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「既存の放送局はデジタル時代を前にいったん自己否定を」――NHK放送文化研究所の“研究発表とシンポジウム”

2000年03月06日 00時00分更新

文● 編集部 小林伸也

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日本放送協会(NHK)放送文化研究所が研究成果を披露する“研究発表とシンポジウム”が6日、東京の日本青年館で行なわれた。期間は8日まで3日間。初日は今年12月にスタートするデジタル放送に焦点を当て、各放送局が抱える課題や今後の展望について議論。「新しいコンテンツとビジネスが生まれるチャンス」という意見で一致したものの、「時代の変化と新メディアに対応し、自らを改革できる放送局ではないと生き残れない」との厳しい意見も相次いだ。



同研究所は、放送業界の動向や日本語の変化など放送に関わる問題全般を研究している。研究発表会はその結果を披露する場として毎年開催。今年は8日まで3日間の日程。初日はデジタル放送関連、千代田放送会館に場所を移して7日は日本語問題やテレビをめぐる一般の意識、双方向番組について、8日は21世紀におけるテレビというメディアの在り方について議論が行なわれる。

初日は同研究所の研究員による発表と、放送関係者によるシンポジウムの2本立てで行なわれた。

まず研究員の古城ゆかり氏が、米国のデジタル放送と関連オンラインサービスについて報告した。米国では'98年11月から4大ネットワークによる地上波デジタル放送が始まっているが、米国内のテレビ台数9800万台に対し、デジタル放送を受信しているのは13万台に留まっており、「まだ普及初期の段階にある」という。特にパソコン普及世帯が50パーセントを超える米国では、リビングにパソコンを置いてテレビと併用する“テレウェッバー”と呼ばれる利用形態が増加しているという。

古城ゆかり氏 古城ゆかり氏



これを意識して、1対Nのメディアであるテレビには不可能な、インターネットの双方向性を活かしたサービスとテレビコンテンツとの融合を図る試みが相次いでいる。例として、米マイクロソフトとNBCによる“MSNBC”が、電子商取引(EC)をCM収入に代わる新収益源としたり、番組とウェブとの連動、ストリーミングのみの番組配信などに取り組む例を紹介。古城氏は、「伝送方法と選択肢だけでなく、視聴形態も多様化している。放送局はコンテンツプロバイダーとして、多角的な視点から質の高い番組を供給していく必要がある」と指摘した。

主任研究員の服部弘氏は、放送と新聞、出版系サイトのサービスについて調べた。放送局サイトのアクセス率は右肩上がりながらまだ少数。新聞社系は20パーセント台に届く勢いで、出版社系は40パーセント近くと際だっている。新聞社系サイトは速報性のアップやECへの対応などに課題を残しているが、「もはや新聞社間の競争ではなく、“yahoo!”など大サイトを競合相手として意識している」として、新聞の枠を超えたメディア間の競争が始まっていると述べた。

服部弘氏 服部弘氏



出版系サイトでは、コンテンツ制作の効率化といった課題が指摘されるという。“勝ち組”の条件として消費者イニシアチブ、新ニーズへの対応、アライアンスとマーケティング、ネット独自事業の5点を挙げ、「すでに勝ち組と負け組がはっきりしてきた」として、(株)インプレス、(株)日経ビー・ピー、(株)リクルートの“ISIZE”の3サイトのアクセス率が飛び抜けて高いことを示した。

研究員の鈴木裕司氏は、在京民放キー局のデジタル放送への取り組みについて調査した結果をまとめた。日本テレビ放送網(株)は2003年に都内の新社屋に移転する予定。二重投資を避けるため、移転以降に本格的な設備整備などを開始するという。地上波テレビ最大のキラーコンテンツであるプロ野球巨人戦を活用して視聴率独占を狙う。(株)東京放送(TBS)は“統合メディア”としてのデジタル放送トップをうかがう。その布石としてBSデジタル放送向けの情報サービス会社を松下電器産業(株)らと昨年11月に設立した。

