遠藤諭のプログラミング+日記 第208回
Speak & SpellとTI-99/4Aとクラフトワークとベル研
“合成音声”はかくも機械的なのに心を揺さぶるのか?
2026年04月24日 14時00分更新
合成音声の歴史年表を見に行こう!
電子的な声、機械が喋るといったら何を連想するでしょうか? しかも、鉄腕アトムなどのテレビアニメやSF映画ではなく現実の機械としてです。
私の場合、それは、1978年に米国の半導体メーカーTIが発売した「Speak & Spell」という教育玩具でした。初めて見たのは、新宿紀伊國屋書店のアドホック店(新宿通り寄りのアドホックビルにあった)の、たしか洋書や地方出版物の売り場で。いま調べてみると日本でも米国と同時発売だったとのことです。
そのあまりにもキュートな本体デザインを見れば、「ああ、映画『E.T.』に出てきたやつね」と気が付く人もいるでしょう。映画の中では、異星人であるE.T.と主人公の少年のコミュニケーション手段を担っただけでなく、E.T.が宇宙に帰るための装置にも改造された、映画の“カギ”となるアイテムでした。
「Speak & Spell」が発売されたのは、映画『E.T.』が公開される4年も前の1978年のこと。子どもが言葉を覚えるためのクイズやゲームができるようになっていて、単2乾電池4本を入れて電源を入れると、“ボヘボヘ”と、いかにもロボットのような起動音とともにVFDディスプレイに文字が浮かび上がります。
そう、1978年といえば、映画『スター・ウォーズ』で“R2-D2”が、やはり暗号のような電子音で喋った時代でもありました。
キーを1つずつ押すたびに「エックス」「ビー」「エフ」「ダブリュ」などと発音し、ゲームでSpeak & Spellが勝つと「アイ・ウィン」などと言う、その憎らしさと可愛さは、何十年たっても忘れられません。この電子知育玩具が、実のところ、電子的な合成音声の歴史の金字塔ともいえる製品にほかならないのでした。
4月25日(土)、26日(日)、幕張メッセを会場に開かれる「ニコニコ超会議2026」において、私も所属するZEN大学“コンテンツ産業史アーカイブ研究センター”(HARC)による、「合成音声の歴史」なる年表が掲出されます。
これをまとめたのは、伴龍一郎さん(同センター研究員にして株式会社KADOKAWAの社員であり株式会社伴大の代表取締役社長)で、「どのようにして機械が喋ったり歌ったりするようになったのか? 合成音声の技術史/思想史/産業史/表象史といったものをヒト・モノ・コトに分解した“メディア・スタック・クロノロジー”として展示します」とのこと。要するに、初音ミクに至る合成音声の歴史を、非常に詳細にまとめた年表になっています。
これは、「ニコニコ超会議2026」名物の年表と同じく、時間的スケールをそのまま体感できる物理的な大きさ、それに加えて“オレ歴史”という欄外エリアに自分史をポストイットの形でプロットできる参加性も提供されています。
“メディア・スタック・クロノロジー”とは、私が、この業界で仕事をしてきて常々感じていたことで、コンテンツというのは基本的にスタック構造の上に成り立っています。テクノロジーの上にデバイス、ソフトウェア、制作者と作品、供給プラットフォームやメディアがあって、その上にやっとオーディエンスがいる。しかも、それらが密接に影響しあっている。それを可視化していこうと、HARCとして取り組んでいくことになったものです。
まさに、「合成音声」というのはそうした構造を象徴するようなテーマで、私も、今回作られた全体からするとごく一部なのですが関わらせてもらいました。コンピューター屋の私としては、以下のようなトピックを年表項目候補としてお伝えしたのでした(すでに入れる予定だったものもあるかもしれないし、全体のバランスで入らなかったものもあるかもしれません)。
TMC0280(1978)
TI(テキサスインスツルメンツ)製のLPC(線形予測符号化=linear predictive coding)音声合成IC。このチップがあったからこそいろんなものができた、という歴史的チップです。「Speak & Spell」はあまりに有名ですが、記憶違いでなければ車にも搭載された気がします。この時代のTIはすごいです。TM23010などもありました。
Speak & Spell(1978)
TMC0280を開発したTIが、自らそれを使ったアプリケーションとして発売した教育玩具。TIは、Speak & Spellの前年にも「Dataman」というカワイイ電子教育玩具を発売していました。1970年代から1980年代はじめはリコーの「マイティーチャー」やソニーの「トーキングカード」など電子教育機器はありましたが、これらが磁気記録式だったのに対して、Speak & Spellの合成音声は、あまりにカッコいい。
TI-99/4A(1981)
