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フジテレビプロデューサー赤池洋文が紡ぐ!読むだけで美味しいラーメン「物語」 第15回

「どこにもありそうだけど、どこにもない味」 東京を代表する味噌ラーメンの秘密に迫る 味噌麺処 花道(東京・野方)

2020年05月27日 12時00分更新

文● 赤池洋文 編集●ラーメンWalker

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 私がラーメンを⾷べる上で「味」よりも大切にしているのが「物語」。「物語」は 何にも勝る最高の調味料。お店がこれまで紡いできた「物語」と、私が勝手にお店と紡いでいる偏りまくった「物語」を紹介します。

 札幌発祥の「味噌ラーメン」も、今や多様化し、様々なスタイルのものが生み出されています。アツアツのラードを浮かべた「純すみ系」はもちろんのこと、たっぷりの背脂が入った「東京スタイル」であったり、最近ではスパイスを効かせたものであったり、枚挙に暇がありません。

 そんな中、これらに当てはまることなく、一見何の変哲もないようで、その実、どこにも似たものがない、独自の味噌ラーメンで10年以上高い人気を誇る名店が、東京・野⽅にあります。私も、この「一見普通、でも物凄く美味しい」という不思議な魅力にハマってしまった一人です。

 そう、今回「物語」を紡ぐのは、「味噌麺処 花道」です。

東京・野方に店を構える「味噌麺処 花道」

 店主の名前は垣原康さん。練馬出身で、アイスホッケー一筋の少年時代を送ったそうです。

店主の垣原康さん

 私は埼⽟県狭山市出身で、西武線沿線の練馬にも多少の土地勘があるので、「練馬でアイスホッケーと⾔えば、東伏⾒アイスアリーナですよね」なんて知ったような口をきいたところ、「はい、自分の父が東伏見の支配人だったんですよ」と、衝撃の一言が! 西武線沿線で育った人間は、誰もが一度はお世話になっている東伏見アイスアリーナ。あちらのご子息だったとは。

 聞けばお父様は、名門・西武鉄道アイスホッケー部の元選手で、日本代表として札幌オリンピックにも出場したという、アイスホッケー界の第一人者だったのです。そんな父親が作ったクラブチームに所属して、いわゆる「監督の息子」という微妙な立場で(笑)、アイスホッケーに勤しんだと言います。

 そのまま大学卒業までアイスホッケーに全てを捧げますが、実は寮生活でバイト禁止だったにもかかわらず、こっそりとバイトをしていました。それがラーメン店でした。特にラーメンに興味があったわけではなく、あくまでもお金欲しさで始めたと言いますが、飲食店で働くことの楽しさをそこで覚えたそうです。

 2001年に大学を卒業。しかし、元々サラリーマンには向いてないと思っていた垣原さんは、就職活動をせず、某有名ラーメン店でバイトをしながら、同時に本格的にボクシングを始めました。しかし、酒とタバコをどうしても止められず(笑)、24 歳でボクシングを辞め、ラーメン店の社員に。しっかり手に職を付けようと思い、真剣に働き始めます。

 ところが、いくつも支店を抱える超有名店だったこともあり、社員やバイトの人数も多く、内部の人間関係が徐々にごちゃごちゃとしてきてしまいました。いつしか、ラーメン作りよりもそちらに気を取られることが多くなってしまい、ラーメンに集中できなくなってしまった垣原さんは辞めることを決意します。

 次に向かったのは、当時高田馬場にお店を出していた、札幌の超有名店「純連」。元々、味噌ラーメンがあまり好きでなかった垣原さんが、初めてお店で食べて「美味い!」と思ったのがこのお店だったと言います。また「純連」が使っていた札幌ならではのコシの強い縮れ麺は、垣原さんにとっては思い入れが深いものでした。というのも、子供の頃、北海道出⾝だった父親が、わざわざ札幌から同じような縮れ麺を取り寄せて、ラーメンを作ってくれたのです。食べているうちに、そんな思い出が蘇ってきたそうです。

