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日本のモータースポーツを牽引して半世紀!

鈴鹿サーキット50周年イベントでモータースポーツの原点を見た

2012年03月16日 18時00分更新

文● 中村信博 ●写真/うえのふみお

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親子で楽しめる鈴鹿サーキット50周年記念イベント

 西のモータースポーツの聖地、三重県・鈴鹿サーキット。「レースをやらなければクルマは良くならない」という故・本田宗一郎氏の信念のもと、かつては雑木林しかなかったこの場所に国際水準のサーキットが完成したのは1962年9月のこと。以来、鈴鹿サーキットは世界でも屈指の難コースとして、モータースポーツ史に残る数々の名ドラマを生み出してきた。

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 そんな鈴鹿サーキットも、今年で誕生からちょうど半世紀。3月3~4日、記念イベント「鈴鹿サーキット50周年ファン感謝デー」が開催され、ビッグレース開催時にも勝るとも劣らないほど、たくさんのモータースポーツファンが鈴鹿サーキットへと訪れていた。今回は、往年の名選手や伝説のマシンが数多く集った大興奮のイベントの模様をお届けしよう。

 3月3日、あいにくの雨模様となった土曜日。朝早くにもかかわらず、鈴鹿サーキットへと至る道路は大渋滞となっていた。ようやく渋滞を抜けて会場入りした筆者を待っていたのは、サーキットを埋め尽くす人、人、人! 鈴鹿でのレース取材に慣れた某メディアの人間によると、「SUPER GTでもこれほどの人が入ったことはない。F1並みか、それ以上だ」という。

南ゲートのトンネルには、50周年を記念したパネル展示が。左側が50年の歴史を振り返る年表が、右側にはファンからの鈴鹿の思い出が、それぞれ掲示されていた

ビッグイベントのときのように、各チームのトランポが立ち並んでいた

この日はパドックビル周辺も入場自由! 有名マシンの前にはこの通り人だかりが

ドハデなデモランを披露していたD1出場車両3台

 メディアセンターの大窓から見渡してみると、グランドスタンドをはじめ最終コーナー観客席は朝のうちこそ空席があったものの、時間がたつにつれてほぼ満員御礼に。鈴鹿サーキットに至る道も、最寄の亀山インターチェンジから17km手前の御在所サービスエリアあたりから長い入場待ち渋滞がつづき、なんと名古屋から鈴鹿まで約4時間かかったという人も。公式発表によると、土日2日間の合計で約5万7000人もの来場者を記録したそうだ。

 イベントのタイムテーブルは、2日間にわたって朝から夕までびっしりと埋められていた。3日は8時半から8耐・全日本ロードレースの出場バイクテスト走行から始まり、17時からの8耐&SUPER GT車両によるトワイライトデモランまで、レーシングコースでは次々とイベントが行なわれる予定となっていた。今回のイベントでは往年の名選手も多数招かれていて、二輪のトピックとしてはWGP1987年チャンピオンのワイン・ガードナー、それにWGP1993年チャンピオンのケビン・シュワンツが当時のマシンで走行したこと。そして筆者的な注目は、元祖「日本一速い男」星野一義氏と日本人初のF1フルタイムドライバー中嶋 悟氏の、往年のF1マシンによる夢のバトルだ!!

ピットウォーク待ちの待機列。SUPER GTにも負けず劣らずの長さ!

グリッドに並んだ新旧の名車たち

どちらを向いても、アスファルトが見えないくらいの人、人、人! 見渡すかぎりの人だかりだ!

この日は全日本ラリー選手権JN-4チャンピオンの勝田範彦選手、それにIRCチャンピオン新井敏弘選手もサーキットタクシーやデモランを行なっていた

筆者も楽しみにしていた、星野一義と中嶋 悟の幻のF1対決。 結果は中嶋氏が駆るロータス100Tが、ハナ差で星野氏のウイリアムズFW11をかわして勝利! 記者会見では「念願だったF1に乗る機会を作ってもらえて嬉しいね。明日はレース界の先輩を立ててくれると信じてるよ(笑)」という星野氏に対して、「いやいやもう先輩後輩なしでいきますよ(笑)」と中嶋氏。かつては最強のライバルだった2人、往年のように火花を散らしていた

D1マシンによる大迫力のドリフトデモ走行

大観衆の期待に応え全開で走行する両車(中嶋悟×星野一義)

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