AmazonやeBayで部品調達、足りない部品は3Dプリント、設計はオープンソースソフトで… 講演レポート
量子コンピューターをおうちで自作しよう! ハッカーの楽しい挑戦
2020年01月20日 07時00分更新
量子コンピューターをおうちで自作したい。足りない部品は3Dプリンターで作って、作れないものはeBayやAmazonで調達。設計はOSS(オープンソースソフトウェア)を活用すれば問題ない。助手にはときどき手伝ってくれる10歳の娘がいる。これはいけそうだ――。
「その気になれば、量子コンピューターだって自宅のガレージで作れる!」。2019年12月、ドイツ・ライプチヒで開催された「36th Chaos Communication Congress(36C3)」の講演においてヤン・アラン氏はこう断言し、自宅で現在進行中の“量子コンピューターづくり”を楽しく紹介していった。
量子コンピューター自作、まずはイオントラップ装置の研究から
量子コンピューターを設計するにあたり、アラン氏がまず検討したのは「量子ビット」をどのようにして作るかだった。量子ビット(qubit:キュービット)は量子情報の最小単位であり、この量子ビットを量子プログラムで操作することにより計算処理を行う。詳しい説明は省くが、要するにどんな方法でもよいのでこの量子ビット(のふるまいをするもの)を作り出すことが、自作量子コンピューターの第一歩となる。
アラン氏が考えた条件は「原子レベルの振る舞いができる」「自宅でも簡単に扱える」「室温で安定して稼働する」だ。量子コンピューターというと、たとえば「IBM Q System One」のようなものを思い浮かべる人も多いと思うが、IBM Qのように超電導回路で量子ビットを実現するためには絶対零度(マイナス273℃!)に近い環境で運用する必要がある。さすがに自宅ガレージでは難しい。
いろいろと下調べした結果、アラン氏は「イオントラップ型」にたどり着いた。これは、イオン化された原子核をトラップ(捕捉)し、イオンの励起/基底状態を利用して、量子の特徴である「重ね合わせ」や「量子もつれ」の状態を作り出す仕組みだ。1945年に開発され、すでに豊富な研究論文と開発実績を持ち、実用上十分なコヒーレンス時間や量子ゲート(量子ビットの状態を操作する演算子)の忠実度が実現できることから、高品質な量子ビットが得られる方式として評価されている。自作するうえでは、道具や素材が比較的手頃な価格で揃うのが魅力で、何よりも室温で安定稼働するためガレージで作れそうだ。
アラン氏は早速、干渉を受けにくいカルシウムを原子核に選定して、イオントラップ装置の自作に取りかかった。
一歩進んで二歩下がる、試行錯誤のイオントラップ装置開発
イオントラップ装置の構成要素(必要なパーツ)は次のとおりだ。
・粒子をトラップするための電場
・真空チャンバー
・量子状態を制御するためのレーザー照射装置
・レーザーを操作するためのソフトウェア
・量子状態を観測するカメラ
ちなみに、装置を自作するためのさまざまなツールも入手した。3Dプリンター、導電性インク、安価なCNCルーター(コンピューター制御の工作機械)、PCBミリング(電子基板加工機械)、FreeCAD(オープンソースの3D CADモデラーソフト)、KiCad(オープンソースの回路図/基板設計ソフト)、FlatCAM(オープンソースの基板データ変換ソフト)、電気絶縁手袋などだ。
まずは粒子をトラップするための電場を作ろう。ここでは200~6000Vの電圧が必要になる。また、レーザー照射で量子状態を制御できるように、粒子は宙に浮いた状態でトラップしたい。
粒子をトラップする方式にもいくつかあるが、アラン氏はまずポールトラップ方式(1953年にV.W.Paul氏が考案)を採用した。具体的な仕組みはもちろんググって探す。すると、CERN(欧州原子核研究機構)のWebサイトに、3Dプリントした部品を使ってイオントラップを作るというプロジェクトページを発見。これで行こうと決めた。
さっそく電極や高電圧電源などを組み合わせて、イオントラップの試作品1号機が完成。実際にトラップできるかどうかを確認するべく、マイクロ粒子を使って第1回目のテストを行った。
この試作機による実験結果は……成功だ! ただし、トラップすることはできたものの、粒子がひとところに密集した状態になってしまった。このままでは、粒子1つ1つにレーザーを当てて量子状態を制御するのは困難である。
レーザーを照射しやすくするためには、複数の量子が一列に、間隔を開けて並んでいる必要がある。そんなわけで、次はリニア型(直線型)のポールトラップを製作した。1回目のテストでは安全性を考えて電流を制限する電気抵抗を取り付けたりもしたが、今回は省略。万が一、電極におさわりしてしまうと「死あるのみ」(アラン氏)なので、くれぐれも気をつけよう。
さて2回目のテスト結果は……成功だ! リニア型ポールトラップで、8つのマイクロ粒子をほぼ直列状態に浮かせることができた。