 こうして、垣原さんは「純連」の社員となって働き始めます。ちなみに、この頃、ちょうど私も「あの『純連』が東京に!」と狂喜乱舞して、しょっちゅう通っていたので、垣原さんとお会いしていたかもしれません(笑)。

 「純連」で2年ほど働いたある日、バイクで転倒してしまい、靱帯損傷の大怪我をしてしまいました。松葉杖の生活になったので、当然しばらくお店には立てません。とは言え、1ヵ月ちょっと休めば復帰は可能。しかし、この怪我をきっかけに、垣原さんの中である想いが湧き上がってきました。「そろそろ⾃分のお店を持ちたい」。

 そんな垣原さんの気持ちを⾒透かすかのように、「純連」の社⾧である村中さんから、「垣原君は自分でお店をやった方がいい」と言われたのです。その言葉に奮起した垣原さんは、「30歳までに自分のお店を出そう」と決意して、「純連」を後にしました。

 とは言え、お店を出すにも先立つものがありません。そこで垣原さんはお金を稼ぐために、パチンコ屋さんで働き始めます。毎日朝から晩まで働き、さらに、休みの日は別のパチンコ屋さんへ…… と⾔っても、そこでは働くワケではなく、ナント朝から晩までパチンコを打ったのです。もちろん遊びではなく、資金を増やすための垣原さんなりの「投資」でした。

 一方、自宅でラーメンの試作も重ねます。垣原さんは「純連」での自分の経験を生かして、「嫌いな人でも好きになるような味噌ラーメン」を⽬指します。ただ、同じ味噌ラーメンでも、味は全く違うものにしようと考えました。ちょうどその頃、ある麺と運命の出会いを果たします。そのきっかけは、高校時代の同級生で、当時石神井公園で「麺処 井の庄」を開業していた中村さんがもたらしてくれたものでした。中村さんがお店で使用していた三河屋製麺を、垣原さんにも紹介して下さって、その結果、工場を見学させてもらったり、麺を分けてもらったりすることができたのです。

 その中で、垣原さんは三河屋製麺のある麺に一目惚れしました。その麺はとにかく力強い麺で、醤油、豚⾻、豚骨魚介など、どのラーメンにも合わない麺でした。なので、実際三河屋製麺でもそんなに数が出ていない麺だったのですが、垣原さんは「これに合う味噌ラーメンを作れば間違いない」と、直感的に思ったと⾔います。

 「麺にスープを合わせていく」という、他であまり聞いたことのないやり方ですが、これには垣原さんなりの持論があります。「自分は、プロがずっと作っている麺に勝るものはないと思っています。麺屋さんに色々注文する意味が分かりません」。

 こうやって色々なラーメン店主に取材をさせて頂くと、本当にみんな考え方が違って驚きます。でも、それぞれにちゃんと理屈と信念があって、とても興味深いです。ともあれ、こうしてラーメンのコンセプトは決まりました。

 そして、パチンコ屋さんで1年ほど働いて、ある程度お金も貯まってきた頃、「井の庄」の中村さんから、「お店が忙しすぎて、いよいよ回らなくなってきた。もうダメかもしれない」と相談を受けます。「井の庄」はメディアにも取り上げられて、一躍人気店となったものの、従業員が辞めてしまったりで、中村さんはお店を続けられない状況に陥っていたのです。

 垣原さんは、お世話になった中村さんを助けようと、パチンコ屋を辞めて「井の庄」で働くことにしました。そして1年半、従業員も入ってきて、自分がいなくてもお店が回る状況を作れたタイミングで、満を持して独立することを決意しました。まもなく30歳を迎えようとしていました。

 子供の頃から思い入れのある練馬近辺で物件を探したところ、特に大好きだった野方の商店街の中で、一軒の空き物件と出会いました。元々は焼き鳥屋さんだったようで、通りに⾯した部分が焼き場になっていて、窓開けると商店街を行き交う人たちを目にすることができました。その景色を見た瞬間に、垣原さんは「コレだ」と即決したと言います。人通りも多くて活気がある野方の商店街に溶け込んだこのお店こそ、まさに理想形だったのです。

