リガーレ通信 第4回

「有楽町の無形資産的な存在になりたい!」 <丸の内を彩る人々>第2回 YAU運営に携わるアートマネージャー 東海林さん

文●NPO法人大丸有エリアマネジメント協会(リガーレ)

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アーティストとまちのが共生する有楽町アートアーバニズム「YAU」

 大丸有エリアで元気に活躍する人々を紹介するシリーズ「丸の内を彩る人々」第2回となる今回は、YAUの活動を支える東海林さんにお話をお伺いしました。

――「アートアーバニズム」*という考え方に基づき、アーティストとまちの共生の舞台として2022年2月から始動した有楽町アートアーバニズム(YURAKUCHO ART URBANISM、略:YAU)ですが、これまで約1年半の活動を通して、運営に携わるアートマネージャーの東海林さんから見た有楽町におけるアートアーバニズムはどのように成長していると思われますか。立ち上げ時やこれまでの活動で印象に残っていることがあれば教えてください。

 また、「アートアーバニズム」という言葉はまだそれほど一般に浸透している言葉ではないようにも思うのですが、東海林さんはこの言葉を最初に耳にしたとき、どのような印象をもたれましたか。

 「アートアーバニズム」という用語を聞いた時の純粋な第一印象は、あまりピンときませんでした(笑)。「アート」と「アーバニズム」を並べたものですが、その姿がイメージしにくかった理由として、1つ考えられることがあります。

 私が「YAU」の構想を最初に聞いたのは2021年の末頃ですが、当時は社会的にコロナ禍の真っただ中で、テレワークが全盛期を迎え、私自身も日々の仕事をテレワークで行っている状態でした。コロナ禍では、分野によって差はあると思いますが、インフラ整備が急速に進み、ある程度の仕事がオフィスに足を運ばなくてもオンライン上で出来るようになりました。同時に、「会社に出社する」、「仕事はオフィスで行うもの」という従来の価値観が揺らぎ、違う価値観に飛び火して新たな考え方が生れつつある状況が新型コロナウイルスによって半ば強制的に立ち現れました。

 そのような状況下で「アートアーバニズム」という言葉は、そもそも機能していることが前提であった「都市」そのもののあり方が揺らいでいたことや、先行きが見えにくい社会状況が、ピンとこなかった原因なのではと思います。

 一方で、今となってはその状況が「アートアーバニズム」という価値観と向き合う良いタイミングだったのではないかと思っています。

 もちろん、これまでも「アート」と「都市」は親密な関係であり、例えば国内における芸術祭の起源などを見ても、広く「アート」と「街」というのは関わりがありました。とはいえ、有楽町という新たな場所で、独自のアートアーバニズムをどのように展開できるのか、有楽町とアーティストが互いにどのように引き合うことができるのかな?ということを考えていました。

――ビジネス街にアーティストが「居ること」についてどのように感じていらっしゃいますでしょうか? ビジネスパーソンと「アーティスト」とのかかわり方で印象的だった企画や交流、イベントがあれば教えてください。

倉田 翠 演出・構成『今ここから、あなたのことが見える/見えない』
撮影:山本 華

 アートアーバニズムを念頭にしたYAUの活動で印象的だったのは、ダンサーで演出家の倉田翠さんが、大丸有エリアを中心としたワーカーと作り上げた演劇作品とその制作過程です(『今ここから、あなたのことが見える/見えない』)。2022年5月、YAUが主催した展示をはじめとする複合的イベント「YAU TEN」での初演を経て、国際フォーラムで再演(2022/主催:大丸有SDGs ACT5実行委員会、一般社団法人ベンチ)され、作品の反響も大きかったのですが、この作品を作り上げる過程での人々のかかわり・対話・その後の交流を傍で垣間見ると、もちろん演目のために集まっているのがきっかけなのですが、単純に公演が終わったら「解散!」ではなく、現在も交流が続いているということですね。

