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業務を変えるkintoneユーザー事例 第143回

ボンボンだった社長はなぜ自らアプリを作ったのか?

社員の大量辞職で大ピンチ! 建設会社の二代目社長が復活を賭けたアプリ開発

2022年07月21日 09時00分更新

文● 指田昌夫 編集●MOVIEW 清水

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 kintoneユーザーの事例発表を中心とした「kintone hive nagoya 2022」講演の3人目は、塚本産業 代表取締役の塚本雄一郎氏。会社存続の危機からの再起に賭けた、経営者と社員の意識改革、社内のデジタル改革への道のりを語った。

塚本産業 代表取締役 塚本雄一郎氏

“ボンボン”が経営再建に奮起も、社員の信頼を失う

 塚本産業は、岐阜県加茂郡川辺町でアスファルト塗装など建設業を営む会社。従業員は25名で、年商は約8億円である。塚本雄一郎社長は、創業者の父親から事業を引き継いだ二代目で、自称「典型的な“ボンボン息子”」。大学時代も遊びすぎて2年留年したと、自嘲気味に話す。しかし、卒業後26歳で同社に入社してからは、自分なりに仕事に打ち込んできたという。

 塚本氏が入社して2年目のころ、会社の事情を知る母親から「うちの会社は儲かっていない」と聞かされる。「父親の時代は世の中がバブル景気に沸いており、どんぶり勘定でも仕事さえしていれば会社は成長できた。ところが私が入社したころには、一転してバブルが崩壊。同業で倒産、廃業が相次いでいた」(塚本氏)。

 同社の利益も年々落ち込み、赤字が膨らんで最悪期はマイナス1000万円に達した。33歳になったとき、父親から呼ばれ、「うちも会社を畳むぞ。やめられるうちにやめる」と告げられた。年齢的にも会社がなくなるのは困ると考えた塚本氏は、「死ぬ気でがんばるから、あと1年待ってほしい」と懇願した。

 そこから、塚本氏は仕事に邁進する。現場の社員にもモーレツに働くことを強いた。「とにかく仕事があればなんとかなると考え、どんな条件でも受け、仕事を入れまくった」。徹夜、休日返上は当たり前、とにかく売り上げにつながることは何でもやった。その結果、業績は翌年からV字回復を果たす。キツいながら、社員も、自分についてきていると塚本氏は感じていた。そして自信を得た塚本氏は3年後、父親に自分が社長を引き継ぐと申し出た。

 塚本氏が新社長として会社をさらに成長させようとするなか、会社の実態は塚本氏の思いとはまったく違う方向へ動いていった。社内では「社長を辞めさせろ」という会議が秘密裏に開かれており、社長への不満は日に日に高まっていたのだ。結局、塚本氏が社長に就任して以降、25名のうち14名の社員が会社を去っていった。

 当時の塚本産業は“ブラック企業”だったと、塚本氏は苦い思いで振り返る。「半数以上の社員が辞め、会社は崩壊寸前だった。自分がよかれと思ってやってきたことが、まったく受け入れられていなかったことに気づき、このときは本当につらかった」(塚本氏)。

 しかし、絶望のなかでも一つだけ気づいたことがあった。「こんな状況でも、まだ辞めずに残ってくれている社員がいる。そのことが本当に嬉しく、ありがたかった。これからは従業員満足を第一にすると心に誓った」。42歳になっていた塚本氏は、ここから再起を期す。

社員の半数以上が退職する事態となり、従業員満足を第一にすると誓った

社員の声で気づいたアナログ業務の問題

 塚本氏は、残った社員の声に真摯に耳を傾け、現場の意見を尊重する方針を打ち立てる。

 具体的には、現場と本社をつなぐ連絡の中枢を担うパート事務員と、現場を取り仕切る腹心の部下である工事部長の2名に責任者となってもらい、権限を委譲していく。そして、このころ塚本氏が出会ったkintoneを使い、この2人と共に会社の仕組みを再構築していくことになる。

 実際にkintoneで作ったアプリは、「顧客要求書」と名付けた。工事に関するあらゆる情報を集約し、社内で共有するアプリだ。基本開発は開発会社のアントベアクリエイツに依頼した。アプリの原型ができたところで、塚本氏は社内に開発を引き取り、社員の意見を採り入れて改善していくことにした。当時入社したばかりのパート事務員が中心となって、次々と課題が指摘された。

 最初に出た問題点は、受注した際に、営業担当者から受注の情報が総務部門に入ってこないため、確認やなどさまざまな業務が余分に発生していたことだった。そこでkintoneの通知機能を使い、案件の状況を受注に変更すれば、即座に総務部門に伝わるようにした。

自らkintoneを使い、現場の声を反映して改善を重ねた

 また、工事が完了したという情報も、すぐに社内に伝わらなかった。この遅れは請求書の発行忘れにつながり、大問題だった。これについては、毎週水曜日にこのアプリを使って、塚本氏と工事部長の2人で進捗確認をすることにした。

 業務の可視化を狙ったアプリだったが、現場からのデータが入ってこなければ意味がない。だが、このアプリは最初から社員に受け入れられたわけではなかった。「こんなに多くの項目を入れなくても仕事はできる」といった声も聞かれた。それでも塚本氏は粘り強く社員に働きかけ、現場からの意見を踏まえてカスタマイズをしていった。改善を進めていき、ようやくこれは使っていけると確信したのは、導入から2年ほど経ったころだったという。

「複数のアプリを作らず、1個のアプリを全社員が集中して使う形をとったため、社員の意見を聞いて改善を重ねることができた。その結果、アプリに対する社員の信頼度が高まったことがメリットだった。今ではこのアプリは、当社にとって必要不可欠な存在だ」(塚本氏)

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