鈴木裕司氏 鈴木裕司氏



(株)フジテレビジョンは“利益/bit”を重視し、CSを含む帯域を充実させる。全国朝日放送(株)(テレビ朝日)は年内の上場、新社屋建設を控え、ややデジタルシフトに揺れている。(株)テレビ東京は地上波番組の75パーセントをBSデジタルと共用する予定。同社の地方系列局が元々少ないためで、“ローリスク・ハイリターン”の作戦という。

その後行なわれたシンポジウムのテーマは“メディア大競争の時代”。放送関係者だけでなく、メーカーやインターネット関連企業からも出席者を招いて討議が行なわれた。

左から、NHK放送文化研究所研究主幹の長屋龍人氏、NHKデジタル放送推進局長の和崎信哉氏、TBS取締役の前川英樹氏、ビーエス日本社長の漆戸靖治氏、日本デジタル放送サービス副社長の重村一氏
左から、NHK放送文化研究所研究主幹の長屋龍人氏、NHKデジタル放送推進局長の和崎信哉氏、TBS取締役の前川英樹氏、ビーエス日本社長の漆戸靖治氏、日本デジタル放送サービス副社長の重村一氏



TBS取締役の前川英樹氏は、「放送局が放送のことだけ考えていればいい時代は終わった。デジタル化が進んで新しい市場が生まれつつあり、放送局の経営スタンスも変わらざるをえない」と語り、デジタル化が放送局の経営にも影響する点を強調。その上で「TBSは今春から分社化するが、これは効率化というより、放送の枠を超えた展開を具体的に考えるためだ」として、話題を呼んだ同社の分社化の狙いを解説した。

日本デジタル放送サービス(株)(スカイパーフェクTV)副社長の重村一氏もこれに応じ、「デジタルはアナログの延長ではない。放送局が持つアナログ資産も一から考え直す必要がある。放送人は送り手側の立場からばかり考えていたが、これからはエンドユーザーの立場に立って考えないと生き残れないのでは」と既存放送局の発想そのものの転換を促した。

左から、AOLジャパン常務の北原保之氏、ソニー(株)理事の鶴見道昭氏、テレビマンユニオン社長の重延浩氏
左から、AOLジャパン常務の北原保之氏、ソニー(株)理事の鶴見道昭氏、テレビマンユニオン社長の重延浩氏



インターネット企業代表として出席したAOLジャパン(株)常務の北原保之氏も、「AOLが米国で一人勝ち状態になったのは、徹底して顧客本位だったから。タイムワーナーと合併したAOLも“AOLTV”を始める。これは多チャンネルに双方向性を付け加え、さらにパーソナライズも可能。マスを対象にした既存放送局は一度自己否定して考え直さないと対応できないだろう」と同様の意見。さらに「米国のAOLで一番アクセスが多いのは夕食後のひととき。通信料が日本でも安くなれば、放送を脅かす存在になるだろう」と予言した。

海外取材ものに強い番組制作会社の(株)テレビマンユニオン社長の重延浩氏は、「番組制作側としては、デジタル放送は新しい時代のメディアの始まりという意識で取り組んでいる」とした上で、「12月に始まるBSデジタル放送はどれも似通っているのが残念。インターネットでできることをテレビでやってもつまらない」と指摘し、テレビならではの発想に基づくコンテンツ作りの必要を訴えた。

このほか、(株)ビーエス日本社長の漆戸靖治氏が「視聴者が地上波放送に不満な点を満足させるような形で編成する」、ソニー(株)理事の鶴見道昭氏は「メーカーとしては時代の変化を捉え、さらに変化を起こしていきたい」、NHKデジタル放送推進局長の和崎信哉氏は「NHKとしては、情報化に取り残された高齢者らを対象とした“バリアフリーチャンネル”も用意したい」などと述べた。

出席者の意見は、新時代のデジタル放送に向け放送局は意識を変える必要があるということ、そのキーポイントはパーソナライズ、つまり顧客重視という点でおおむね一致した。まとめとして、司会を務めた同研究所研究主幹の長屋龍人氏は、「現在の放送事業では勝つか負けるかが話題になるが、視聴者からすればこの技術がどう役立つかが重要。後から降り返った時、『2000年のメディア競争は放送が豊かなマルチメディアを開拓するための競争だった』と言われるような有意義な競争にしたい」と締めくくった。

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