同人小説で食べていくことはできるのか?
「1000円×1000部×5冊が目標」
―― 小説の場合、コミック以上に表紙の絵がかなり売上を左右することになりそうですね。
野田 「そうですね。もちろん中身も頑張っていますが、文字の羅列にはなってしまいますので、第一印象はとても大事なのは否定できません。
絵師さんによる素敵な表紙で手にとってもらい、中身を読んだ結果、野田文七の作品を気に入ってもらって、次は作者、サークル名でも指名買いしてもらえると良いな、と思っています」
―― ぶっちゃけた話、表紙も含めてコストはどのくらい掛かっているのでしょうか?
野田 「表紙の発注は3万円~5万円でお願いしていることが多いです。『明治十七年のメトロポリス』の場合、カバーも含めた印刷製本費は約30万円掛かっています。刷り部数が500部と商業出版に比べると少ないので、どうしても割高になってしまいますね。
刷り部数が350部で、カバーがない『永夜彷徨』だと印刷製本費は約10万円に押さえられています。カバーの有無や刷り部数、ページ数によってもコストの金額は変わってきますが、一応自分で損益分岐点は設定して、イベント後の委託販売も含めて見積もりをしていますね。
絵師さんや読者との出会いの場として、やはり例大祭などのイベントへの参加は大切なので、熊本から遠征するようにしています。
東京への場合だとできるだけ安い飛行機と宿を組み合わせて、2泊往復4~5万円くらいで収めるようにしていますね。九州圏内ならもっと安く済むのですが。これらもあらかじめ原価に組み込んであります」
―― とはいえ、やはり委託販売の占める割合は大きいですか?
野田 「そうですね、多くの同人作家さんがそうだと思いますが、正直それがないと厳しいと思います。僕の場合、イベント販売と委託販売の比率は作品によって異なりますが、おおよそ半々ですね。ここまでお話しした部数もすべて委託販売分を含めたものです」
―― 同人小説というセルフパブリッシングで生活していくことができるのか、というのが大きなテーマであるわけですが、実際のところどうでしょう?
野田 「そうですね、会社を辞めたのが半年前なので、まだ模索しているところです。現在のところ実家暮らしをさせてもらいながら、7年間の会社勤めでの貯金をやりくりして頑張っているのが実情です。
いま、お話ししたようなコスト計算を、両親に見せて『小説で食べていきたいので、もうしばらく家においてくれ』って説得しましたね。霞を喰っているわけじゃなくて、実際こうやってお金は稼いでいるので、これが増えるように頑張っているんだって(笑)」
―― 部数としてはどのくらい出れば、OKなんでしょうか?
野田 「ずばり1000部ですね。単価が1000円としたら100万円です。それで年に今のペースで4~5作品出せれば……」
―― 暮らしていける、と。電子書籍でも1000部というのが損益分岐点になるという声は多いですね。それを同人の世界で紙の本で実現することが当面の目標、ということになりますね。
野田 「そうですね。以前参加した壁サークルの合同誌では1冊1000円で2500部出たこともあるので、その半分を自分の名前で実現できれば、というところです。そのためにはやはり今までのような取り組みを越えて、もっと知ってもらうということが大切だなと考えています」
―― それは、創想話やイベント販売という活動を越えてということですか?
野田 「そうですね、そういったサイトの獲得ポイントやランキングは、ある程度常連というか固定されてしまっているので、一定以上なかなか上位に行くことが難しいと感じています。最初にイベントでの販売を考えたのも、その限界を感じたのがきっかけでした。
もちろん自分自身のTwitterで告知をしたりもしますが、フォロワーが1000前後というなかではいくら繰り返し告知をしても限界があります。
pixivやニコニコ動画で作品のイラストや動画を上げてもらったり、コミカライズをやっていただける方がいたり、という小説を越えたところで作品を取り上げてもらうことが作品を知ってもらう機会を増やすことにつながっています。そういう動きが大きくなっていくと良いなと。
あとは、こういった形の記事などで取り上げていただけると、これはとても嬉しいですね(笑)。まずは5月の例大祭で、また新刊を出しますので、是非手にとって見ていただければと」
◆
電子書籍の動向をこれまでも追ってきた本連載だが、今回は趣向を変えて紙の本、それも同人誌で“食べていく”ことを目指す個人を取り上げてみた。電子で盛り上がりを見せるセルフパブリッシングだが、基本は手作り感あるいは、著者との距離間の近さにあり、突き詰めると紙、そして対面販売というところに成功のヒントがあるのかもしれない。
著者紹介:まつもとあつし
ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。デジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆などを行なっている。DCM修士。
主な著書に、コグレマサト氏との共著『LINE なぜ若者たちは無料通話&メールに飛びついたのか?』『LINEビジネス成功術-LINE@で売上150%アップ!』(マイナビ)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など。
Twitterアカウントは@a_matsumoto
この連載の記事
-
第102回
ビジネス
70歳以上の伝説級アニメーターが集結! かつての『ドラえもん』チーム中心に木上益治さんの遺作をアニメ化 -
第101回
ビジネス
アニメーター木上益治さんの遺作絵本が35年の時を経てアニメになるまで -
第100回
ビジネス
『THE FIRST SLAM DUNK』で契約トラブルは一切なし! アニメスタジオはリーガルテック導入で契約を武器にする -
第99回
ビジネス
『THE FIRST SLAM DUNK』を手掛けたダンデライオン代表が語る「契約データベース」をアニメスタジオで導入した理由 -
第98回
ビジネス
生成AIはいずれ創造性を獲得する。そのときクリエイターに価値はある? -
第97回
ビジネス
生成AIへの違和感と私たちはどう向き合うべき? AI倫理の基本書の訳者はこう考える -
第96回
ビジネス
AIとWeb3が日本の音楽業界を次世代に進化させる -
第95回
ビジネス
なぜ日本の音楽業界は(海外のように)ストリーミングでV字回復しないのか? -
第94回
ビジネス
縦読みマンガにはノベルゲーム的な楽しさがある――ジャンプTOON 浅田統括編集長に聞いた -
第93回
ビジネス
縦読みマンガにジャンプが見いだした勝機――ジャンプTOON 浅田統括編集長が語る -
第92回
ビジネス
深刻なアニメの原画マン不足「100人に声をかけて1人確保がやっと」 - この連載の一覧へ