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立教大学社会学部設立40周年記念国際シンポジウム】Vol.2 頼りになる部下と足手まといの上司--先端情報通信企業のパーソナルネットワークの構造

1999年07月19日 00時00分更新

文● WebHut 澤田剛治

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日本企業独自のパーソナルネットワ-ク構造

シンポジウム2日目のトップを切ったのは、立教大学社会学部産業関係学科の安田雪助教授による“先端情報通信企業のパ-ソナルネットワ-クの構造―ネットワ-クの境界とアイデンティティ”の報告であった。安田氏の専門分野は“ネットワ-ク分析”。ネットワークが1人の行為者に対して意識、価値、行動などに影響を与え、変化させるという力の構造特性を分析する研究である。

今回の報告は、日本企業で働く従業員の持つ“パーソナルネットワークの構造特性の機能”に関して検証をした結果である。資本金40億円、従業員数288人、年商約330億円の電気通信事業を営む企業のある部署78人について調査したものである。

調査ではネットワ-ク構造の抽出のために、以下の6種類の関係を特定していた。

(1)日常生活において重要なことを相談した相手
(2)インフォ-マルな交際の相手
(3)プロフェッショナルとしての能力を育てるのに貢献してくれた人
(4)仕事上で重要なことを相談した相手
(5)仕事の効率を下げる相手
(6)仕事に必要な情報を交換した相手

上記の質問項目をもとに、パーソナルネットワークの構成を分析し、日本企業独自のものと思われる特徴を数点、挙げた。

相談は部下に持ち掛ける、上司に話すと効率低下

まず、(1)の日常生活のネットワ-クに関しては、社内の知人がかなりの割合を占めていることを挙げた。欧米と比べて特徴的な部分として、日常生活の中にも会社におけるネットワークが深く浸透している点がある。また、(4)職場の相談相手の中で、部下が、大きな割合を占めていたのに対し、(5)仕事の効率を下げる相手として、上司を多く挙げている。これらの点が、非常に面白く、注目に値する結果になっているという。

以上のパーソナルネットワークの構成をもとに、ネットワーク密度と意識の関係、リーダーシップとネットワークの関係を分析した。その結果、仕事上の重要な“相談をするネットワーク”と、仕事に必要な“情報交換をするネットワーク”とを区別して認知しており、それぞれが異なった機能を果たしていることがわかった。

このようなネットワークの機能を考えると、相談ネットワークは判断材料の提供を依頼する依存関係の中にあり、情報収集という機能を持つ。それに対して、情報交換のネットワークは、判断の基準となる情報を提供するということになる。

安田氏は「パーソナルネットワークは、社会的資本としての機能を持つ。しかし、すべてが同一の価値ではなく、個人にとって異なる価値を持ち、個人の意識に異なる影響を及している」とまとめ、最後の言葉とした。

この報告に対して、コメンテーターとして会場に招かれていた甲南大学教授の平松闊氏は、「これからのグローバルスタンダードに際して、ネットワークの分散にどのように対応していくのか」と質問した。安田氏は、一定の範囲に対象を絞った分析をすれば問題がないと答えた。

日本の企業間行動はネットワーク経済

続いて、カルフォルニア大学教授のジェームズ・R・リンカーン氏による“STRUCTURE AND CHANGE IN JAPAN'S NETWORK ECONOMY(日本企業の企業間取引構造の特異性)”の報告へと進んだ。

リンカーン氏は、「世界的に小企業が複数集まって、フレキシブルな活動を行なう企業間ネットワークの重要性が語られている。しかしながら、日本旧来の財閥系、銀行系企業間取引はなぜ批判されているのか」と疑問点を述べた上で、ネットワーク分析の手法を用いて、大企業がどのような変化を遂げているのかを示した。

調査は、三井・三菱・住友・芙蓉・三和・第一勧銀の6社の社長会に着目し、債務・資本・取引・役員派遣の流れを分析したものである。

それによると、通常、系列の密度の強さを表すのは株式持合であると考えられている。しかし、実際には株式持合比率が上がっているバブル期には、企業間の接合度合は下がっており、企業間の関係はより戦略的になっている。また、構造同値分析をした結果、'80年代は系列構造がはっきりしていたが、'90年代になると、銀行系の2社については、ネットワークとしての意味のあるグループとして存在しなくなっていた。一方、旧財閥系のグループは、'90年代半ばまで意味のあるグループとして存在していた、と顧みた。

企業間行動へのネットワーク分析の適用は意欲的試み

最後に今後のトレンドとして、「吸収合併や大手銀行の不良債権によって、持合株式も売却されてきている。しかし、それが本来の株式の目的であり、今後はどのようにリスクを共有していくかがポイントになるだろう」と述べ、報告を終了した。

リンカーン氏の報告に対して、平松氏は「ネットワーク分析では、関係の特定化が大切であるが、経済関係の場合、財・金融・情報など実質的関係の指定が行ないやすいため、非常に適している。また、日本の企業間行動をネットワーク経済という言葉で表わしたのは、非常に新しいものだ」とコメントした。
ネットワーク分析は、日本ではまだ新しい研究分野であり、研究事例があまり多くはない。しかし、こうしたシンポジウムをきっかけに多くの研究が進められるようになることが期待されている。そういう意味では、両報告とも現在の日本のトレンドをとらえた興味あるテーマであった。

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