資本主義の企業から個人主義のビジネスへ
21世紀の資本主義では、固定費はもう参入障壁ではない。たとえば出版社は在庫をもって返品を管理しなければならず、その固定費の負担によって経営破綻が相次いでいる。しかし電子出版には在庫も返品もないので、社屋すら不可欠ではない。かつて電子商取引サイトを設立しようと思ったら、サーバーなどの設備に少なくとも1億円近い資本が必要だったが、今はGoogle Appsを使えば、1人年間6000円で、ほぼ容量無限大のサーバーが使える。
つまり資本主義の発祥以来つづいてきた資本蓄積が拡大する傾向が、クラウドによってインフラが水平分業され、逆転し始めたのである。これはかつて工場に併設されていた発電設備が電力会社によって分離されたのと同じ変化である。広い意味での情報産業では、設備はグーグルなどのインフラ企業に分離され、世界で数社に集約されるだろう。他方、コンテンツやサービスは小規模なベンチャー企業が中心になろう。
大企業に成長する(あるいは就職する)ことが成功の証明だった時代も終わるだろう。たとえば大企業の代表である日立製作所の今年3月期の売上高は約10兆円だが、営業利益は1350億円の見通しで、32万人の社員の一人当たり利益はわずか40万円あまりだ。日立には優秀なエンジニアがたくさんいるのに、それが古い企業に閉じ込められて生かされていない。彼らが起業すれば、個々の企業は小さくても、それよりはるかに大きな利益を上げることができよう。
かつては起業には大きな資本が必要で、失敗すると大きな借金を負ったが、クラウドによって固定費がほとんどなくなれば、コストは人件費だけだ。それも契約ベースで必要なときだけ使えばよいので失敗してもリスクは低い。しかし在来メディアが、こうしたビジネスに参入することはむずかしい。終身雇用の高給サラリーマンを抱え込んでいるため、ローコスト・オペレーションができないのだ。こうした古い企業が没落し、自由に生きる個人が価値を生み出すとき、日本経済は初めて復活するだろう。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に、「希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学」(ダイヤモンド社)、「なぜ世界は不況に陥ったのか」(池尾和人氏との共著、日経BP社)、「ハイエク 知識社会の自由主義」(PHP新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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