TIは、同社のホビー系PCである「TI-99/4A」のオプションとして音声合成モジュールを提供。いかにもハードウェア屋のTIらしく、拡張モジュールがたくさん発売されていて、接続して拡張していける設計でした。私の月刊アスキー編集部に置いていたTI-99/4Aは行方不明になったままですが、青梅のマイコン博物館には現物があるようです。
クラフトワーク「コンピューターワールド」(1981)
音声合成チップを使った製品としては、やはりTIの「Language Translator」(Language Tutor)という電卓みたいな製品があるのですが、これをドイツの電子音楽グループであるクラフトワークが使っています。日本語バージョンも使われていて「いち、に、さん、し」とか出てくるんでした。
Mockingboard(1983)
1977年発売のアップルコンピューターの8ビットパソコン「Apple II」用の拡張カード。ほかにも、Apple IIの拡張カードでは「Echo II」(Street Electronics)などがありました。「SAM」(Software Automatic Mouth、1982)というソフトウェアによるアプローチもあったそうです。もっとも、個人的には、オープニングでいきなり喋ってしまう「Sea Dragon」というApple II用ゲームが頭に焼き付いています。
PC-6001mkII(1983)
NECのホームパソコンである“パピコン”ことPC-6001の後継機「PC-6001mkII」には、同社製の音声合成チップであるμPD7752が搭載。BASICの「TALK」命令で喋らせることができました。
SmoothTalker(1984)
Macintosh用のテキスト読み上げエンジンとしては、初代Macintoshの発表会で使われたと聞くMacinTalk(1984)がありますが、やっぱりSmoothTalkerをあげないわけにはいきません。Macworld Expoなどで、私の大好きな会話型ソフト「RACTER」(私のhortenseというハンドルはこのソフトから来ている)が延々と喋っていて来場者を驚かせたりしていました。
こんなところを伴さんには推薦したのですが、私がパソコン雑誌の現場にいた時代にも、合成音声に関する事柄はいくつもありました。よく覚えているのは、「VTML」(VoiceText™ Markup Language)を使ったNTTのガイダンスシステムの発表会です。我々の身の回りに合成音声があふれているて、その典型例といえます。その進化の系譜については、ニコニコ超会議2026の「合成音声の歴史年表」で、ぜひご覧いただけるとありがたいです。
身の回りの合成音声といえばトーキングウォッチもその1つ。私の時刻を喋る時計たち。銀色のSEIKO WRISTTALK DIGITALは、1987年にセイコーから発売された世界初の音声で時刻を知らせてくれる腕時計。
“音源”と“合成音声”
合成音声について、1つ記憶に残っていて、まったくその正体を知らないままだったものがあります。1980年代の前半、私は、恵比寿にあるKDD(現KDDI)の研究所によく仕事で出かけていました。
そこで、私が関わっていたのが「VENUS」という公衆パケット網のプロジェクトでした。私が担当したのはプロトコルマシンと呼ばれる、届いたパケットの順番を正しく並べかえたり、エラーがあったら送り返したり、そんなことをするモジュールでした。だいぶあとで知ったのですが、この「VENUS」は「VENUS-P」となり、さらに高速・大容量化して日本のインターネットの発端になりました。
そのVENUSの開発システムのある部屋に行く途中に放置されていたのが、「音声素片合成装置」と書かれた名札が半分剥がれてぶら下がったPDP-8(1960年代のDECのミニコン)でした。いま論文検索をしてみるとKDDでは、合成音声の研究を継続的にやっていたようです。
ところで、合成音声と同じように、電子的なあるいは人工的に“音”を作り出す技術としては、コンピューターのサウンド機能や電子楽器で使われる「音源」というものがあります。
今年1月にも、これもZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センターの取り組みで、ローランドが1980年に発売した「TR-808」の開発者である菊本忠男氏のインタビューをさせてもらいました。TR-808は、アナログドラムマシンでありその音がクラブミュージックをはじめ音楽をも変えたといわれる歴史遺産です。
こうした音楽用の音源というのは、ポジティブでワクワクする話になる傾向があると思います。人間は楽器の音が好きだからそれを聴きたくなり、それを再現するために音源を作ってきたわけです。TR-808にも、人間的な「クラップ」(Hand Clap=手拍子)が用意されており、ヒップホップを象徴する音になったとも言われますが、これも開放的で明るい印象があります。
