日本電気株式会社
【本研究のポイント】
・近~中波赤外域で高い透過性と導電性を両立する電極と、赤外線を効率よく吸収する半導体材料を組み合わせることで、これまで室温では困難だった3μm(マイクロメートル)帯までの赤外光を検出可能な小型センサーを試作した。
・Ge(ゲルマニウム)基板上に、Sn固溶限界を超える13.6%のSnを含有した高品質p型GeSn層の結晶成長に成功し、波長3μm帯の感度を実現した。
・本小型センサー(フォトダイオード)は、一つの素子で通信波長(1.55μm付近)から3μm付近までの赤外光を検出でき、ガス検知だけでなく、環境モニタリング、ヘルスケア(呼気分析)、食品・医薬品の品質管理、産業プロセス監視、赤外イメージング、さらにはセキュリティ用分光センシングなど、幅広い用途への展開が期待できる。
【研究概要】
名古屋大学大学院工学研究科の中塚 理 教授、柴山 茂久 助教らの研究グループと日本電気株式会社(NEC)の田中 朋 博士らは、産業技術総合研究所(産総研)・先端半導体研究センターの前田 辰郎 博士、Rahmat Hadi Saputro(ラハマト ハディ サプトロ)博士らとの共同研究で、Si集積回路プロセス技術と相性の良いゲルマニウム錫(GeSn)注1)/ゲルマニウム(Ge)接合赤外センサーを新たに開発しました。
近~中波赤外域で高い透過性と導電性を両立するiTCO(infrared-transparent conductive oxide)電極と赤外光を効率よく吸収するGeSn材料を組み合わせることで、室温で3μm帯までの赤外光を検出可能な小型センサーを試作しました。名古屋大学で開発した低温MBE法注2)により、Ge基板上にSnの平衡固溶限界を超える13.6%の高Sn組成p型GeSn混晶層の高品質なエピタキシャル成長に成功し、3μm帯の感度を持つ狭ギャップ半導体薄膜を実現しました。産総研で試作、検証したiTCO/p型GeSn/n型Geフォトダイオードの特性評価からは、一つの素子で通信波長(1.55μm付近)から3μm付近までをカバーできることが実証されました。
本研究で開発された半導体材料や素子構造の活用によって、ガス検知だけでなく、環境モニタリング、ヘルスケア(呼気分析)、食品・医薬品の品質管理、産業プロセス監視、赤外イメージング、さらにはセキュリティ用分光センシングなど、幅広い用途への展開が期待できます。
本研究成果は、2026年5月20日(現地時間)に国際会議Conference on Lasers and Electro-Optics (CLEO)において講演発表されます。

図1. 試作したiTCO/p型GeSn/n型Geフォトダイオードの断面構造とデバイス顕微鏡像
【研究背景と内容】
3μm付近の“中赤外”と呼ばれる光は、メタンなどの温室効果ガスや、呼気に含まれる分子、食品や薬の品質の違いなどを見分けられる、分子ごとの特徴(=分子の指紋)を読み取れる領域の光です。たとえば、メタン(CH₄)は3.3μmに強い吸収を持ち、漏えい監視や環境計測で重要です。これまで、この領域を高感度で計測するセンサーは冷却が必要で、大型かつ高価なものが主流であり、普及の障壁となっていました。一方、これまでの中赤外センサーは高価で、動作には冷却が必要なため、主に病院や工場など限られた場所での利用に留まっていました。従来のInGaAs半導体センサーでは、~1.67μm(“標準”)が主力で、先端の拡張型InGaAsでも~2.6μmが上限です(図2)。そのため、2.6~3.3μmの“すき間”を室温で埋めることができる小型・低コストの技術が求められていました。今回の研究で開発したデバイスは、
1.室温で動作可能
2.一般的な半導体プロセスにより制作可能(=量産に向いている)
という大きな特長があります。これにより、これまで困難だった家庭、医療、環境、食品産業など、生活に近い場面へ“中赤外センシング”を広く普及するための基盤が構築されます。

図2. iTCO/p型GeSn/n型Geフォトダイオードの分光検出能のベンチマーク。
本研究では3機関の連携によって、主に以下に挙げる複数の成果が得られました。
(1)高Sn組成GeSnを実現するMBE成長技術(名古屋大学)
Snの低固溶度による析出を抑えるため、低温MBEの成長条件を最適化し、高結晶性のp型GeSnをGe基板上に形成しました。これにより、3μm帯の吸収・応答を引き出せる材料品質を確保しました。
(2)高透過・高導電を両立するiTCO薄膜電極の開発(産総研+NEC)
従来の透明導電膜(例:ITO)は、可視~近赤外では広く用いられますが、より長い波長では反射が増大し、透過率が低下することが課題でした。本研究では、In2O₃にHとCeを共ドープし、固相結晶化条件を最適化したiTCOを導入することで、近~中赤外での高透過性と高導電性の両立し、受光層への効率的な光入力に成功しました(図3)。