 間もなく埼玉の「さいたま国際芸術祭2023」で倉田さんの新作が上演されるのですが、その公演を皆で見に行こうという声があがったり、夏にバーベキューをしよう!というように、出演者の絆が深まって、日常生活においても生活に変化をもたらしていることを感じます。

 一見するとその変化は、アートと何が関係あるの?と思われるかもしれませんが、倉田さんの作品を通して集まった人々が、これまで自分になかった考え方や視点を得たり、作品に参加することで見ることが出来た風景、出会った人達や過ごした時間は、アートが媒介だったからできたことではないかと感じています。アーティストと大丸有で働くビジネスパーソンが繋がって作品を創り上げ、今でも関係性が継続している、その起点が、YAUの活動によるものだったということは1つ大きな出来事だったのかなと思います。

――東海林さんにとっての大丸有エリアとは? 実際にYAUが始動する前と後で変わったこと、変わらないこと、あるいはもともと抱いていたイメージとのギャップがあれば教えてください。

 YAUで活動している多くの方と同様に、私もYAUに関わるまで、この街との接点はあまりありませんでした。有楽町といえば国際フォーラムがある場所という認識で、「アートフェア東京」といった大きなアートイベントのために来る程度でしたが、YAUに参画して、有楽町が自分の街になりつつあると感じています。そして、アーティストを含めていろいろな人たちに有楽町を舞台にしてほしい、自分の街にしてほしいというのは、YAUの想いでもあります。

 私の例ですが、仲通りを歩いていると、鎌倉珈琲さんが出店されていて、橋本さん(「丸の内を彩る人々」第一回目に登場https://lovewalker.jp/elem/000/004/144/4144970/ )に、手を振って挨拶をしてきた、というような場面に、自分が街のワンシーンになっているのを実感します。そして街の中に話せる人がいるって、なんて心地よいんだろう!と、自然に思えたことでしょうか。

 ちなみに、今日履いているパンツは有楽ビル1階にある「心斎橋リフォーム」さんに丈を直してもらったものです。自宅近くの店ではなく、YAUがある有楽町ビルの「心斎橋リフォーム」を選んだのは、自分が有楽町にいることを何かの形で残したいと思ったからです。そしてお直しを依頼するための会話から、お互いに何をやっているのかという話題になり、お店(有名なセレクトショップの中にも店舗があること、心斎橋を新橋と自分が勘違いしていたことに気が付く(!)など)への理解が深まり、それが有楽町という街への接続や愛着につながっている気がします。それは私だけでなく、YAUを使ってくれた東京工芸大学の学生たちが有楽町ビルの地下にあった石川亭のお弁当を買うときに自分たちの展示の案内をして、お店の方が実際に展示を見に来たりというように、YAUをきっかけにそれぞれの交流が生まれました。

 有楽町の人たちとの関わり、ということだけで言えば、「アートアーバニズム」という言葉自体の定義には入っていないかもしれませんが、射程を広くとらえると、有楽町で人と関わっていくきっかけという意味では変わらないと思いますし、私も積極的にその一部になりたいと思っています。

――ビジネス街にアーティストがいること。その意義とはなんでしょうか?

梅沢英樹 + 佐藤浩一《緩慢な尺度において》(『YAU TEN』、国際ビル、2022)
撮影:TOKYO PHOTOGRAPHIC RESEARCH

 昨年の「YAU TEN」(2022年5月20日〜27日開催  https://note.com/tpr/n/nfb217af755a6) に参加された梅沢英樹さんと佐藤浩一さんというアーティストは、エネルギー問題に関心がありました。そこで、大丸有エリアのエネルギー供給を支えている「丸の内熱供給株式会社(以下「丸熱さん」)」にお話を聞きたい、ということで、エコッツェリア協会さん(産官学民とのパートナーシップを図り、エリアのまちづくり推進や、エコに関する調査研究を行っている団体 https://www.ecozzeria.jp/about/)にご協力いただき、丸熱さんに伺って撮影させていただく機会がありました。その時の「アーティストが考えていることと、エコッツェリア協会の活動、大丸有エリアにエネルギーを安定的に供給していきたいと思っていることというのは、それほど遠くないのかもしれませんね」という言葉がとても印象に残っています。

