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【INTERVIEW】“本とコンピュータ”プロジェクトは21世紀を待たず終了するのか──大日本印刷の加藤本部長に聞く

2000年08月15日 21時45分更新

文● 中野潔/編集部 伊藤咲子

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  • 本文印刷

“急速にデジタル化される世界のなかで、今後、本の文化はどうなってゆくのか”をテーマに、'97年、“本とコンピュータ”というプロジェクトが立ち上がった。'97年に季刊雑誌『季刊・本とコンピュータ』を、'98年にオンライン版“本とコンピュータ”を次々に創刊し、“人はなぜ、本を読まなくなったのか”、あるいは“街の書店に未来はあるか? ”といったテーマで、内外の作家や漫画家、編集者、評論家などが議論を交わしている。

もともと、「二十世紀の最後の四年間をつかって」(津野海太郎氏)という期限付きでスタートしたプロジェクトなのだが、昨年11月にオンデマンド出版(注文生産方式)実験を開始するなど、まだまだ活発な活動を展開している。“本とコンピュータ”プロジェクトは21世紀を待たず本当に終了してしまうのか、今回はプロジェクトのスポンサーである大日本印刷(株)のICC本部本部長、加藤恒夫氏にインタビューを行なった。インタビュアーは、アスキーWeb企画室で早稲田大学客員教授兼任の中野潔。

ICC本部本部長の加藤恒夫氏
[中野] 季刊雑誌『季刊・本とコンピュータ』ですが、'97年の創刊号で津野海太郎氏が記したように、今世紀中に終了するのでしょうか?
[加藤氏] 「季刊雑誌は一旦お終いにしますが、プロジェクト自体を継続しようと考えています。21世紀までに何らかの方向性が見えると考えて、期限を決めて始めたのですが、状況はますます混沌としています。オンライン版“本とコンピュータ”も始めましたし、オンデマンド出版実験も開始しましたから、そう簡単には、プロジェクト自体は収束しないでしょう」
[中野] オンライン版も、DNPのスポンサーで続けるのでしょうか?
[加藤氏] 「当面は、そうなるでしょう。インターネットを介したコンテンツビジネスのモデルは成熟していませんから、今後それをどう進めるかが課題です。非常にニュートラルな立場でオンライン版“本とコンピュータ”があって、そこを通して様々なビジネス構造を垣間見ることができる──という状況になれば、とても面白いと思います」
[中野] 日本語のページのほか、英語のページも用意されていますが、反応はどうでしょうか
[加藤氏] 「どちらかというと、日本よりも海外からのヒット数の方が、今は多いです。ノルウェーとか、北欧の方が非常に関心を持たれているようです。“100日議論”(※1)とか、こんな内容を挙げているウェブは他にないでしょうから」
※1 オンライン版は、紙版の焼き直しではなく、連携をとりつつも、別の編集部から別のコンテンツとして発行されている。目玉企画の1つ、“100日議論”では、“オンライン書店は本の文化を変えるか”をテーマに、編集部が司会役となり、海外レポートや読者投稿などを交えて、'99年11月1日から議論を進めた。2000年5月12日からは、別テーマで討議中

オンデマンド出版の実験プロジェクト“HONCO on demand”

[中野] DNPと本とコンピュータ編集室は、'99年11月からオンデマンド出版の実験“HONCO on demand”(※2)を行なっていますが、その発端を教えてください
[加藤氏] 「発端になったのは、'99年春、スウェーデン大使館で開催された、ピーター・グルマン氏(※3)のオンデマンド出版についての講演です。これを紹介する新聞記事を見付け、編集部では当初、記事としてどう取り上げるか考えていました。オンデマンド出版が動き出しているということを確認して、いっそ、実際にやってしまおうと、話が進みました」

「また実験のスケジュールなのですが、'99年11月にグルマン氏に話しを聞こうと企画していたものですから、彼が来るまえにビジネス構造作ろうと。少々乱暴なのですが、ほとんど下地もないままで、2~3ヵ月の準備期間でスタートしました」
※2 “HONCO on demand”は、本とコンピュータ編集室とDNPが協力して開設するオンデマンド出版の実験プロジェクト。同プロジェクトで発行する書籍は、“HONCO on demand”のウェブサイトや全国の特約書店で購入することができ、注文に応じて1部からでも印刷・簡易製本を行ない、1週間程度で届けるという。2001年3月まで、同プロジェクトにおいて、約20点の新刊本を刊行する予定

※3 '70年の書籍再販制度を廃止により、スウェーデン出版界は、発行部数の少ない書籍がなかなか出版できない状態になった。これを危惧した、元作家協会会長の詩人ピーター・クルマン氏らは、政府や印刷会社などの援助の下で、オンデマンド出版のための団体を'97年に設立した(参考:『季刊・本とコンピュータ』1999年秋号/10号より、オン・デマンド出版、ただいま発信す)

“HONCO on demand”で扱っている書籍の例。印刷と製本は、DNPの“オン・デマンドセンター”で行なう。「表紙はオフセット印刷です。完全にオンデマンド印刷で行けるかというと、実務的には難しいです」(加藤氏)
[中野] “HONCO on demand”プロジェクトのなかで、“BOD”という言葉を度々聞きますが、その意味は何でしょう?
[加藤氏] 「印刷・製本の機能だけ売るのだったら、POD(Print On Dimand)です。それに対して、我々のプロジェクトが目指すBOD(Book On Dimand)は流通構造まで含めたプラットフォームです。オンデマンド出版をやりたい版元が、営業や販売、配送などに関するシステムを我々に外注するといった形態だと考えています」

「例えば、営業力を持っている大手出版社がオンデマンド出版をやるのであれば、PODとして私たちのところに投げればいいんです。ただ、人文出版とか、科学出版とか、大学出版とか、小さな出版社がデジタル流通システムを自前で持ち得るかというと、それはハードルが高いでしょう」
オンデマンド印刷された書籍のページの例。DTPデータが残っていない昔の本をオンデマンドで印刷する場合、何らかの形でテキストデータを再入力したり、元となる本のページを直接スキャニングしたりして、印刷用のデータを作る。「スキャンする方が一見簡単なようですが、地の汚れを処理する必要があるので、必ずしもそうとは言えません」(加藤氏)
[中野] 現在“HONCO on demand”は、実験という枠組みで行なわれていますが、ビジネスに移行する予定はないのでしょうか?
[加藤氏] 「実ビジネスも立ち上げていかないとマーケットが広がらないので、本とコンピュータプロジェクトにおいては、そういった面でも検討しています」
[中野] オンデマンド印刷と、一般印刷の採算分岐点は、どのくらいの部数なのでしょうか
[加藤氏] 「オンデマンド印刷の場合は一般印刷と違って様々な形態があるので難しいのですが、製造コストだけ見ると、おそらく500部前後でしょう。しかし、流通コストを考慮すると、これは私の感覚ですが、1500部くらいが分岐になるのではと思います」

「オンデマンド印刷の書籍でも、既存の流通ルートに乗せるとしたら、製造コストだけではなく、露出や配送、返品率の問題などを考えなければなりません。採算分岐の問題について、印刷業の立場からすれば500部なのですが、新刊本が年間6万5000点という時代の中で、果たしてどうでしょうか。やってみないとわかりません」

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