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自分の場所を見つけられる、都会的な庭

「Ginza Sony Park」がグランドオープン、ショールームではなくテナントも募らない、それでも続けられる理由とは

2025年01月28日 15時00分更新

文● HK 編集●ASCII

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いまソニーがあえて作った「銀座の庭」

 Ginza Sony Parkの場所は、東京・銀座。外堀通りと晴海通りが交わる数寄屋橋交差点に面しており、まさに銀座の顔ともいうべき存在感を持つ。ソニーがこの地に新しい建物を建てて人々を向かい入れるのは1966年建設の「ソニービル」以来、実に59年ぶり2回目のことだ。

 この地にかつて存在したソニービルには、ソニー創業者の盛田昭夫氏が「銀座の庭」と呼んだ10坪のパブリックスペースがあった。

 そのコンセプトを拡張・継承するとともに、ソニーがこれまで培ってきたユニークな挑戦の精神を具現化し、訪れるすべての人が「自分の庭」と感じられる空間であることを目指すビルディング施設がGinza Sony Parkだ。庭には地元など「よく知っている場所、よく足を運ぶ場所」という意味も含まれている。銀座における馴染みの場所、自分にとって特別な場所を作ったと考えてもいいかもしれない。

ソニービルの屋上に掲げられていたネオンサインを改修して新たに設置している

 このプロジェクトがスタートしてのは今から12年前の2013年。当初はビルを建て替えるプロジェクトだったそうだが、途中で方向転換があり、ソニーらしいユニークな建て替え、つまり公園を作るプロジェクトに切り替わった。

 第一段階ではすぐに新しい建物を作るのではなく、ビルの解体の途中(2018年8月~2021年9月)を公園にするという実験的な試みを形にした。その第二段階として解体・新築工事を再開。2024年8月にプロジェクトの最終形となるGinza Sony Parkが竣工した。その後、昨年の夏からイベントなどで部分的な公開/開放がなされてきたが、ついにグランドオープンを果たすことになった。

銀座の街を借景にする

 プロジェクトの中心人物であり、ソニー企業の代表取締役社長・チーフブランディングオフィサーを務める永野大輔氏は、著名な建築家・槇文彦氏のことばにインスパイアされ、Ginza Sony Parkのコンセプトを深めていったと話す。

 その言葉とは「パブリックスペースとはプライベートスペースの集合体である」というものだ。

 Ginza Sony Parkはその名称が示す通り、ソニーが銀座に作った公園であるが、いわゆる広場とは異なる建築物だ。建物全体が公園としてデザインされており、各フロアには大胆に吹き抜けを採用し、壁などで周囲と仕切るのではなく、外に向けて開かれた空間を形成している。これを永野氏は「借景」という言葉で表現する。

銀座メゾンエルメスは隣のビルだ。おかえりという看板が掲げられている

おかえりとただいまというやりとりが粋だ

 例えば、1階の拭き抜けから空を見上げると、並びにある銀座メゾンエルメスの美しいガラスブロックのファサードが目に入る。銀座の街並みと調和して夜は特に美しい。建物の構造は銀座の街に対して開かれており、普通の建物とは逆に、どのフロアーも外に向いている。

 また、銀座の街には超高層ビルがなく、高さを56m以下に収めることでその調和を保っているが、Ginza Sony Parkの高さは約34mとさらに低く抑えている。ビルから周囲を見下ろすのではなく、自ずと周囲の空間を意識するようになる。こうした「街とのつながり」が、訪れる人々に新たな発見と感動をもたらす。永野氏も「散策をする際には『ここいいね』というお気に入りの場所を見つけてもらえると嬉しい」とコメントしていた。

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