量子コンピューティング領域のパートナー、Jijと共に説明会開催
日本MS、「Azure Quantum」を用いた渋滞緩和プロジェクトを紹介
2020年06月22日 07時00分更新
日本マイクロソフト(日本MS)は2020年6月19日、量子コンピューティングに関する同社の取り組みについての記者説明会を開催した。5月に米マイクロソフトが開催した開発者向けイベント「Build 2020」では、パートナーコミュニティ「Microsoft Quantum Network」のメンバー企業であるJijのプロジェクトが公開されており、同説明会にはJij 代表取締役CEOの山城悠氏も出席。プロジェクトの具体的な内容や成果を紹介した。
「Azure Quantum」をプレビュー提供開始、量子技術活用アプリの開発を促す
マイクロソフトはBuild 2020で、量子コンピューティングを活用したアプリケーションの開発を支援する新サービス「Azure Quantum」を発表している(現在は限定プレビューリリース)。Azure開発環境を活用して量子コンピューティング関連のツールやリソースを取りそろえ、開発者に“自由度”を提供する「ワンストップショップのサービス」を提供すると宣言している。
ブログ発表の中でマイクロソフトは、Azure Quantumには「およそ20年間に及ぶ量子コンピューティングの研究成果」が取り込まれており、このサービスを通じて量子ソフトウェア/ハードウェア/ソリューションのオープンな「エコシステム」、信頼性/拡張性/安全性の高い「プラットフォーム」、従来型コンピューター(古典コンピューター)上で稼働する構築済み「ソリューション」(“量子着想ソリューション”と呼ばれる)の3つを提供すると述べている。
日本マイクロソフト 執行役員 CTO 兼 マイクロソフトディベロップメント 代表取締役社長の榊原彰氏は、量子コンピューティングにはそれに適した問題領域(組合せ最適化問題など)があるため、従来型コンピューターと共存することになるとその特性を説明したうえで、マイクロソフトの強みはその両者を組み合わせて提供できる点だと説明した。
「マイクロソフトでは、Azureのプラットフォームと量子コンピューターのプラットフォームを組み合わせて、スケーラブルな量子コンピューティング環境を提供する。クラウドインフラやクラウド上のソリューションだけでなく、『Topological Qubit(トポロジカル量子ビット)』を用いた量子ゲートを開発しており、ハードウェアレベルのソリューションも提供。さらに、パートナーのハードウェアも提供しており、量子コンピューティングにフルスタックでアプローチしていることになる」(榊原氏)
Topological Qubitを生成するデバイスについては、まだ完成はしていないものの「将来的にはこれが使えるようになる」と説明する。現時点では、世界中のパートナーとの連携のもとでQIO(量子着想最適化、量子現象に着想を得たデジタル回路による最適化計算)を提供している。
さらに『Q#』と呼ぶ量子ゲート方式の量子コンピューター向けプログラミング言語を開発し、それを動かすための「Quantum開発キット(Quantum Development Kit)」も提供している。Q♯は「Visual Studio」に統合できるほか、「Jupyter Notebook」や「Python」と組み合わせて利用することもできる。
加えて、量子コンピューターの動作原理や量子アルゴリズムを作るノウハウ、コツを学ぶことができるトレーニングキット「Quantum Katas」を、GitHubからダウンロードできるようにしていることも紹介した。ちなみにQuantum Katasの名称は、日本語の「型(かた)」からきているという。
なお榊原氏は、マイクロソフト社内においては、量子コンピューティングはまだ「ビジネスと呼べるレベルにはなっていない」と説明した。具体的な事業化の時期や数値目標なども公表できる段階ではなく、まずは「(量子コンピューティングの)最適な活用領域を定義し、その後、汎用的に広げる道筋を作ることが最初の課題」だと述べた。
Azure上のQIO(量子着想最適化)を渋滞緩和プロジェクトに適用、成果を得る
Jijの山城氏は、実際にAzure Quantumのプレビュー版を活用して豊田通商と取り組んだ「交通信号機問題」の解決プロジェクトについて紹介した。これは、自動車の信号待ち時間をなるべく減らし、スムーズに走らせることができる信号機の点灯パターンを導き出すというものだ。
山城氏によると、従来はまず信号機の点灯パターンを設定し、それに基づいて自動車の流れをシミュレーションする処理を繰り返して、より良いパターンを導き出す手法を用いていた。しかし、このシミュレーション処理の繰り返しには時間がかかるうえ、局所探索となってしまうため最適解を導き出すことが難しいという課題もあった。
今回の手法では、自動車の流れを数式でモデル化し、それを高次の最適化問題に落とし込んだ。これをAzure QuantumのQIOで処理することにより、シミュレーションなしで計算時間を短縮。さらに、従来方式と比較して自動車の待ち時間を20%削減できる点灯パターンを導入する成果が得られた。「信号機の点灯パターンを変えるだけで渋滞を減らし、環境負荷も低減できる」(山城氏)。
また、信号の数が増えるごとに点灯パターンの組合せが指数関数的に増えるため、既存手法ではより良い解を見つけ出すことが難しくなり、QIOの優位性が大きくなることも示している。山城氏はこの結果を受けて、「今後はより大規模で、複雑な交通ネットワークにも取り組みを拡張し、経済面、環境面での改善につなげたい」と述べている。
なおJijは、科学技術研究機構(JST)による「大学発産業創出プログラム」の2017年度採択プロジェクト「量子アニーリングで加速する最適化技術の実用化」の成果として設立されたスタートアップだ。「計算が困難な課題を解決することを目的に、最先端の量子技術や最適化専用ハードウェアを用いて、最適化ソリューションのアルゴリズムを開発している」(山城氏)。課題の特定から定式化、アルゴリズムの実装、マシンの選択、そして計算実行までを一気通貫で支援しており、量子アニーリングを自動化するプラットフォーム「Jij-Cloud」も提供している。