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顧客/従業員/ブランドエクスペリエンスの数値化と管理は日本企業に浸透するか

デジタル時代に「XM」が大切な理由、クアルトリクスCEOに聞くXMの現在

2022年11月17日 08時00分更新

文● 末岡洋子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 これまで“勘と経験”に頼ってきたおもてなしだが、デジタルの世界ではそうはいかない。顧客を知り、顧客に合わせて適切なエクスペリエンス(体験)を提供し続けることが求められる。それを現実化するべく、クアルトリクス(Qualtrics)はエクスペリエンスを数値化するという研究からスタートし、2002年に創業された。

 現在は「顧客体験」だけでなく「従業員体験」「ブランド体験」「プロダクト体験」にまでそのターゲットを拡大しているクアルトリクス。同社CEOのジグ・セラフィン(Zig Serafin)氏、カントリーマネージャーの熊代悟氏に話を聞いた。

米Qualtrics CEOのジグ・セラフィン(Zig Serafin)氏(右)、カントリーマネージャーの熊代悟氏

――クアルトリクスは体験を管理する「XM(eXperience Management)」の活用を提唱してきました。日本でのXMの浸透についてどう見ていますか?

セラフィン氏:日本におけるXMは、まだ始まった段階だと見ている。企業はデジタルで顧客や従業員とつながろうとしており、新型コロナはこの動きを加速させた。「素晴らしいエクスペリエンスを構築する」という変革に向けてスタートを切っている。

 顧客は1、2回悪い体験をすると、すぐに他のブランドに移る。我々のリサーチでは、カスタマーエクスペリエンスが乏しいことに起因するコストは1910億ドルに達していることがわかった。顧客や社員の持つ期待値は高まっているので、素晴らしいエスペリエンスを提供、管理するためにはシステムが必要だ。

 クアルトリクスのプラットフォームを使うことで、製品やサービスを提供する方法を変えて、市場における優位性を得られる。

――顧客、従業員、ブランド、プロダクトと4つの領域でXMプラットフォームで提供しています。XMプラットフォームとして一元化することで、どのようなメリットが得られるのでしょうか?

セラフィン氏:それら4つの間で好循環が生まれる。

 顧客はインターネット検索やアプリを通じてブランドとの接触をスタートする。あるいは店舗に行って製品やサービスに触れることからかもしれない。そして製品やサービスを実際に使い、サポートを受ける。販売やサポートの場面では、従業員とのやり取りが発生する。優れたサポートを受けることができれば、満足した顧客はまたそのブランドに戻ってくる。

 このように、ライフサイクルとして無限のループのようなものを構築できるのが我々のXMプラットフォームだ。XMプラットフォームを利用することで、先進的な企業においては個々の部門が顧客と断片的な接点を持つのではなく、4つのエクスペリエンスの組み合わせで相乗効果をあげている。

 今でこそ「エクペリエンスの重要性」が語られるようになったが、クアルトリクスは競合他社の10年以上前からこの分野の研究をしており、学術的手法に基づいて製品を構築している。どのような業種、規模の企業でも、エクスペリエンスを管理できる。

 メリットはいくつかある。例えばスピード。顧客に最高のサービスを提供するために、適切なタイミングで意思決定をして行動をとることができる。マイナスのエクスペリエンスを提供してしまった後のフォローかもしれないし、顧客とのやり取りで常に期待を上回るエクスペリエンスを提供するという意味でも、スピードは重要だ。

 顧客への共感を示すこともできる。顧客、従業員がどのように感じているのかをエクスペリエンスから測ることができる。

 これらのメリットが重なることで、売上や収益性が改善し、顧客の維持、従業員のリテンションという点でもメリットをもたらす。バラバラの取り組みでは相乗効果は得られない。単一のプラットフォームだからこそと言える。

――個別のXMではなく、複合的にXMを活用をしている顧客はどのぐらいいるのでしょうか? あなたのおっしゃるような「無限ループ」を作るにあたって、どこから着手すればいいのか、アドバイスはありますか?

セラフィン氏:クアルトリクスのXMプラットフォームの特徴は、柔軟に設定ができること。どのアプリケーションからでもスタートすることができ、成果が得られる。

 多くの企業が、まずは顧客向けのCX、従業員向けのEXからスタートし、そこから無限ループを作成している。小売なら、ECサイトのエクスペリエンス、店舗でのエクスペリエンスからスタートし、そこで成果を出して、従業員などに拡大するというような形だ。

熊代氏:我々のテクノロジーを使えば今話したようなメリットが全部実現できる、というわけではない。エクスペリエンスを大切にし、それを管理するという「カルチャー」の醸成がポイントになる。これにより、従業員や顧客に対する改善活動を通じてそれぞれのエクスペリエンスマネジメントを高めていくことができる。

 クアルトリクスでは、成熟度(マチュリティ)を“コンピテンシー”としてマチュリティモデルを構築している。これを使って、顧客が成熟度の段階を上げていく支援をする。

 エンゲージメントが高い従業員が対応している場合、お客様の満足度も高くなるというのは、数字として明確に出ている。だが、いきなり2つをスタートしてもその効果はでない。取り組みを進め、マチュリティの階段をあがってもらう必要がある。

