2月6日、三重県の鈴鹿サーキットで2年ぶりとなる「Honda Racing THANKS DAY」が開催されました。その会場に2015~2021年までの参戦車両が展示されていましたので、今回はこれら「ホンダF1第4期」(Honda公式では第4期という表現はしていませんが)を戦ったマシンたちを振り返ってみたいと思います。
マクラーレン・MP4-30(2015年)
Hondaが2008年以来となるF1復帰をはたしたマシン。手を組んだコンストラクターは英国の名門マクラーレン。「マクラーレン・ホンダ」としては1992年のMP4/7A以来のコンビ復活となりました。ドライバーは2回のワールドチャンピオンを獲得したフェルナンド・アロンソと、2009年のワールドチャンピオンであるジェンソン・バトンの2名。
ピーター・プロドロモウの手によるマシンは、車体後部をタイトに絞り込むことで空力メリットを見出す「サイズゼロ」コンセプトを導入したもの。そのためRA615Hパワーユニットはコンパクトにせざるを得ませんでした。結果、冷却系に問題が発生。さらにシリンダーバンク内に収められたコンプレッサーを小型化した結果、MGU-H(熱エネルギー回生)の発電量が不足に悩まされました。
参戦初年度ということもあり、トラブルが続出。Hondaの地元レースである第14戦日本GPでマシンの遅さに苛立ったアロンソが、無線で「GP2パワーユニット」と叫んだことは、多くのF1ファンに衝撃を与えました。コンストラクターズ選手権順位は10チーム中9位に終わりました。当初はシルバーに赤い縁取りのカラーリングでしたが、第5戦からグラファイトカラーへと変更され、第8戦からは先端が突起タイプのショートノーズが導入されたことも話題になりました。
マクラーレン MP4-31(2016年)
MP4-30で採用した「サイズゼロ」コンセプトを踏襲したマシン。パワーユニットはRA616Hとバージョンアップされました。ドライバーは前年に引き続き、アロンソとバトンの2名。
マシン性能は昨年と比べて格段に向上し、予選ではQ3(トップ10圏内)に進出できるようになったほか、何度か入賞できるように。コンストラクターズポイントも前年の9位から6位へと浮上しました。ちなみに最高順位はオーストリアグランプリでジェンソン・バトンが獲得した6位。ですがバトンは最終戦のアブダビGPで、F1引退を発表。日本のSUPER GTシリーズへそのステージを移したのでした。
マクラーレン MCL32(2017年)
2016年11月15日に行われた株主総会を受けて、長年マクラーレン・グループを率いていた総帥ロン・デニス(マクラーレン・グループCEO)が解任。ロン・デニス率いるプロジェクト4とマクラーレンが1980年に合併したことに由来する「MP4」から、MCL32へと名称が変更されました。
長いシャークフィンと、パパイヤオレンジのカラーリングに目が行くMCL32。パワーユニットもコンセプトを一新し、低重心化と軽量化を図りながらパワーを向上させたというRA617Hが搭載されました。ドライバーはアロンソが残留(モナコGPはバトンが代役として出走)、バトンの代わりにストフェル・バンドーンがシートを座りました。
新コンセプトのマシンと新パワーユニットは、初年度を彷彿させるトラブルが続出。シーズン前半はサスペンション不調などによるシャシーのトラブルに悩まされました。さらにHondaのパワーユニットも期待したほどのパフォーマンスを見出すことができず、マクラーレンとの関係は悪化。第14戦シンガポールGPでホンダとの供給契約終了が発表され、3年間続いたマクラーレン・ホンダのパートナーシップは一度も表彰台に立つことなく終わりを迎えたのでした。