東京駅丸の内駅舎の中にある東京ステーションホテルが用意したのは、丸の内の朝を「静けさ」から組み立て直す体験型のプランです。主役は“誰もいない、静寂の美術館内”。舞台となる三菱一号館美術館を、開館前に美術館スタッフのガイドで巡る「建物ツアー」が組み込まれたお食事プランを企画しました。ふだんの鑑賞では人の流れに押されがちな階段や廊下、壁面の意匠が、音の少ない時間帯には輪郭を取り戻します。建物が持つリズムに合わせて歩けるのは、早朝ならではの特権でしょう。
好評のため今年度はいずれのプランもすでに満席となってはいますが、今回はこのツアーを起点に、丸の内エリアを代表する建築でもある三菱一号館美術館と東京駅丸の内駅舎内に位置する東京ステーションホテルについてご紹介します。
三菱一号館の魅力は、赤レンガの「見た目」にとどまりません。1894年、丸の内初のオフィスビルとして建てられ、設計は近代建築史で欠かせないジョサイア・コンドル。老朽化により1968年に解体されましたが、その後、原設計に則って同じ地に可能な限り忠実に復元されています。意匠や部材だけでなく、製造方法や建築技術まで詳細調査を踏まえて再現され、階段部手すりの石材など保存部材の一部が内部に再利用されていることも公式に示されています。建物ツアーでは、こうした「復元の精度」を、言葉だけでなく実物の手触りとして確かめられるのが大きいところです。
この“建物を読む”時間に、展覧会鑑賞がきれいに接続するのも本プランの要点です。三菱一号館美術館で開催される展覧会「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」のチケットが含まれており、プラン当日を含む会期中ならいつでも利用可能。朝の建物ツアーのあと、そのまま当日に観覧してもいいですし、後日に「今日は展覧会だけ」と切り分けることもできます。旅程の組み替えが利く設計は、見どころが多く街歩きが楽しめる丸の内滞在とも相性が良いはずです。
展覧会は、1876年に小林清親が手がけた『東京名所図』を起点に、深い陰影で“光”を描く「光線画」の魅力、その情趣を受け継いだ新版画へと視線をつなぐ構成です。スミソニアン国立アジア美術館のミュラー・コレクションを核に、清親から川瀬巴水、吉田博らへ連なる風景版画の系譜を辿ります。早朝の静寂をまとった建物を歩いたあとに、紙の上に定着した薄明の都市へ入っていく。ここには、単なる「ツアー+チケット」ではない、時間帯まで含めた演出があります。
小林清親《東京新大橋雨中図》明治9(1876)年 スミソニアン国立アジア美術館 Kobayashi Kiyochika/National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection, S2003.8.1102
出発点や食事会場となる東京ステーションホテルもまた、“建築と時間”をテーマにできる存在です。1915年に東京駅丸の内駅舎内に開業し、駅舎の保存・復原事業に伴い2006年から一時休館。全施設改装を経て2012年にリニューアルオープンし、ヨーロピアンクラシックを基調とした150の客室、10のレストラン&バー、フィットネス&スパ、宴会場を備えるホテルとして生まれ変わりました。コンセプトとして「Classic Luxury 時代を超えて愛される、上質なひととき」を掲げている点も、今回の“朝の静けさを味わう”企画とよく響き合います。
そして、このプランが丸の内らしいのは、ホテルと美術館が徒歩圏で結ばれ、移動そのものが街の景色に溶け込むところにもあります。ホテルスタッフや美術館スタッフが誘導しながら進行するスケジュールが組まれているため、参加者は段取りに追われず、街の朝の表情を心地よいテンポで受け止められます。なお、リリースでは明確に、建物ツアーは展覧会内容の解説を含まないことも示されています。建物は建物として深く味わい、展覧会は展覧会として向き合う。だからこそ、鑑賞体験が薄まらず、むしろ濃くなります。
丸の内は、昼に賑わう街であると同時に、朝の数時間だけ“音の密度”が変わる街でもあります。東京駅という巨大な起点を背に、重要文化財のホテルから、復元建築の美術館へ。人の気配が立ち上がる前に、建物の気配だけを先に受け取る。そんな順番で丸の内を味わえる機会は、意外と多くありません。今回のプランは、その希少な時間帯を、ホテルと美術館がきちんと形にしたものとして記憶に残りそうです。
東京ステーションホテル
住所:東京都千代田区丸の内1-9-1
TEL:03-5220-1111
サイト:https://www.tokyostationhotel.jp/
「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」
会期:2026年2月19日(木) - 2026年5月24日(日)
休館日:祝日・振休を除く月曜日但し、開館記念日の4/6、トークフリーデー[2/23、3/30、4/27]、5/18は開館
開館時間: 10:00-18:00(祝日除く金曜日、第2水曜日、会期最終週平日は20時まで)
※入館は閉館の30分前まで
観覧料:一般 2,300円 大学生1,300円、高校生 1,000円 中学生以下 無料
サイト:https://mimt.jp/ex_sp/shin-hanga
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