マットペイント・アーティストのポール・トポロス氏を直撃!!
米アップルコンピュータ社のCEO(最高経営責任者)を務めるスティーブ・ジョブス(Steve Jobs)氏が率いるアニメーション制作会社、米ピクサー・アニメーション・スタジオ社(Pixer Animation Studio)の最新作、米ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ社(The Walt Disney Company)提供の“カーズ”が今月1日から公開されている。それに合わせて、ピクサーのデジタル・マットペインターを務めるポール・トポロス(Paul Topolos)氏が1日に来日した。フルCGアニメ“カーズ”の制作においてデジタル・マットペイントはどのような役割を果たしたのか。さらに、マットペイント・アーティストとしての仕事について話を聞いた。
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ピクサー・アニメーション・スタジオの最新作“カーズ”。ライトイニング・マックィーン(左)とメーターの友情の物語だ (C)Disney・Pixar |
映画“ベン・ハー”にも使われたマットペイント
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愛用のタブレットペンを手にするポール・トポロス氏 |
おもちゃ、昆虫、モンスターに魚と、さまざまな“物”に人気キャラクターとしての命を吹き込んできたピクサーが、次に選んだのは車。“カーズ”は車が擬人化された世界を舞台に、アクション、コメディ、そして感動をたっぷり詰め込んだヒューマン・カードラマだ。成功へと先を急ぐ天才レースカーの“ライトニング・マックィーン”が、ひょんなことから迷い込んだ、ルート66上にある南西部の寂れた町で、人生とは何か、友とは何かに気づかされるというストーリー。
舞台となるのは、忘れ去られて地図からも消えた町“ラジエーター・スプリングス”と、その背景にある広大な西部の大自然だ。主にこの背景などを描いているのが、デジタル・マットペインターのポール・トポロス氏である。
[――] マットペイントとは、どのような仕事なのでしょうか? 特に、デジタル制作におけるマットペイントの役割について、お聞かせください。
[トポロス氏] 基本的には、美術館にある風景画を描いているものだと思ってください。映画の中ではそういった大がかりな背景、そうですね例えば街の風景だとすると、そのセットを作るにはとてもお金がかかります。それはCGで作るとしてもお金がかかることになりますので、マットペインティングが必要になるわけです。
マットペイントという手法は、昔の映画で言えば“ベン・ハー”のような大作でもよく使われていて、古代ローマの都市の風景を描いて、そこに人物を合成して仕上げていくものです。デジタル制作においても、手法にはなんら変わりありません。特に1回しか登場しない風景には、お金をかけてセットを作っていてはきりがない(予算も時間も莫大にかかる)ので、マットペインティングで描いて、それを映画の中に登場させているわけです。
[――] “カーズ”では、具体的にどのような風景をマットペイントで描かれているのですか?
[トポロス氏] 南西部の風景を始めとして、ストーリーの冒頭と後半には東海岸と西海岸の風景も出てきます。これらはセットエクステンションとして、空のような、セットの先にあるものをマットペイントで描いているわけです。
[――] トポロスさんはご自身でどのような絵を描かれましたか?
[トポロス氏] 冒頭で、マックイーンがレース場からラジエータースプリングスに迷い込むまでの“モンタージュ”のシーンや、自分が映画スターになったときの“空想シーンの背景”などのように、映画で一度しか登場しない場面は私が描いています。
私が手がけた絵で最も印象的だったのは、レースでクラッシュした“ドック”を報じる昔の新聞に掲載されている“写真”ですね。言葉ではなく、絵だけでストーリーを物語っているわけです。“カーズ”にはいくつか、こうしたシーンがあります。
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主人公は車。これまでのピクサー作品には一部だけでも人が登場していたが、本作品では一切、登場しない |
[――] 今回は主人公たちがマシン=車ですが、機械と自然を調和させるために何か工夫や心砕いたことはありますか?
[トポロス氏] 私も常にリアルさを追求していますが、それら(機械と自然)をうまくブレンドさせるのはアートディレクションの役割ではないか思います。また、ライティングの妙も重要な要素だと思います。さらに素晴らしいストーリーが介在するからこそ、異質な2つのものをうまくコネクトさせることができるのだと思います。
私の仕事では脚本が書けるわけではありませんし、私は描きうる限り、見栄えのする素晴らしい絵を描くしかないのです。私の描いた絵が“感情的にその物語にマッチするかどうか”を考えながら、感情を込めて描いています。でも、(最終的な映画になったときに)そのシーンにピッタリなものにできるかどうかは、私の仕事の範囲だけではできません。ほかの分野を担当するスタッフの仕事すべてが合体したときに、ひとりでも多くの観客を感動させる映画に仕上がることを祈るしかないのです。
デジタルマットペイントにワコムのタブレットが活躍
[――] デジタルマットペイントの作業ではどのようなツールを使われたのでしょうか?
[トポロス氏] 『Adobe Photoshop CS』をPowerMac G5にインストールして、ワコムの“タブレット”を繋いで、ペンを使って描いています。
[――] CS2ではなく?
[トポロス氏] えー(笑)。まだ、CS2にはアップグレードしていないんです。
[――] タブレットを使うとペンを操作する位置と表示される画面の位置(目線)が異なるわけですが、それには慣れているのでしょうか?