 日本ではまだXMという意味でのマチュリティモデルは高くはない。だが、日本に進出して5年目にして、複数のアプリケーションを使う企業が増えている。

 これからXMに取り組む企業は、始められるところから始めることをアドバイスしている。

――日本でXMに成功している企業例やパターンがあれば教えてください。

熊代氏:LIXILでは、お客様向け(CX)と従業員向け(EX)でクアルトリクス製品を使っていただいている。

 LIXILの業態はBtoBtoCだが、お客さまとの最初の接点はショールーム。そこで、ショールームにおけるエクスペリエンスを管理する目的で、まずはCXを導入した。その矢先にコロナが流行し、ショールームは閉鎖に。そこでデジタルショールームを急遽立ち上げ、我々のプラットフォームを使いながらトライアンドエラーで顧客ニーズを探った。その結果、バーチャルショールームの満足度が改善した。

 従業員については、それまで年1回定期的に声を聞いていたが、結果を集計するまでに数カ月かかっていた。クアルトリクスのプラットフォームはリアルタイムで顧客のエクスペリエンスが把握できるという点を評価いただき、合わせて採用していただいた。導入後に範囲を拡大し、さまざまな場面で従業員の声を聞いている。

セラフィン氏:コロナ禍によりLIXILの業界は大きく変わったが、エクスペリエンスを管理しながら新しいやり方で顧客とエンゲージしている。デジタルトランスフォーメーションを機に、エクスペリエンスのトランスフォーメーションに成功した例と言える。

 同時に、従業員側の声に耳を傾けることで、イノベーションのリーダーであり続けることができている。そのような企業には多様で優秀な人材を集め、維持できる。さらには、従業員の役割やスキルの変革も進めている。

 LIXILのように、CEOや管理職がエクスペリエンスを見ながら重要な瞬間を理解し、顧客の期待値が変わる流れを先取りしたり、従業員とのやりとりの方法を変えることができる。結果として、業績改善につながる。

 CXやEXで事業変革する企業は、売上高の成長が2.4倍という調査もある。リソースの使い方を効率化できるため、利益の成長も2.1倍となっている。また、従業員のリテンション率は2.4倍倍だ。

――他社システムとの連携が可能です。XMとどのように連携しているのか、例を教えてください。

セラフィン氏:さまざまな連携が考えられるが、CXとCRMの連携として、顧客がネガティブな体験をし、すぐにアクションを取らなければならない時にCRMシステムでチケットがトリガーされ、従業員がそれを解決するなどプロアクティブに動くようにしている企業がある。

 EXでは、新入社員が会社のテクノロジーをすぐに使いこなせないことがわかると、クアルトリクスから「ServiceNow」を通じてフォローアップのチケットがトリガーされ、ヘルプデスクが手伝うという連携がある。EXの別の例では、従業員がマネージャーとの関係によりストレスを感じていることがわかると、そのマネージャーに「SAP SuccessFactors」などの人事システムから推奨される学習モジュールがプッシュされるようにする、といったことも可能だ。

――日本ではAWSの日本リージョンで利用可能になりました。日本市場でどのようなニーズがあると見ていますか? 日本は“おもてなしの文化”と言われますが、デジタルでそれを実現するためにどのような支援ができますか?

熊代氏:日本企業は保守的なところもあるが、市場は急成長している。今後の成長要因の1つが、4月の個人情報保護法改正だ。AWSの日本リージョンでの提供を通じて、顧客は日本にデータを置くことができるようになった。

 現在強化しているのが、官公庁など公共機関に対するアプローチだ。デジタル庁ができたこともあり、市民向けのエクスペリエンスが変わっていくと予想している。クアルトリクスはこの市場のリーダーだが、日本市場でクアルトリクスを使っていただくにあたって、北米のベストプラクティスがそのまま日本で当てはまるとは思っていない。ソフトウェアを提供するだけでなく、日本で専門家を採用している。また、日本独自のテンプレートとして、50人以上の組織が毎年行わなければならないストレスチェックのテンプレートをEX上に載せている。

 デジタルでのおもてなしという点で、日本は数値化が必ずしも得意ではないので、我々としてもそこをしっかりとサポートしていく。数値化することで何を見てばいいのか、どうすればいいのかがわかる。マチュリティモデルは役に立つ。

 クアルトリクスは“システム・オブ・アクション”であり、アクションを起こすというところにつなげることができる。アクションを起こし、どれだけ改善されたのかを確認することが重要だ。

セラフィン氏:デジタルの時代には、おもてなしの文化をいかにしてスケールするのかが問われる。顧客により価値観や共感してほしいポイントは異なるが、クアルトリクスのシステムでは数値化により、個々のニーズに対し、スケールのある形でアクションを起こすことができる。

――クアルトリクスはリサーチを大切にしています。エクスペリエンスという点で、現在どのようなことに取り組んでいるのでしょうか?

セラフィン氏:傾向として、我々は現在、実に多くの方法でやり取りをしている。10年前なら物理に加えてWebサイト、電子メール、SNS程度だったが、現在はチャットもあればメタバースやWeb 3.0も増えてくる。商品やサービスのデリバリー方法が変化している。モバイルアプリはパーソナルなアシスタントになった。

 つまり、エクスペリエンスは拡大していく。そこで成功するためには、顧客がさまざまなメカニズムを使ってやり取りしていることを理解し、パーソナライズさせて共感や優れたエクスペリエンスを実現していく必要がある。エクスペリエンスマネジメントの需要性は増す一方だ。

 特にメタバースは新しい表現方法であり、新しいインタラクションが生まれる。メタバースの中で製品やサービスが生まれるだろう。現実社会のやり取りを補うような使い方もある。我々としても注目している分野だ。

 最終的には、広がったエクスペリエンスを通じてビジネスが人間らしいやり取りができる必要がある。数値化から初めて、多様な人とさまざまなインタラクションが起こる世界で、適切な関係を構築する――。クアルトリクスはそれに向けてプラットフォームやアプリケーションを進化させていく。

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