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“第3回 世界液晶産業セミナー”レポート――21世紀は液晶産業の次のステージへ

2000年10月17日 19時36分更新

文● 岡田 靖

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大小10数社の液晶メーカーがひしめく日本。液晶デバイスの開発、生産ともに世界唯一の存在で、“液晶立国”と謳われたのは、すでに昔の話になったのだろうか。半導体産業新聞が12日に開催したセミナー、“第3回 世界液晶産業セミナー2000 ―液晶産業のアジアパワーと日本の戦略―”(※1)では、韓国や台湾のメーカー各社が、液晶デバイス生産を伸ばそうととする姿を、ありありと見せつけられた。

※1 これは半導体産業新聞((有)産業タイムズ社発行)が主催した有料のセミナーで、今回で3回目。日本、韓国、台湾、中国の各国別に液晶専門アナリストなど講師陣が今後の市場展望について講演した。

“液晶立国日本”の衰退

基調講演“世界の液晶産業で今、何が起きているか?”では、ウィット・キャピタル証券(株)調査部シニア・アナリストの吉田広幸氏氏が、躍進する韓国と急成長を狙う台湾にはさまれて、日本メーカーは苦戦するだろうと見解を示した。数年ごとに訪れる需給バランスの波、“クリスタルサイクル”が、2001年にかけて供給過剰へと傾くと予想されており、そのタイミングに韓国メーカーの新規工場が稼働、しかも台湾メーカーの新規参入が相次ぐのだ。それに対して日本メーカー各社は、長引く不況に投資が鈍りがちで、また人件費や光熱・水利費用などのコスト高により、競争力を失いつつあるのだ。吉田氏によれば、「最悪の場合、2001年からは脱落する日本メーカーが出てくるだろう。これを機に業界再編が進むはずだ」という。

この傾向を裏付けるように、半導体産業新聞編集長、泉谷渉氏は、“21世紀に向けて拡大する液晶設備投資”と題した講演で、「日本の代表的な液晶メーカー15社の設備投資合計は過去最大だが、韓国メーカーの3社合計と大差ない」と語っている。装置産業である液晶製造は、常に設備投資を続けて最新の設備を導入し、生産能力を向上させ続けないと勝ち目がないのだ。また、泉谷氏は、「欧州勢がEL(Electro Luminescence)ディスプレー(※2)の製品化を急速に進めており、液晶だけの話ではなくなりつつある」と、フラットパネルディスプレイ業界全体が大きく動きつつあることを示した。

※2 ELディスプレー:蛍光体を使った表示デバイス。液晶と違って自発光式で、バックライトなどが不要なので、薄型になる。また視野角が広く、応答速度も速い。液晶に代わる表示デバイスとして開発が進められている。すでに三洋電機とイーストマン・コダックが共同開発した小型ディスプレーは製品化目前という。

国策を追い風に躍進する韓国液晶業界

韓国のTFT液晶(※3)メーカーは、売上高順に三星電子、LG LCD、現代電子の3社だ。いずれも、非常にコスト競争力が高く、'99年には各社とも前年比200パーセント前後の成長を遂げている。半導体産業新聞ソウル支局記者、嚴在漢(Eom Jia Han)氏が、“韓国の液晶産業・最新動向”という講演で、その強さの背景にあるものを解説した。

※3 TFT:Thin Film Transistorの略。液晶に電圧をかけるために、ガラス基板上に薄いフィルム上のトランジスタを配置したもの。スイッチング信号と、電圧印可を別々に行なえるため、画素あたりの信号入力が短時間でよい。そのため大画面化が容易で、高速応答、高コントラストという特徴がある。ただしコストは高め。TFD(Thin Film Diode)とあわせて“アクティブマトリクス方式”と呼ばれる。

韓国では、'97年の金融恐慌でIMF管理下に入ったが、その影響で、輸出産業である半導体と液晶産業が国策産業となり、大胆な設備投資を行なえるようになったという。韓国では、現在でも金融業界などでリストラが続くが、半導体と液晶業界の好調が株式市場を支えており、業界となんの関係もない一般投資家が、その動向を注目するまでになっている。巨額の設備投資は今でも続いており、LGが980×1160mmという巨大ガラス基板のラインを導入すれば、三星がさらに大きな1000×1200mmで対抗するといった具合だ。このような、いわゆる“m角級ライン”は、膨大な額の投資を必要とするため、まだ日本ではまったく着手されていない。以前の計画では、2000年にはNECが導入しているはずだったのだが、現在ではその目処さえ公表されていないのだ。

一方、韓国の弱みは、製造装置や部材の大半を輸入に頼っているところだ。嚴氏によれば、未だにガラス基板の国産率は10パーセント未満で、他の部材の国産率はさらに低いという。ウォン高や原油価格上昇が影響して、液晶メーカーの実際の収益率はあまり良くないという推測だ。だが政府が製造装置や部材開発に補助金を拠出しはじめており、いずれ改善されてくるだろう。

数百のメーカーがひしめく中国

嚴氏は、もう1つの講演“中国の液晶産業・最新動向”で、中国の液晶業界を紹介した。中国では、主にTN液晶とSTN液晶(※4)を生産しており、そのメーカー数は数百に上るという。だが、その多くは放漫経営の国営企業で、有力な企業は外資系がほとんど。大手10社の大半は北京から遠く、台湾や香港に近い南シナ海沿岸に集中している。あまりに遠いので、中央の意志が届かないから、という事情らしい。日本メーカー系だけは、むしろ日本に近い場所を選ぶのか、東芝が資本参加してTFT液晶の生産を行なう吉林紫晶電子が東北部にあり、また無錫シャープが、その名の通り無錫にある。中国ではCRTの生産が盛んで、しかも相当数を輸出している。もっとも、その上位メーカーはすべて外資系だとか。

