パイロットの「キャップレス」と名付けられた従来の万年筆の概念を打ち破る「キャップなし万年筆」が発売されたのは今から57年前の1963年だった。
水性インクを使用する万年筆はご存じのとおり、ペン先のインクの蒸発、乾燥を防ぐために、筆記しない時にはキャップをするのが前提の筆記具だ。1963年当時の普及価格帯の万年筆は、筆記する直前に、キャップを引き抜く仕様のものがほとんどだった。
同時に、伝統的な国内外の高級ブランド万年筆では、クルクルとキャップを回し、ゆっくりと時間をかけてキャップを取りはずすのが万年筆独特の儀式でもあった。そして取り払ったキャップは静かに机の上に置くか、置く場所がなければ、万年筆の後ろに差し込んで筆記する。
マニアにとっては、文字を書き始めるまでの長いイントロは、これから書こうとする文脈や、書き出しの台詞を思い悩むことのできる有意義な時間だった。万年筆はそんな楽しい大人の筆記具でもあった。
キャプレスは、キャップ着脱、装着のハンドリングにかかる時間をミニマイズして、ノック式ボールペンのようなクイックな筆記アクションを実現するという目的で登場した。ある意味、キャップ式万年筆が自然と備えていた冗長性を極小化したモデルだ。
スピードを求める新しい層にに向けた、思い立ったら忘れない内にすぐに価値ある着想や発想を描き始めることのできる、クイックアクションとレガシーな万年筆がハイブリッドした新世代の筆記具だった。
筆者が子供の頃の1960年代には、中学校に進学した子供のお祝いはだいたい万年筆か腕時計と相場が決まっていた。腕時計なら「セイコースポーツマチックファイブ」、万年筆なら矢羽根のクリップがとても印象的な「パーカー21」だった。
しかし発売当初の高価なパイロットのキャップレス万年筆は、従来のキャップクルクル式の万年筆の筆記感覚や価値を十二分に知っている人のもうひとつの選択肢だった。そして従来の万年筆にはなかった「好奇心を刺激する」ギミック満載のハイエンドガジェットでもあったのだ。
当時、すでに子供ながら衝動買い資質を十二分に備えていた筆者ではあるが、当時の子供のお小遣いでは、とてもない袖は振れず、文房具屋さんのショウウィンドウに、額をくっつけては眺め、最後は涙をのんで諦めたことを今でもハッキリと覚えている商品だった。
そんな筆者がパイロットのキャップレス万年筆を初めて買ったのは、発売から10年以上経った大学生の頃。その後、よりシンプルで安価なモデルや初代キャップレスのアニバーサリーモデルや限定モデルなどを何度か買った記憶がある。
現在も手元にあるキャップレス万年筆は、数年前に買った1963年当時の面影を現代の感覚で再度現化した、マットブラック(艶消し黒)モデルだ。そしてパイロットのキャップレス万年筆が、最初に発売された2年後に、プラチナ万年筆からも同様の仕組みを採用したノック式万年筆である「プラチナ ノック」が発売されていた。
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