 「私たち(エコッツェリア協会)のビジョンを完全に説明するには、(指でのジェスチャーを交えて)厚さ5センチくらいの説明資料が必要ですが、アーティストのお2人は10分の映像作品で伝えてしまうのですね。」という発言にも表れるのですが、「表現方法は全く違うけれども、見ているビジョンは真逆のものということはなく、思い描いている世界は案外通じているのだな」という発見を、その時の交流を通じて双方に実感できたのは貴重な経験でした。

 日本屈指のビジネス街といわれる場所に、アーティストが常に居られるというプロジェクトは、YAUを除くとおそらく日本のどこにもないのではと思います。大丸有という面積としても大きなビジネスエリアでリサーチが出来ること、それだけではなく、同じエリアにあるYAU STUDIOで日常を過ごし、考え、制作を行う過程において、街がアーティストに対しても影響を与えていると思います。YAUの活動は異色であると思われるかもしれません。けれども実はそれほど遠い場所ではなく、お互いに意見を交換したら新しいものが生れるのではないかな?と感じさせてくれる出来事や発見に溢れています。

――YAUに関わって変わったこと。東海林さん個人として感じることがあれば教えてください。

『YAU TEN ‘23』に向けてミーティングを行う企画運営チームとアーティスト

 一緒に働くメンバーが多彩なバックグラウンドの経験をもっていることも、YAUの活動に関わったからこそ感じています。YAUの運営でご一緒している舞台芸術分野で活動する一般社団法人ベンチや写真・映像を中心としたアーティスト・コレクティブのTOKYO PHOTOGRAPHIC RESEARCH、アートプロジェクトには欠かせないアートマネージャー、建築家、三菱地所さんなど、企業の側面からエリアマネジメントを考えている方々を含めて、それぞれのプロフェッショナルの方々と頻繁に会話を重ね、仕事の仕方を学んだり、間近でそれを見ることができました。

 YAU STUDIOのように1つの場所で、団体・個人を問わずこれだけ多種多様なバックグラウンドを持った人々が日常的に肩を並べるというのは、珍しいと思います。あるプロジェクトや芸術祭のためだけのメンバーとして短期間協業して終わりではなく、もっと中長期的に、有楽町をどういう街にしていけるのか、どうやってYAUをよくしていこうか、皆が楽しくいられるか、ということを日々議論しながら試行錯誤しつつ、みんなで脳みそになれるということはとても素敵なことだと思います。そしてその先に「アートアーバニズム」という鱗片がある、という共有がなされていることも重要です。

 ただ、コロナで世界の在り方や人々の価値観が変わったように、街も変わるように、アートのあり方や都市を取り巻く環境が変わり、それによってアートもアーバニズムも、日々更新されていくものだとすれば、確固たるミッションやビジョンを持っていても、一方で持ち過ぎず、そこに自分たちがんじがらめにならないことも大切かもしれません。大丸有という日本をリードするビジネスエリアにYAUのような場所があること自体の先進性も含めて、「アート」、「街づくり」、「私たち」が含む価値観をお互いにぶつけたり、掛け合わせることで、新しい価値を生み出していけるのではないかと思います。

 今後も、様々なバックグラウンドや経験を持った方々と仕事をしていくということは変わらないので、マニュアル通りには作れないYAU STUDIO、自分たちの居場所と思える環境作り、そして有楽町は自分たちが来られる場所なんだと思えるようなYAUの活動とそのチーム作りに取り組んでいきたいと思います。

 短期の成果としてすぐには見えにくいかもしれませんが、ジワリと人や街は変わっていくと思います。YAUに関わる人が増えればその変化の母数も増えていくように、アーティスト、クリエイター、ワーカー、多様な人々がいることでここならではの「アートアーバニズム」を実践していこうと思います。誰もが集える、でもYAUらしい場所と感じられる場づくりを続けていきます!