それに対して、“人間が喋る声”を人工的に作り出すという「合成音声」というのは、「何を言い出すのだろう?」という独特の湿った空気があると思います。
子どもの頃に見た米国製SFドラマの『宇宙家族ロビンソン』(原題“Lost in Space”)に出てきたロボットであるフライデーの「キケン! キケン!」とか「計算デキマセン」というフレーズがトラウマになっているのかもしれません。あのロボットがこれを連発すると、高度なロボットのはずが、ブリキのおもちゃのような哀愁を漂わせるものがありました。
“音源”のポジティブさに対して、そんな“合成音声”の暗いオモチャ感を見事にひっくり返してくれたのが、「初音ミク」(2007)なのだと思います。
2010年代の合成音声といえば、アマゾンエコーを連想する人も多いでしょう。エコーのソフトウェア(スキル)の初期の仕組みを調べてみると、とてもよく考えられていました。スキルにはウェブ画面の入力欄に相当するスロットというものがあって、それらが埋められるまで人を誘導するだけなのです。「どのピザ?」「何枚?」という具合で、すべて揃ったらエンドポイントに飛んでいく。
自動販売機やエレベーターが喋ったり、アマゾンエコーのスキルがそうだったり、どれも人間に何かを求めるケースが多い。あるいは単に問われたものに答えるというパターンが多いように思われます。それに対して、初音ミクだけは、我々に音楽だけでなく“歌”をも届けてくれたのがすごい。
もっとも、2026年のいまはAIがもう人間なのか機械なのか判別できないような対話をしかけてきます。なんともちょうどよい区切りのタイミングで、合成音声の歴史を振り返ってみることになるのだとも言えます。
p.s.原稿をほぼ書き終わりつつあったタイミングで、以下の写真のようなものが本棚から転げて出てきました。伴さんが作られた年表にも、1960年代の米国ベル研究所による合成音声の取り組みが紹介されています。そのベル研究所が1963年に作った「Computer Speech」というレコードの現物です。
ベル研の合成音声のデモンストレーションを収録した7インチ33RPMのレコード。パンチカードで指示して、音声ピッチ、音量、唇の開き具合などの9つの制御信号をコンピュータが連続的に生成して合成音声を生成したそうだ。
どんな声だったのか、YouTubeの「Bell Labs "Computer Speech 'Hee Saw Dhuh Kaet' (He Saw The Cat)" 」で聴くことができます。
遠藤 諭(えんどうさとし)
ZEN大学客員教授。ZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役、株式会社角川アスキー総合研究所取締役などを経て、2025年より現職。MITテクノロジーレビュー日本版 アドバイザーなどを務める。雑誌編集長時代は、ミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍もてがけた。2025年7月より角川武蔵野ミュージアムにて開催中の「電脳秘宝館 マイコン展」で解説を担当。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『近代プログラマの夕』(ともにアスキー)など。
X:@hortense667
Bluesky:https://bsky.app/profile/hortense667.bsky.social
mixi2:@hortense667
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

この連載の記事
-
第207回
プログラミング+
秋葉原は「アキバノハラ」だったのか、「アキハノハラ」だったのか? -
第206回
プログラミング+
“宿題でAIを使いはじめる前”に、“AI的ゾンビ”(a-zombie)にならないための方法 -
第205回
プログラミング+
「電脳秘宝館・マイコン展」──Intel 4004“ナゾ基板”の正体と、日本最初の野球ビデオゲーム「ラスト・イニング」 -
第204回
プログラミング+
Geminiにタイ移住を命じられた――100日チャレンジからAI駆動生活へ、大塚あみさんインタビュー -
第203回
プログラミング+
「DGX Spark」は現代の「Apple II」である -
第202回
プログラミング+
マイコン誕生50周年の最後に「Apple 1」と『Yoのけそうぶみ』がやって来た! -
第201回
プログラミング+
秋葉原・万世書房と薄い本のお話 -
第200回
プログラミング+
11/2(日)ガジェットフリマと豪華ゲストによる変態ガジェットアワードが東京ポートシティ竹芝で開催 -
第199回
プログラミング+
現役“中学生”によって「変態ガジェットプロジェクト」が始動!! -
第198回
プログラミング+
「電脳秘宝館 マイコン展」で、あのマイコン、このパソコン、その原点を訪ねよう - この連載の一覧へ