図3. iTCO膜の近~中波赤外域での高い透過性。
(3)「iTCO×GeSn×pn接合」による室温3μm帯応答の実証(産総研+NEC)
iTCO電極の統合により、通信波長帯(1.55μm付近)で1.09 A/Wの高感度を達成し(図4)、近赤外~中赤外を1つの素子で扱えるデュアルバンド検出を実現しました。従来の金属電極では困難だった赤外光の効率的な取り込みを可能とし、表面照射型のp型GeSn/n型Geフォトダイオードによる室温3μm帯応答を初めて実証しました。これにより、分光センシング、ガス検知、環境モニタリング、多波長イメージングなど、異なる波長領域を同時に必要とする用途に対応でき、多機能化・高性能化に寄与します。

図4. iTCO/p型GeSn/n型Geフォトダイオードの感度特性。
【成果の意義】
本研究は、13.6%の高Sn組成GeSnエピタキシャル層をSn析出なし・高結晶品質で実現した、世界的にも極めて希少な成果です。これまで困難だった高Sn組成領域の安定成長を達成し、材料開発の重要な技術的壁を超えた点で大きな意義があります。
また、GeSn/Ge構造によって、近~中赤外域に対応するデュアルバンド検出構造を世界に先駆けて実証し、1素子で広波長帯をカバー可能であることを実証しました。これにより、多波長センシングに必要な複数の素子を一体化できるため、小型化・高機能化を両立する革新性が期待できます。また、iTCO電極の採用により、従来の金属電極では不可能だった高透過性と高感度性の両立を実現しました。赤外光の取り込み効率を飛躍的に高め、感度の向上につながる将来のキーテクノロジーとなり得ます。
以上のように本研究では、室温で3.3μm付近までの中赤外検出を実現し、市販InGaAsを超える長波長応答を達成しました。この成果により、従来のInGaAsではカバーできなかった中赤外領域を室温デバイスで扱えるようになり、冷却器を必要としない高感度センサーとして応用範囲が大きく広がります。
また、本成果は、低価格かつ高性能な近~中赤外イメージング技術を実現する中核技術として、産業実装へ直結が期待されます。IV族半導体注3)混晶デバイスはSi-LSIと材料互換性が高く、既存半導体プロセスを活用できるため、大面積アレイ化や低価格な中赤外カメラなどへの展開も期待できます。
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CRESTの研究領域「情報担体を活用した集積デバイス・システム(領域名:情報担体)」における2021年度採択課題「狭ギャップIV族混晶による赤外多帯域受発光集積デバイス」(グラント番号:JPMJCR21C2、研究代表:中塚 理)の支援のもとで行われたものです。
【用語説明】
注1)ゲルマニウム錫(GeSn)混晶:
GeとSnが混ざりあった結晶。通常、常温・常圧でSi、Ge、SiGe混晶などと同様のダイヤモンド型の結晶構造を取る。Geよりも狭いバンドギャップ、10%程度以上のSn組成で直接遷移化する特徴を持ち、近年、赤外線受発光デバイスをはじめ、様々な電子デバイスへの応用が期待されて、世界中で研究開発が進められている。
注2)低温MBE法:
MBE(Molecular Beam Epitaxy、分子線エピタキシー)法とは、超高真空中における加熱融解、昇華によって生じる原料分子(原子)ビームを、加熱した試料基板表面に付着させ、基板表面の結晶構造を引き継いだ結晶成長(エピタキシャル成長と呼ぶ)を促し、薄膜を形成する方法。今回、基板温度を低温化することで、Sn析出を抑制したGeSn混晶層のエピタキシャル成長を実現した。
注3)IV族半導体:
周期表における14族元素から形成される半導体材料。集積回路や太陽電池で広く用いられるシリコン(Si)をはじめとして、パワーエレクトロニクスで用いられるシリコンカーバイド(SiC)化合物、高周波デバイスなどに用いられるシリコンゲルマニウム(SiGe)混晶、赤外線検出器などに用いられるゲルマニウム(Ge)などが含まれる。
【会議情報】
会議・イベント名:Conference on Lasers and Electro-Optics (CLEO)
https://cleoconference.org/
会期:2026年5月17日~5月21日
開催地:米国ノースカロライナ州Charlotte
発表タイトル:Epitaxially Grown GeSn on Ge with Infrared-Transparent Conductive Oxide for Mid-Wave Infrared Photodetectors
発表者名:Rahmat Hadi Saputro, Tomo Tanaka, Hiroyuki Ishii, Shota Torimoto, Kaito Shibata, Yoshiki Kato, Shigehisa Shibayama, Masashi Kurosawa, Osamu Nakatsuka, and Tatsuro Maeda
発表日:2026年5月20日
予稿集:有(公開日:2026年5月17日)
※下線は名古屋大学教員(柴山、黒澤、中塚)、および大学院生(鳥本、柴田、加藤。一部は当時)。
【研究者連絡先】
名古屋大学大学院工学研究科
教授 中塚 理(なかつか おさむ)
TEL: 052-789-5963
E-mail: nakatsuka@nagoya-u.jp
日本電気株式会社(NEC)
博士 田中 朋(たなか とも)
お問合せフォーム:https://jpn.nec.com/cgi-bin/cs/opinion_form4.cgi
【報道連絡先】
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735 FAX:052-788-6272
E-mail:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp
日本電気株式会社(NEC) 研究&事業開発戦略統括部
お問い合わせフォーム:https://jpn.nec.com/cgi-bin/cs/opinion_form4.cgi
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