――エリアで好きな場所やお気にいりの場所があれば教えてください。

 これは、王道の答えになってしまって、皆さんにとって面白くないかもしれませんが(笑)、仲通りです。というのもこの夏(とても暑い夏でしたね…)に仲通りで蝉が鳴いていたんです。この都心のど真ん中で、蝉がいるんだ!というのが驚きであり発見でした。

 私自身、YAUの活動を通して仲通りがどのような歴史を歩んできたのか学ぶことができました。今では日常の一部として目の前に広がる仲通りの風景と人々の賑わいは、これまでの都市計画に関わってきた方の議論・調整の積み重ねがあって現在の姿になっているのです。そして、実はアーティストもその重みを感じて、その重みからインスピレーションを受けているんだろうと思います。

 仲通りに込められた想い、仲通りを形作るために費やされた努力や世代をまたいで関わった人の力と時間と議論が費やされた場所。それは大丸有エリアの背骨になってしかるべきだし、そこに人が集まる姿を見るのは感慨深いものがあります。そこにアーティストの活動が染み出して、人々が対話している姿がどんどん発展していけばよいと思います。

先の「搬入プロジェクト 丸の内15丁目計画」(https://www.mec.co.jp/news/detail/2023/09/08_mec230908_hantopen)でもそれを感じる出来事がありました。参加したアーティストのインタビュー記事にあったのですが、「搬入プロジェクト」の物体が、丸ビルから新有楽町ビルに入るまでのルートに、初期段階から仲通りを歩くことがセットになっているということが意外に思ったそうなんです。議論を重ね、仲通りの変遷を知ることで、「仲通りという街の骨格が大事なんだなと考えるようになった」と言います。大丸有エリアの象徴でもある仲通りについて、アーティストがその破片を拾ってくれたことが、すごくうれしかったです。

――最後に有楽町ビルの閉館まで行われている『YAU TEN ‘23』(~10月22日)についてもご紹介をお願いします。

『YAU TEN ‘23』イメージビジュアル
デザイン:鈴木哲生

 今回の展示に参加しているアーティストは、これまでにYAU活動でご一緒した方々です。有楽町ビルの閉館に向けて、YAU STUDIOだけでなく、ほかのフロアでも展開していますので、ぜひご覧ください。

 普段、皆さんが美術館やギャラリーで展示されている作品とはまた違う顔を持っていたり、見え方がすると思います。それこそが、有楽町にアーティストがそこにいる証拠、痕跡のようなものだと思います。

 作品を「発表」する空間だけでなく、普段からアーティストがいる場所で、そこから刺激を受け合えるということが大切なのではと考えています。そこに街の人々がどのようにかかわっていけるのか、街に飛び出す取り組みも積極的に増やしていきたいと思いますので、国際ビル移転後の活動に皆さんもぜひご注目ください!

『YAU TEN '23』
日時:2023年10月9日(月・祝)〜22日(日) 12:00〜18:00 *水曜日は20:00まで
場所:有楽町ビル(千代田区有楽町1-10-10)10F ほか
鑑賞・参加料:無料(イベントのみ事前申し込み制)
https://note.com/arturbanism/n/n1bd5776d494e
https://yauten23.peatix.com/

<YAU:有楽町アートアーバニズムとは>
都市空間創造や都市活動展開を一体化させる新しい街のムーブメントを、「アート」+「アーバニズム」を掛け合わせた造語「アートアーバニズム(*)」として始動することを提言し、既成の枠を超えるクリエイティブな感性を秘めたアーティストたちが、ビジネス街という場と出会うことから生まれる新たな潮流を、大丸有エリアで実現するコンセプトとして策定しました。
その実証パイロットプログラムとなる有楽町アートアーバニズム「YAU(ヤウ)」は、大丸有エリアの立地企業などによるアーティストの持続的な支援を通して、大丸有エリアにおけるイノベーションを誘発する仕組みの構築を目的としています。

*アートアーバニズムとは https://note.com/arturbanism/n/nc7f4c47f11ec