この窓から見える商店街の人波がお気に入りという垣原店主

 2008年、「味噌麺処 花道」がオープン。自分のお店を持とうと思った時から、この店名に決めていました。プロレスの選手が入退場する「花道」。そこには、垣原さんが幼い頃にプロレス中継を見て、強烈に感動し脳裏に焼き付いたある1シーンがあったと⾔います。それは天龍選手とハンセン選手が、汗だくの傷だらけでお客さんからバチバチ叩かれながら、花道を歩く姿。「花道」は勝っても負けても必ず通る道。しかも、常に人が集まる場所なので縁起もいい。そんな想いを込めました。

 ちょうどラーメンブームに重なったこともあり、「花道」は多数のメディアにも取り上げられ、一躍人気店に。とあるテレビ番組の撮影で、あの「ラーメンの鬼」佐野実さんが食べに来てくれて、「美味しい」と褒めてくれたことが忘れられないと言います。

味噌ラーメン味玉入り

野菜は無料で大盛り可

幅広いお客さんのニーズに応えるべく、多様なメニューを用意

 こうして「花道」はオープン以来、常にお客さんが途切れることなく、今日まで人気店であり続けています。その理由はひとえに、冒頭にも記したような、何とも捉えどころのない不思議な魅力にあると言えるでしょう。その魅力とは何なのか? 切り込んでいきたいと思います!

 まず、「花道」のラーメンの最大の特色が、「特に際立った特徴がない」ということです。例えば、「純すみ系」のラードや、「東京スタイル」の背脂など、人気の味噌ラーメンは大抵分かりやすい特徴があります。しかし「花道」のラーメンには、そういった特徴がなく、一見「どこにでもありそうな味」なのです。

 「じゃあ凡庸な味なのか?」と⾔うと、決してそうではありません。独特の後引く旨味があって、また食べたくなる中毒性を秘めた「他にどこにもない味」なのです。ただ、その中毒性が何によってもたらされているのか、皆目見当がつかないのです。

 というわけで、垣原さんに食材や調理⼯程について、根掘り葉掘り質問しました。それに対して、惜しげもなく全て教えて下さったのですが……。

 まず作り⽅は、スープと白味噌を中華鍋で合わせる、極めてオーソドックスなスタイル。乗っている具材も、野菜とメンマとチャーシュー。スープの中⾝も、豚の背ガラ、ゲンコツ、豚足、鶏の胴ガラ、モミジと、⾄ってシンプル。ブランドの豚や鶏は一切使っていません。

 スープの炊き方は、以前働いていた「井の庄」で学んだ、大量の⾷材を炊いてそれを濾(こ)しながら作る豚骨魚介スープの製法を応用しています。それであの濃厚さが出ているというわけです。ただ、スープはかなり濃厚ではありますが、子供やお年寄りでも十分楽しめる口当たりの良いものに抑えられています。

 使っている味噌は、神州一味噌株式会社のもの。私の同世代から上の年齢の方ならば、「♪神州一、神州一、おみおつけ」のCMでお馴染みと言えば、ピンと来る方も多いと思います。「み子ちゃん味噌」ですよね。まさに庶民の味噌の代表格。「みんなの食生活の延長上にいたい」という垣原さんの想いから、普通のスーパーで手に入るような味噌をあえて使っているそうです。

 ちなみに、いわゆる「味噌ダレ」は使っていません。「味噌ダレは大抵醤油を使って作りますが、味噌に醤油入れた時点でもう味噌ラーメンじゃないでしょ」と言う通り、「花道」のラーメンは味噌をそのままドボンと入れます。これまたシンプル。

 以上。聞いても聞いても、返ってくる答えは全て、ラーメンの教科書の1ページ目に載っていそうな、「普通」の極みだったのです。

 そもそも垣原さんが目指すのは、老若男女がみんな楽しめる、ごく一般的な「町のラーメン屋さん」。よって、このような「普通の味噌ラーメン」になるのは当然と言えば当然です。

