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大河原克行が斬る「日本のIT業界」 第1回

世界一奪回への挑戦、日本のスパコン開発を背負う富士通

2009年09月01日 09時00分更新

文● 大河原克行

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日本のIT産業、そして技術はどのように進んでいくのか? 豊富な取材経験を持つフリーライター大河原克行が、毎回製品やビジネスモデルを取り上げ、業界を俯瞰していくのがこの連載だ。第1回目は、世界最速のコンピューター開発に挑む富士通を取り上げる。2012年度の完成を目指し同社が取り組む10ぺタFLOPSのコンピューターは、どんな世界を切り開いていくのだろうか。

知られざる日本企業の取り組みや、新しいビジネスモデルを紹介しながら、日本のものづくりや企業の素顔に迫っていく当連載。第1回は世界最速のコンピューター開発に挑む富士通を取り上げる

 文部科学省の「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用プロジェクト」(通称:次世代スーパーコンピュータプロジェクト)の一環として進められている理化学研究所の「次世代スーパーコンピュータ」の開発が、2012年度の完成を目指して進められている。

 計画は、2006年から概念設計を開始するところからスタート。2007年に概念設計が終了し、今後、製造段階へと入る。


実現する「10ぺタFLOPS」の世界

 当初、システム構成はスカラ部とベクトル部の複合システムとされていたが、ベクトル部の開発を担当していたNECおよび日立製作所が、今年5月に、詳細設計以降の試作・製造段階への不参加を表明したことで、富士通によるスカラ単独での構成に決定。性能面では、当初の計画通り、LINPACK性能で10ペタFLOPSを実現することになる。

 富士通が世界一を目指す背景には、次世代スーパーコンピューターに採用すること狙って開発した、45nm半導体プロセスを用いたCPU「SPARC64 VIIIfx」の存在がある。

次世代スーパーコンピューターを担う「SPARC64 VIIIfx」

 開発コードネームで「Venus」(ビーナス)と呼ばれたSPARC64 VIIIfxは、128GFLOPSの性能を持つ、現時点では世界最高速のCPU。約2cm角のダイ上に集積しているコア数を、従来の4つから8つへと増やすことで高速化を実現。メモリーおよびメモリーコントローラーも1チップに集積し、低消費電力で、大規模な並列コンピューターを構築できるという。

 富士通によると、現行のIntel製CPUの約2.5倍の高速演算を可能としながらも、消費電力は3分の1に抑えており、富士通が2008年に出荷したSPARC64 VIIに比べても約3倍の相対性能を発揮している。


ビジネスモデルの確立が求められるスパコンの世界

 世界最速のCPUを富士通が開発したのは、ベクトル型CPUのVPP5000以来、約10年ぶりのこととなるが、それ以上に、NEC、日立がスパコン開発の第一線から離脱したことで、富士通に、「日本が誇る最高峰コンピューターの開発」という重責がのしかかることになる。その点からも、世界最速CPUを用いた富士通の次世代スーパーコンピューターには、世界中から注目が集まっているのだ。

富士通TCソリューション事業本部エグゼクティブアーキテクト・奥田基氏

 富士通TCソリューション事業本部エグゼクティブアーキテクト・奥田 基氏は、「スパコンの性能は、米国と日本がトップを争ってきたが、2002年にNECが開発した“地球シミュレータ”以来、米国が先行している。米国は政策的にスパコンへの投資を積極化した経緯があり、それが地球シミュレータ以降の日米の差につながっている。日本ではスパコンに対する予算が増えているわけではない。日本の政府によるコンスタントな一定の予算措置が必要であり、同時にスパコンをビジネスに活用展開していくことが必要である」などとする。

 一方で、過去に世界最速を誇った地球シミュレータ自身、当初は気象・環境分野への利用が中心となっていたが、産業利用も徐々に増加。汎用性を持った次世代スーパーコンピューターは、こうした産業利用も増えることが想定され、これまでビジネスモデルが確立しにくかったスーパーコンピューターの世界に、新たな収益モデルが構築される可能性もある。


一般的なパソコンの100万倍近い性能(!)を実現

 次世代スーパーコンピューターが目指す10ペタFLOPSという性能は、現在、世界最高速を誇るIBMの「Roadrunner」(米国Los Alamos National Lab.に導入)の約10倍の性能を誇ることになる。

