴァンガード」構想を語ってたり。
── 俺ッジ!? 「ヴィレッジヴァンガード」ではなく(笑)
AnitaSun CDショップって、棚を見た瞬間にCDが数百個目に入って「ジャケ買い」できますが、ウェブのAmazonとかでは難しい。じゃあって、単純にAmazonのアフィリエイトで提供されているジャケットをウェブページにずらっと並べてみたら、結構買いたい気持ちになるのがわかったんです。そのジャケットにマウスカーソルを合わせるとポップがでてきて、オススメの一言が入ってる。まさにヴィレッジヴァンガード。
片桐 面白いから、そういうのできないかなみたいな話になった。そもそも同人音楽の即売会イベントが盛り上がってるんで、それのウェブ版みたいなのをつくってみようって。AnitaSunさんはアイデアもあるし、同人音楽も詳しいからちょっと手伝ってくれということでプロジェクトを始めたんです。そこから「ウェブ制作を頼んでよかった」と聞いたCINRAさんを思い出して、知り合いだった司馬さんに5月頃メッセージ送ってプロジェクトが始まったみたいな。
── APOLLOはその俺ッジヴァンガードのパワーアップ版という?
清水 いや、AnitaSunさんがやってる同人音楽超まとめの拡張ですね。見た目は、俺ッジヴァンガードのようにジャケットを並べるのにこだわりましたが。
AnitaSun 同人音楽超まとめのように15秒に一回ずつ次の作品に切り替わって、各サークルの楽曲を試聴できるんです。例えば3分間回ってると、12曲聴ける。昔からずっと思ってるんですが、お菓子やドリンクの新製品って、メディアやCMじゃなくて店頭で知ることも多いじゃないですか。一方、CDはみんなショップに行かないし、勝手に耳に入ってくるオリコンチャートみたいのもテレビでそんなに見なくなった。
── 確かに。
AnitaSun だから黙っていてもどんどん次の音楽が聞ける状況がつくってみたかった。同人音楽超まとめのアイデアは以前からあったんですが、作り始めたのが実質今年の1月末ぐらいからです。そこからすごいスピードで話が進んで、APOLLOまで来てしまった。
── 同人音楽超まとめって、人力でリンクを引っ張ってきてるようなので手間がかかってそうですが。
AnitaSun 全部手動なので大変なのですよ。イベントの公式サイトなどから得られるデータはある程度拾っていたりはするんですけど、それってサークル名とブース番号と、オフィシャルサイト、概要ぐらいですから。ほかは全部こっちで引っ張ってきます。
── それを一人で?
AnitaSun 自分自身のほか、同人音楽が大好きな方にバイトでお願いしてます。だから出費がすごいんですよ……。
── バイト!
AnitaSun そもそもお金が儲からなくてもやるものじゃないですか、同人って。
── 「俺のCDを全部聴け!」とかなら分かるんですけど、ほかの人のアルバムも網羅したカタログですからね。
AnitaSun あー。それはいつかやりたいですよ。トップページに一応書いてるんですが、自分のCDを出す時ぐらいは一番いい位置におかせてくださいねって、すごくいやらしく書いてるんですよ。それをやっていけば、黒字になってくれるかなぁ。
── 同人音楽超まとめの反響はどんな感じだったんでしょうか。
AnitaSun 相当よかったです。ここまで試聴できるものはないですが、以前は同人音楽の情報サイトがいっぱい存在していた。でもジャンルが大きくなったら更新が追いつかなって、みんな辞めちゃうんです。東方Projectなら今でも「制作のしおり」っていう大きなサイトがありますが、以前はそこに新譜情報を出すかどうかで頒布枚数が確実に変わりました。ニコニコ動画が出る直前ぐらいまでですね。
── ニコ動が出たら、動画共有サービスでのアピールで結構売れ行きとか知名度が変わるようになったとか?
AnitaSun 100万再生の曲を持ってるボカロPさんでも、新譜のクロスフェードとかって1000再生ですから、それはちょっと違います。新譜情報をまとめて出せる場所は、Twitterやニコ動にアテンションを吸われたりとかで7年間ぐらいなくて、久々に登場みたいな感じではあります。
── 7年間、同じようなサービスってなんで出てこなかったんでしょうか。
AnitaSun きっといっぱいあったんでしょうけど、網羅しようってところはなかったですね。
── そこは、マンパワーで。
AnitaSun やっぱ、マネーをスプラッシュしないと始まんないんです(笑)。シーンのパトロンになるかどうかですよね。音楽業界自体も結構やばくて、少し前までは「アイドル、ボカロ、韓流どれかで行く?」みたいな時代だっけど、今はまた混迷してきた。そんな中、同人音楽がまだ手をつけやすいじゃないですか。でも同人音楽専門の雑誌メディアはないわけですよ。
── 権利的に難しいから、普通の出版社は手を出せないですよね。
AnitaSun そうです。私も仕事を辞めたタイミングで始めましたし。
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