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地方で育み、世界へ発信--舞踏家・秦かな子氏の活躍に見る、文化の“インターローカル”化

1999年08月09日 00時00分更新

文● ドイツ在住ジャーナリスト 高松平藏

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地方で活躍するアーティストにとって、インターネットは、全国へ、世界へ情報発信する上での強力なツールとなる。北海道の舞踏家、秦かな子氏の場合、日本国内のウェブに載ったのをきっかけに、フィリピン、米国に招かれた。さらに今回、梅雨空の日本列島を離れて、約1ヵ月、台湾に招聘(しょうへい)された。秦氏のケースに、他の日本の地方在住アーティストの動向を絡めて、高松平藏氏がレポートする。

フィリピン、米国、台湾と活躍の場を広げる秦かな子氏

“世界に発信”という枕言葉をつけられることの多いインターネットだが、国境を超えた情報発信には、地方で活躍するアーティストにとっても、絶好のツールとなっているようだ。今回の主人公、秦かな子氏が台湾に招聘されるきっかけも、ある舞踊のウェブサイトに掲載されたことにある。

北海道に本拠地をおく舞踊家・秦かな子氏は、このほど台湾に招聘された。同氏が台湾で活動したのは、6月25日から7月23日まで。公演やワークショップを行なった。ここでいうところの舞踏は、'60年代に“日本人の体格を活かしたダンス”という位置付けで誕生したもの。'80年代には、白虎社や山海塾といったグループの国際的な活動が目立ち、日本のオリジナル芸術“BUTOH”として一般にも、国際的にも広く知られるようになったものだ。

舞踊家・秦かな子氏
舞踊家・秦かな子氏



秦さんの台湾から招待を受けた経緯を語るには、昨年の1月までさかのぼる必要がある。それ以前から同氏の友人、森田一踏氏が舞踏のウェブページを作成していた。英語のページも設けており、秦氏の活動についても書かれていた。

このウェブページをたよりに、秦氏に連絡してきたのがフィリピンのある演劇グループのディレクターだった。このグループはアジア全体を結んだ民衆演劇の活動を展開しており、毎年、アジアのさまざまな国からアーティストを招聘、共同でワークショップや作品を作るプログラム、“Cry Of Asia(アジアの叫び)”シリーズを実施している。昨年1月には、同氏は招待されてこのプログラムに参加した。

それ以前は北海道を中心に日本国内での公演活動が中心だったが、フィリピンからの招待が、秦氏の国際的な活動のはずみ車になった。その後、米国のシカゴにも招聘された。今回の台湾での活動も“Cry Of Asia”シリーズの一環だ。

日本各地から世界へ

最近、地域戦略プランが策定されるなど地域の重要性が高まっている。それに呼応するかのように、地方の芸術活動も盛んになってきている。例えば、大阪市のトリイホール(鳥居学社長)は数年前から、新人の育成プログラムや観客の開拓、社会とダンスの接点を考えたワークショップなどを積極的に実施している。同ホールは今や、関西のダンスシーンにおける拠点になってきている。

大阪だけではない。日本のアーティストをフランスに紹介する活動を行なっている大谷知子氏(日仏文化芸術協会オムニッポン・ディレクター、パリ市)によると「最近は、日本の地方の方が独自性のあるアーティストが多い」という。地域で独自の文化を育んでいくという動きが本格化してきているかたちだ。

一方、地方で育ったアーティストにとって活動の幅を広げていくことも課題になってくる。これには、低コストで世界中に情報発信できるインターネットがうってつけ。

ちなみに、秦氏を世界に紹介した森田氏が運営するウェブページには、多いときで1日100から200カウント程度のアクセスがあり、海外からの問い合わせのメールも、ほぼ毎日来るという。同ウェブページでは、メールで更新情報を知らせてもらうように申し込みができる。更新時の連絡先が、国内外約200人にのぼるという。

国同士の関係性から、国境を超えた地方同士の関係性への動きは、“インターローカル”という言葉で、表現できる。インターネットの普及に伴い、“インターローカル”な動きが、文化面でも今後増えていくだろう。

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