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SAP Sapphire 2023のポイントは? クラウド/オンプレ分離、組み込みAI、パートナー戦略…

SAPジャパン鈴木社長に聞く“クリーンコア”実現の重要性

2023年06月05日 07時00分更新

文● 末岡洋子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 SAPの年次イベント「SAP Sapphire 2023」が2023年5月16~17日、米フロリダ州オーランドで開催された。Microsoftとの提携を通じたジェネレーティブAI(生成AI)の組み込みといった発表もあったが、あらためて現在のSAPが訴えたいメッセージとは何か。会場でSAPジャパン 代表取締役社長の鈴木洋史氏に話を聞いた。

SAPジャパン 代表取締役社長の鈴木洋史氏。「SAP Sapphire 2023」会場にて

クラウドカンパニーとしてのSAP、“クリーンコア”を呼びかけ

――コロナ明けで規模が小さかった昨年と比べて、今年のSapphireは大盛況となりました。日本からは約200人が参加したそうですね。今年のSapphireの感想をお聞かせください。

鈴木氏:組み込み型AIをはじめ、新しいイノベーションが発表されました。クラウドへのシフトが進んでおり、これら新しいイノベーションはクラウドで提供されます。これまで、時差はありましたが、クラウドで追加した機能はオンプレミスでも追加してきました。今後は完全に切り離すことになります。クラウドへの投資を鮮明にしたのが、今回のSapphireと言えるでしょう。

 クリスチャン(CEOのクリスチャン・クライン氏)が基調講演で「クリーンコア」の重要性について話しましたが、フィット・トゥ・スタンダードやクリーンコアを通じてビジネスの標準化、そして簡素化を進める。それを「SAP Business Technology Platform(BTP)」を核とした「RISE with SAP」「GROW with SAP」が実現するというSAPの戦略が、いっそう鮮明になったと思います。

――日本企業はカスタマイズが多く、クリーンコアという考えとは対極にあるように見えます。

鈴木氏プロセスをSAPのスタンダードに合わせることが重要になります。クリーンコアにプロセスを合わせることを大前提としてプロジェクトを進め、ギャップがあればBTP上でノーコード/ローコードの「SAP Build」や、今後出てくるさまざまなAI機能を使って強化する。そういう考え方で進めることを推奨しています。

 SAPはRISE with SAPをご検討いただいているお客様に、「Signavio Process Discovery」を使ったビジネスプロセス分析を無償で提供しています。フィット・ツー・スタンダードに変えるとどのような効果があるのか、といったことが分析できます。

 進め方としてはボトムアップ、トップダウンの両方が重要になると考えます。両者の“サンドイッチ”で進めていくことが有効でしょう。

――トップダウンとボトムアップのサンドイッチを、具体的にはどのように進めるのでしょうか?

鈴木氏:ガバナンスモデルとして説明していますが、プロジェクトを進めるうえでどのように舵を切るのか、ステアリングコミッティなど意思決定を行うレベルをしっかり定義し、ギャップが出てくればアドオンを作るかどうかの判断をする。判断は「現場に落とさずやる」必要があります。

 と言うのも、現場はそれまでのやり方に慣れており、できればそれを踏襲したいという意識が働きます。それは仕方がないことですが、全体最適の視点を持っていただく。フィット・ツー・スタンダードによりどのような経営上のメリットがあるのかを、現場に理解してもらいながらプロジェクトを進める。

 これが、本当の意味での効率化や生産性の向上につながる、つまりSAPを使う価値が最大化される取り組みになります。こうした進め方を、SAPだけでなく導入パートナー様も一緒になって推進していきます。

――パートナー企業にとっても、クラウドはオンプレミスと異なります。パートナー企業の意識は変わってきているのでしょうか?

鈴木氏:クラウド時代になり、パートナー企業の皆様にもSAPの方針を理解いただいています。これまでどおりアドオンを作ればいい、という発想のパートナーはほとんどいません。ギャップが出た時はBTP上で構築いただく、というやり方を進めていくことにより、将来のバージョンアップなど運用面で進めやすくなるというメリットもあります。

 カスタマー・バリュー・ジャーニーとして、お客様の価値をパートナー様とわれわれが考えることにより、お客様、パートナー様、SAPにメリットをもたらすことが可能です。

クラウド化実践の課題は「チェンジマネジメント」

――「2023年はクラウド化実践の年」だと宣言されています。数ヶ月たった現時点での感触は?