 ちなみに、10ペタFLOPSとはどの程度の性能なのだろうか。

 1FLOPSとは、1秒間に処理できる浮動小数点計算の数であり、10ペタFLOPSは、1×10の16乗という計算式で表される。

 奥田氏は、「東京ドームに5万人の観客がいたとして、全員が1秒間に1回の計算をした場合、10ペタFLOPSの計算をするには、約6400年が必要になるほどの性能」と比喩する。

テラFLOPSのイメージとスーパーコンピューターの歴史

 また、企業の部門サーバーなどで利用されるPCクラスタの場合、10ペタFLOPSの1万分の1となる1テラFLOPSの性能を達成しているが、理想的に性能とメモリー空間を利用できたと仮定して試算したところ、PCクラスタで一日かかる解析時間はわずか8.6秒で、1週間のものでは1分で、1年間かかるものは52分で処理できるという性能だ。これだけの性能を実現することで、これまで1回しかできなかった解析が、10回、20回と解析できるようになり、研究開発手法そのものを大きく変えられる。

 さらに、現在、一般的に利用されているPCの性能は、10ギガFLOPS~50ギガFLOPS程度となっており、100万倍ほどの性能差がある。

 だが遡ってみると、1990年代前半に開発された最速のスーパーコンピューターが59.7ギガFLOPSであり、その世界がPCで実現されるようになっている。言い換えれば、いまのスーパーコンピューターの性能が、15~20年先のPCの性能ともいえるかもしれない。


越えなければならない3つの壁

 10ペタFLOPSの性能を実現するためには、設置面積、消費電力、故障率の3つの観点での壁があると、富士通 次世代テクニカルコンピューティング開発本部長・井上愛一郎常務理事は語る。

富士通 次世代テクニカルコンピューティング開発本部・井上愛一郎本部長

「例えば、地球シミュレータの床面積をもとに性能を10ペタFLOPSに引き上げた場合、162万5000m2という建物としては成り立たない広さが必要になる。これを次世代コンピューターでは、1万500m2の中に収める。また消費電力では、地球シミュレータの電力から換算すると基本部分だけで約37メガワットとなり、空調やファイルシステムを含めるとその倍以上となり、火力発電所1基が必要となるほど。次世代スーパーコンピューターでは、空調、ファイルシステムを含めて30メガワット以下を目指している。また、具体的な故障率はいえないが、10FLOPS相当にした場合には膨大な数の部品が必要となり、数時間に1回はどこかの部品が壊れる計算となる。これでは、まともに最後まで計算ができないことになる。システム全体の故障率低減への対応が必要になる」

 いずれにしろ、これまでの技術では実現が不可能な世界が10ペタFLOPSの世界ということになる。

 スーパーコンピューターといえば、科学技術計算分野での活用、国の研究所などでの利用が中心という印象があるが、実は産業界での利用は少なくない。

 半年に一度、スーパーコンピューターの性能を順位づけするTOP500の発表では、約6割が産業界のものだが、あえて自社のスーパーコンピューターをリストに登録していないという企業も少なくない。

 「100テラFLOPSクラスの性能のスパコンを持ちながらも、自らの研究開発能力を公開したくないという理由で、リストに登録しない企業が多数ある。現在、産業界ではインドのタタが持つスパコンであるが、2012年には大手企業のなかには、ペタFLOPSのスパコンを所有する企業がいくつか出てくるだろう」(奥田氏)と予想する。

 いずれにしろ、いよいよスパコンの世界はペタFLOPSの世界に入ってきた。これにより、開発期間の短縮と、コスト削減効果につながるのは明らかだ。さらに安全性の向上や環境保全といった領域にもスパコンの能力を活用することができる。自動車の安全試験のシミュレーションをスパコン上で解析したり、気象予測もより精密な分析をもとに行えるようになる。

 「富士通は、スパコンを武器として、問題となる可能性があることが、問題にならないような社会を作りたい。医療の問題、経済の問題を解決し、若い人たちに元気を与えたい」(井上氏)。

 富士通は、企業姿勢のひとつとして、「夢をかたちに」を掲げている。これを実現する技術のひとつがスーパーコンピューターということになる。その点からも富士通の夢に期待がかかる。

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