 こうして、アッサリ⼿詰まりとなった私は、「でも、実際これだけ美味しいんだから、普通じゃないところがあるハズです! 教えて下さい!」と、駄々っ子のようにしつこく食い下がることにしました。インタビュアーとして最も幼稚で、最悪の手法です(笑)。すると垣原さんは、困りながらも丁寧に説明して下さいました。

 「自分も感覚でやっている部分も大きいので、うまく説明できませんが、強いて言えば、『普通から頭一つだけ出す』というイメージで味を作ってます」。

 あくまでも、基本の調理⼯程としては、特別なことは一切やっていない。でも、細かい部分では当然、ひと手間加えたり、ひと工夫凝らしたりはしている。ただ、そのひと手間が突出してしまうと、「普通のラーメン」ではなくなってしまうので、その塩梅を絶妙なところに落とし込んでいる。

 つまり、「普通」に見せるために、結果的に全く普通じゃない高次元なことをやってのけているのです。しかし、「お客さんには余計なことを考えずに、ただ美味しいと思ってもらえればいい」と思っている垣原さんは、そんな細かい部分をいちいち理屈立てて考えていなかったのです。

 結果、子供からお年寄り、そしてラーメン通まで、全ての人を満足させる味噌ラーメンを提供する「花道」は、たくさんの常連で賑わい、中には週3回通う人もいます。まさに「味噌汁を飲む感覚」で、普段の食事の一部として定着しているのです。

 「間口は広くて、入ってみるとその奥は果てしなく深い」。その魅力を紐解いてみると、そこには、ある意味「ラーメンの理想形」がありました。

 また、「花道」では、毎週火曜に「味噌麺処 楓」という名前で、垣原さんが子供の頃から慣れ親しんでいた北海道の西山製麺の麺を使った味噌ラーメンを提供しています。

火曜限定「味噌麺処 楓」の味噌ラーメン(野菜大盛り)

たっぷりな生姜の餡がポイント

 元々は限定メニューとしてスタートしましたが、好評だったのでそのまま曜日限定に昇格したそうです。「花道」のスープを西山の麺に合うようにカスタマイズ。生姜の餡を徐々に溶かしながら、西山の力強い縮れ麺を楽しめる一杯に仕上がっています。レギュラーの味噌ラーメンとは、また違った味を楽しむことができます!

常連客が毎年勝手に作ってくれるカレンダー。地域に根付いたお店であることがよく分かる

 「『花道』があるから野方に住みたい、そう言われるようなお店にしたいですね」。

 野方を愛する垣原さんは、多店舗展開を特に考えていません。ただ、自分が回れる野方周辺で、もう一軒お店をやる計画があるそうです。そこで出す味は、豚骨魚介の味噌ラーメン。「花道」のラーメンは動物系だけのスープなので、そこに魚介が加わるとどのような味になるのか、期待が膨らみます。この状況下で今すぐというわけにはいきませんが、楽しみに待ちたいと思います!

 「どこにでもありそうだけど、どこにもない味」。

 この不思議な魅力を紐解きたくて、ごちゃごちゃ理屈をこねてしまいましたが、まさにそれこそ無粋だったのかもしれません。「余計なことを考えずに、無我夢中にかき込んで、腹一杯になって大満⾜!」。そんなシンプルな食べ方こそが、「町のラーメン屋さん」にはふさわしいのです。

 是非あなたにも「味噌麺処 花道」のラーメンを、あなたなりの「物語」を紡ぎながら食べて頂きたいです。

赤池洋文 Hirofumi Akaike (フジテレビ社員)

2001年フジテレビ入社。ドラマ「ラーメン大好き小泉さん」、ドキュメンタリー「NONFIX ドッキュ麺」「RAMEN-DO」などラーメンに特化した番組を多数企画。大学時代からの食べ歩き歴は20年を超え、現在も業務の合間を縫って都内中心に精力的に食べ歩く。ラーメン二郎をこよなく愛す。

百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/

本人Twitter @ekiaka

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