※4 STN、TN:STNはSuper Twisted Nematicの略、TNはTwisted Nematicの略。本来は液晶素材そのものを指しているが、その液晶を使った表示装置まで含む場合が多い。あわせて、“パッシブマトリクス方式”と呼ばれる。

中国が液晶市場で大きな位置を占めるのは、まだ先のことかもしれないが、将来はCRT生産のように、安価で大量生産するような時代が来るかもしれない。

日本メーカーの技術供与

台湾では、半導体と似たような状況になりつつあるのだろうか。日本からの技術供与を得て、一斉に数社がTFT液晶の生産に乗り出してきた。吉田氏は、「日本や韓国と違い、生産に特化しているので、研究開発費の負担がない。それだけ驚異的なコスト競争力を持っている」と分析している。“台湾の液晶産業・最新動向”と題した台湾経済部資訊(情報)工業発展推動小組SeniorManager、王金岸(Edie Chin-an Wang)氏の講演では、主にその展望が語られた。

台湾のTFT液晶メーカーは、日本と同クラスの生産ラインを導入している。一部では'99年に生産開始しているラインもあるが、さらに多くのラインが2000~2001年に生産を開始する予定だ。また、以前からTNやSTN液晶のメーカーが多数あり、若干ノウハウが異なるものの、部材や組立など、関連企業も数多い。王氏によれば、2001年には主要部材も現地で一貫生産できるようになるという。TFT用ガラス基板に関しても、外資系メーカーを中心に続々と参入してきている。また、偏光板や位相差板、バックライトユニットなどは、以前から輸出するほどの生産規模であった。わずかに、TFT形成などの工程で用いるエッチング剤などの化学薬品を輸入に頼るという。

また、台湾はノートPCや液晶ディスプレイの製造が盛んだ。部材は現地調達、製造は低コスト、そして販売先も現地と、巨大な一貫ラインが完成するのである。

需要が読みにくくなってきた液晶市場

とはいえ、液晶の需要は、かつてのようにノートパソコンや液晶ディスプレーだけ、というわけではない。半導体がすでにパソコンだけのものでないように、液晶も似たような局面にさしかかってきているのだ。シャープが「TVは液晶だけにする」と宣言し、その目標に向けて推進を続けていたり、パームなどのPDAの売れ行きが好調だったり、携帯電話は一斉にカラー化を進めていたり、他の家電もデジタル化が進みつつあったりと、市場の裾野が大きく広がってきている。日本国内での新工場設立や大規模設備投資も、STNなど非PC分野向け液晶の工場が大半だというのが、それを裏付けているように思われる。吉田氏は、金額ベースの市場で2003年には液晶がCRTに並び、2004年には逆転すると予測している。

特に携帯電話は、まだ次世代携帯電話でのビジネスモデルが明確でなく、需要の予測が立たない状況だが、今後大きく期待できる市場の一つだ。だが、現在のカラー携帯電話には、TFTでなくSTNが用いられている。携帯電話の画面は機種ごとにカスタマイズされているのが普通だ。高フレームレートの動画が一般的になれば話は別だが、TFTよりもSTNのほうがカスタム生産に適しているので、今後もTFT化の期待は薄いといえる。

液晶業界再編の構図

だが現在のところ、液晶の供給過剰は避けられない問題と思われる。幸か不幸か、'99年末から、急速な生産キャパシティーの増大に部材の供給が追いつかず、実生産量と需要がほぼ均衡した状態が続いていた。しかしそれも改善され、2001年にはピーク時10~20パーセントという大幅な供給過剰になると、吉田氏は予測している。価格競争は早ければ2000年末頃から激化し、日本メーカーの一部は採算割れに陥るという厳しい予測だ。この予測に沿って考えると、現時点で営業利益20パーセント以上のメーカーは“勝ち組”、10パーセント未満のメーカーは“負け組”となり、中間グループが“当落線上”になるという。日本企業はいずれも20パーセント未満だ。

だが、日本メーカーは台湾への技術供与を行なっている。この提携を上手に活用すれば、まだ生き残るチャンスは十分にある。また、他社にできない“オンリーワン製品”など、技術的な優位を生かして勝ち抜くメーカーもあるだろう。

また、青森県が独自に“Crystal Valley構想”に取り組んでいる。国家レベルの援助ではないが、地方自治体からの援助が出てきたのだ。このCrystal Valley構想は、まさに液晶業界のためのもので、世界初の試みだ。むつ小河原地区に5000ヘクタール以上の用地を確保し、そのうち2800ヘクタールを工業用地として分譲、さまざまな補助金や税制優遇措置を盛り込んでいる。さらに、“オーダーメイド型貸工場制度”という新たな制度も導入して、工場設立時の企業負担を軽減するという。

やはり、まだまだ液晶業界の将来は明らかでない。半導体業界を20年以上取材し続けている泉谷氏は、「フラットパネルディスプレイ全体の市場規模は、まだ2兆円程度。半導体は20兆円だから、まだまだ成長途上の市場だ。時代的には20年くらい遅れて、CMOSが登場した頃の半導体市場と考えてよい」と語っている。

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