まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第83回
【第2回】「少年ジャンプ+」編集長細野修平氏による大学特別講義
少年ジャンプ+が大ヒットの確率を上げるために実行中の成長戦略とは?
2023年04月01日 15時00分更新
マンガをデジタル配信する強みは「試行回数を増やせる」こと
前回に引き続き、「少年ジャンプ+」編集長・細野修平氏による特別講義をお届けする。今回は、大ヒットを目指すなら紙よりもデジタルのほうが有利だと言える理由、媒体として大きく成長するためのループが回り始めている現状などを語っていただきました。
◆
細野 おかげさまで、「少年ジャンプ+」はその後しっかり成長していきました。次は成長のポイントを見ていきたいと思います。
「少年ジャンプ+」は初期から『課金よりもヒットを目指そう』と考えていました。デジタル――今はDXとか言われていますが――の良いところは、見える化しやすいことです。逆に言うと、見える指標を追いかけることになるので、安易にお金儲けに走りがちなのです。
私たちも初期にはLTV(=Life Time Value)、つまりユーザーが入会中にできるだけお金を落としてくれるように頑張りましょう、みたいなことを言われました。でも『それは見えやすいし、わかりやすい目標だけれど、ちょっと違うよな』と思いまして、「じゃあ私たちはお金ではなくヒットを目指そう」と。
ヒットというのは見えづらいものなので結構難しいのですが、そこで安易にお金儲けに流れずにヒットを目指そうと頑張ってきました。具体的には、デジタルの良さとマンガの良さを組み合わせて試行回数を増やそうと考えました。
デジタルの良さとは何かと言うと、このあとちょっと説明しますが、ページ制限がないこと。紙の「週刊少年ジャンプ」は、マンガだけではなくさまざまなものが載っておおよそ週に1冊500ページくらいの雑誌になっています。
これを1000ページまで増やすと、原価と共に定価も上がってしまいます。ところが、デジタルなら紙代がかからないのです。
もちろん、お金がかかる部分はありますが、そもそもマンガの良さとして「コストが安い」ことが挙げられます。図には、1本の作品を試すときに掛かるお金の順番を書いてみました。みなさんもご存知だと思いますが、ゲームはものすごくお金が掛かります。数億円から数十億円という単位で。
次にアニメですが、今は費用が上がっていまして、1話分の制作費だけでだいたい3000万円から4000万円くらい掛かります。それ以外の費用を足すとやはり億円単位です。Webtoonも――最近はスタジオ制で作っていると聞いたことがあるのではないでしょうか――関わる人数が多いので、やはりマンガよりもお金が掛かります。
おすすめの関連記事
Netflixが日本アニメに大金を出すフェーズは終わった
というわけで、デジタル+マンガの良さというのは、「ページ制限がなく、制作コストが安いので、試行回数が増やせる」ことなのです。
では、なぜ試行回数を増やすのかと言えば……我々はさまざまなノウハウも持ってはいるのですが、結局のところ、繰り返し何度も試すことが重要だからです。具体的にどれくらい試しているのかと言うと、「少年ジャンプ+」の場合、2022年1月から11月までに新連載を22本始めています。そして、読切は299本載せています。
これは何を示しているかと言うと、要するにほぼ毎日読切を試しているということです。おそらくこの本数は、日本の出版界で一番多いのではないかと思います。
さらに、配信ページ数です。これは2016年からどんどん増やしています。2019年、2020年に少し停滞があるかもしれませんが、それでも4万ページ以上試しています。
2022年の2万1940ページもじつは6月くらいの数字で、10月いっぱいの段階で4万7000ページ配信済みです。2021年に配信した総ページ数を現段階で超えています。おそらく2022年は5万ページ以上配信することになるのでは。
これがどの程度かと言うと、先ほど述べた「週刊少年ジャンプ」が1冊500ページで、合併号があるので年に50冊出ませんが、仮に50冊としても2万5000ページなので……その倍くらいを「少年ジャンプ+」は配信しています。
それもすべて「試行回数を増やすのが大事」という方針に沿った行動なのです。
この連載の記事
-
第107回
ビジネス
『陰の実力者になりたくて!』の公認Discordはファンコミュニティー作りの最前線だ -
第106回
ビジネス
ボカロには初音ミク、VTuberにはキズナアイがいた。では生成AIには誰がいる? -
第105回
ビジネス
AI生成アニメに挑戦する名古屋発「AIアニメプロジェクト」とは? -
第104回
ビジネス
日本アニメの輸出産業化には“品質の向上よりも安定”が必要だ -
第103回
ビジネス
『第七王子』のEDクレジットを見ると、なぜ日本アニメの未来がわかるのか -
第102回
ビジネス
70歳以上の伝説級アニメーターが集結! かつての『ドラえもん』チーム中心に木上益治さんの遺作をアニメ化 -
第101回
ビジネス
アニメーター木上益治さんの遺作絵本が35年の時を経てアニメになるまで -
第100回
ビジネス
『THE FIRST SLAM DUNK』で契約トラブルは一切なし! アニメスタジオはリーガルテック導入で契約を武器にする -
第99回
ビジネス
『THE FIRST SLAM DUNK』を手掛けたダンデライオン代表が語る「契約データベース」をアニメスタジオで導入した理由 -
第98回
ビジネス
生成AIはいずれ創造性を獲得する。そのときクリエイターに価値はある? -
第97回
ビジネス
生成AIへの違和感と私たちはどう向き合うべき? AI倫理の基本書の訳者はこう考える - この連載の一覧へ