[トポロス氏] 私は元々猫背気味なので、画面に向き合って姿勢をよくしているほうが(体には)いいのだと思います。下(タブレットを操作する面)に絵があったら、ますます猫背になってしまうでしょうね。
[――] 『Painter』などPhotoshop以外のツールを組み合わせて使うことはありますか?
[トポロス氏] 僕はPainterのようなインターフェースが使えるほど、頭は良くはないので(笑)。ピクサーで、とりわけ監督に求められているのは、とにかくマット・ペインティングで詳細に描き込んで、それでいてレンダー(3D CGツールで仕上げた映像)のように見えなければなりません。それにはPhotoshopで描くのが一番いいのです。
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劇場用パンフレットに手がけたシーンを見つけたトポロス氏 |
[――] ピクセル単位で描いているのですか?
[トポロス氏] いいえ、ピクセル数は考えていません。それより、ひとつの絵をどれぐらいのスケールで描くかが大事ですね。背景の前には必ず何かが出てくるので、それとどうやってうまくブレンドさせるかを考えています。
[――] マットペイントに特有な、Photoshopの変わった使い方はありますか?
[トポロス氏] 時には写真を取り込んで、その上にそのまま描くこともあります。けっこう雑に描いてみて「どうかな?」と試すのです。通常は実際にスケッチを描いて、次にカラーを決めて、という流れなのだと思いますが、私は試行錯誤を常に重ねていくのです。写真に直に描き込んで、ダメなら別の写真に変えて、というようにね。
[――] すると写真を下地にして描き込むことが多いのですか?
[トポロス氏] 両方ですね。ある一部分にだけ写真をおいて描くこともあります。とにかくPhotoshopは何でも試せるのです。私は試すことが好きなので、ダメならどんどん次々に変えていく。何度も繰り返してやっていくことでいいものができてくるわけです。ヒストリーもセーブはするのですが、画像はどんどん進化していくので、ボツからまた使うことはないですね。
[――] ところで、PhotoshopにはWindows版もありますが、使わないのには何か理由があるのでしょうか?
[トポロス氏] トップにスティーブ・ジョブスがいるので、(Macが)安く手に入るのです(笑)。
[――] 個人的には(WindowsパソコンとMacintoshの)どっちが好きですか?
[トポロス氏] 私は昔から“マックマン”なので。昔、父がApple][を購入したのですが、頭のいい兄はすぐに使いこんで、すごく上手に絵を描いたりしていたのですが、そのころの私はパソコンに対する不安感とか恐怖心がありました。今はやっとそれを乗り越えて使っています。
トポロス氏のお気に入りは“たそがれ清兵衛”?
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これが、トポロス氏の手がけたマットペイントの登場するシーン。デジタル・マットペインターが作品に素晴らしい味を加えている |
[――] (トポロスさんが)ピクサーでマットペイントの仕事につくまでに、どのような経緯があったのでしょう?
[トポロス氏] 学生の時は美術の勉強をして、油絵なんかを描いていました。あるきっかけがあって、1993年にルーカスアーツに入ることになって、ストーリーボードから始めました。その後、パソコンで描くことを学んでパソコンでの仕事を増やしていき、今に至っています。ルーカスアーツからルーカスフィルムに出向して、“スターウォーズ エピソードI&II”を手がけました。
今はピクサーでの仕事にとても満足しています。正直に言いますが、映画って不思議なもので、駄作でも秀作でも(制作には)同じだけ時間がかかります。(かつては)「物語はいまいちだったけど、僕の絵はきれいだったな」と思うこともあったのですが、ピクサーでは物語の素晴らしさに見合うだけの絵が描けたかな、と不安に思ってしまうほど、素晴らしいストーリーばかりなのです。
人の思い入れや感情が込められて作られていて、ピクサーの作品はとにかく物語が素晴らしいのです。本当に心を込めて映画を作っている会社だなと実感しています。
[――] 叙事詩的な映画の大ファンということですが、特にお気に入りの作品をお聞かせください。
[トポロス氏] “たそがれ清兵衛”は落ち着いていて好きな映画です。っと、これは叙事詩的ではなかったですね(笑)。“スパルタカス”や“グラディエーター”はいいと思っていたのですが、最近見直したらあまりいい映画じゃなかった。
となると、果たして私は本当にそういう映画が好きなんだろうか、と思われるかもしれませんが、“スターウォーズ”もしかり、レイ・ハリーハウゼン(Ray Harryhausen、米国の特撮監督でストップモーション・アニメの第一人者)の“シンドバッド”シリーズなど、子どもながらに見てすごくびっくりして、「一体どうやって作ったんだろう」とすごく考えさせられて、目を見張って見ていたことを覚えています。その時の印象がとても強くて、(今でも)観客にそう思わせる映画は“すごい”と思うのです。
[――] 今後、どのような映画に関わってみたいですか?
[トポロス氏] 私は歴史物が好きなので、ヨーロッパを好んで長く住んでいたことがあります。そういう事情からも、ピクサーの次回作“ラタトゥイユ”(邦題:レミーのおいしいレストラン)に携われるのが楽しみです。