鈴木氏:非常に良いですね。

 2020年にRISE with SAPをスタートし、それ以来、日本でもクラウドへのシフトがかなり進んでいます。S/4HANAをお使いいただくお客様の多くがRISE with SAPをご選択いただいています。

 さらに今年4月には「GROW with SAP」も発表しました。中堅中小企業がフィット・ツー・スタンダードで導入できるものですが、大手企業が本社はRISE with SAP、子会社さんはGROW with SAPでという2ティアモデルの組み合わせも進んでいます。

 DXブームもありますが、自社で運用するのではなくなるべく任せたい、それにより業務にフォーカスしようという考えの企業が増えています。セキュリティなどインフラの部分には、提携するハイパースケーラーを含めて相当な投資をしています。SAPは売り上げの18%に相当する7000億円近くを毎年開発に投じていますが、かなりの部分をクラウドの運用、インフラ、セキュリティの強化に充てています。

――一時期は「2025年の崖」がよく言われましたが、日本でもクラウドへの移行が進み始めたということですね。

鈴木氏:グローバルでは2022年の売り上げが11%増、クラウドは33%増、カレント・クラウド・バックログは27%増で、日本もグローバル同様に好調です。クラウドはグローバルを上回るペースで成長しています。

 われわれは(旧版であるSAP ERP 6.0の)保守期限を2025年から2027年に延長しました。再度延ばすことはないと宣言していますので、多くのお客様がそれに向けて手を打っていらっしゃる状態です。レガシーからの移行が無計画という企業はほとんどないと見ています。

――クラウド化実践を進める中で、現時点で課題を感じていらっしゃることは?

鈴木氏:やはりチェンジマネジメントをいかに進められるか。このチャレンジが最も大きいです。

 これに対して、SAPでは導入、本格稼働後の利活用を促進するチームである「カスタマー・サクセス・パートナー(CSP)」を拡充しました。これまでは営業が中心となり、ソフトウェアを販売して契約をいただいたら、導入はパートナー任せで実際に稼働してから保守を提供する“売り切り型”のビジネスモデルでした。これをガラリと変えています。

カスタマーサクセス担当のCSPが、顧客と長期的に併走しながら変革を支援していく(今年2月の発表会資料より

 クラウドになると、お客様のところで何人のユーザーが、いつ・どのぐらい使っていらっしゃるのか、契約いただいているモジュールのうちどれを使っていただいているのかなどがモニタリングできるため、そこをしっかり分析して利活用をしっかりサポートできます。

 ERPだけでなく、調達の「SAP Ariba」であれば、どのサプライヤーさんから何を・いつ・いくらで購入しているのかなどがわかるので、同業種の平均と比べて高いのか、低いのか、複数の事業で同じものを同じサプライヤーさんからバラバラに調達しているのかなどの分析を四半期に一度報告しています。「SAP Commerce Cloud」の仕組みもCloud ERPと同じ部門に入り、ワンセットで提供していますが、コマースではコンバージョンがどのぐらいか、なぜ離脱したのかなどの分析とともに、売り上げをさらに上げるためのご提案もしています。

 このように「お客様の利活用状況がわかり、改善に繋げるための打ち手をご提案できる」というのは、お客様にとっても大きなメリットになっていると思います。

パートナー戦略:SIerの国外進出を支援するRSSP

――今回のSapphireではMicrosoftとの提携を発表し、Sapphire直前にはGoogle CloudやIBMとも提携を発表しました。パートナー戦略を色濃く打ち出しています。

鈴木氏:SAP一社でできることは限られます。われわれが目指す“世界をより良くする、人々の生活を向上させる”を実現するために、(1)ビジネス変革、(2)サプライチェーンの強靱化、(3)サステナビリティ経営の実践、と3つを戦略の柱にしてきました。

 この3つを推進するために、エコシステムの重要性が高まっています。得意な領域を持たれているパートナーさんとグローバルレベルでしっかり連携し、全体のソリューションを提供していく。インフラではハイパースケーラー、そこに今度はAIが組み込まれます。Google Cloudとは「SAP Datasphere」で非SAPの仕組みから有効なデータを集約するのを支援するために、IBMとはWatsonで、それぞれ提携しました。自動化ではUiPathとの提携も発表しており、例えばSignavioでビジネスプロセスを分析した後に、UiPathのRPAによるプロセスオートメーションが可能になります。

――地域レベルでは先に「Regional Strategic Services Partner(RSSP)」イニシアティブを発表し、日本からアビームコンサルティングと富士通が参加しています。

鈴木氏:RSSPはアジアリージョンを中心としたパートナーで、その上位にはグローバルのGSSP(Global Strategic Services Partner)があります。日本のSIerさんが世界を目指すにあたって、まずはアジアで展開し、その後世界を目指していただく。そのようなイニシアティブになります。われわれと一緒に成長するSIerさんがどんどん増えるといいですね。

――最後に日本の読者へのメッセージをお願いします。

鈴木氏:SAPはクラウドにコミットしています。今後SAPをご検討いただくうえで、将来の拡張を考えるとクラウド版が価値をもたらすと確信しています。

 SapphireではジェネレーティブAIを組み込んだERP、人事などのデモがありましたが、このような革新的な機能が今後どんどん増えていきます。そのような機能をすぐに利用できるのが、クラウド版のERPやその他のSaaSとなります。

 そのようなクラウドのメリットを日本のお客様に訴求し、同時に今までのやり方で価値があるプロセスは残しながら、そうじゃないところは標準に合わせるようお伝えしていきます。SAPをフル活用して、生産性を劇的に上げていただきたい。それが日本の国力アップにつながると信じています。GDPが30年も横ばいという国はありません。一緒に日本を元気にしていきたいですね。

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