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AmazonやeBayで部品調達、足りない部品は3Dプリント、設計はオープンソースソフトで… 講演レポート

量子コンピューターをおうちで自作しよう! ハッカーの楽しい挑戦

2020年01月20日 07時00分更新

文● 谷崎朋子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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諜報機関のお墨付きも? チップ型のイオントラップを製作する

 次は「真空チャンバー」の製作だ。この容器内を超高真空状態にすることで、空中の原子を他の原子と隔離し、求める量子状態が干渉によって壊れてしまうのを避ける。

 だが、ここで新たな問題が発生した。3Dプリンターで作る部品では精度に限界があり、超高真空状態を作り出せない。というわけで、超高真空に対応した部品を探すべく、NASAのページをチェックしてみる。宇宙空間は巨大な超高真空の世界なので、そこを航行する探査機や宇宙ステーションの部品が真空対応していないはずがない。

 そんなアラン氏の勘は当たっており、NASAのWebサイト内を検索していたら、宇宙船(超高真空環境)に使う部品の選定ポイントなどをまとめた資料が発掘できた。その資料いわく、金(電気伝導体として)、セラミック、カプトン被覆電線などが必要らしい。

 さらに、装置の製作方法に関する論文も大量に発見できた。その中には、電極を平面に並べてイオントラップを行う技術を記したものもあった。これまではポールトラップをテストしてきたが、平面でもイオントラップを作ることができるらしい。真空チャンバー内に組み込むには、平面のほうが都合が良いだろう。金やセラミックという素材を考えると、コンピューターチップのような形にすればいいかもしれない。

 よし、チップ型で作ってみよう。ひとまずアラン氏は、チップメーカーであるインテルに、中古の半導体工場を払い下げてもらえないか問い合わせてみた。だが、工場は売り物ではないと断られる。そもそも半導体工場の相場は2億ドルらしいので「予算をちょっとオーバー気味だ」(アラン氏)。

 それから悩むこと2カ月。とりあえず自作してみようという結論に至り、Amazonで300ドルのCNCルーターを、またeBayでセラミックのチップキャリア(半導体パッケージ)を購入するなどして準備し、KiCadで設計、製作した。初の“手作り量子チップ”(チップ型平面イオントラップ)の完成だ!

安価な工作機械とオープンソースのCADソフトで既製品のチップキャリアを加工し、チップ型の平面イオントラップを作る

できた! 機能としてはイオントラップなのだが、見た目はなんとなく“コンピューター”っぽい

 しかも、この平面イオントラップをテストしたところ、粒子をいい感じに並べることができた。よしよし。

空中になかなかいい感じに並ぶ粒子

 ……と、ここでアラン氏は、開発の方向性についてやや不安になった。イオントラップを自作し、テストもうまくいった(と思う)が、本当にこのやり方で正しいのだろうか。ほかの量子コンピューターも手に取って中身を見てみたいところだが、あいにく最先端の技術であり、まだ家電量販店でもAmazonでも量子コンピューターは売っていない。もちろんeBayに中古品が出品されているなんてこともない。

 そんなとき、ロンドンの科学博物館で英国の諜報機関、GCHQが協賛する特別展が開催されていることを知った。この特別展は、古典的な暗号技術から最新のサイバーセキュリティまで、機密情報をめぐる国家間の攻防や技術の歴史をひもとく内容で、そこにはイオントラップ型の量子コンピューター試作機やウエハも展示されているという。これはきっと参考になるぞ!

 さっそく会場に足を運んだアラン氏は、GCHQの量子コンピューター試作機が展示してあるコーナーに直行し、すぐさまウエハをチェックした。やった! うれしいことに、展示してあるのはアラン氏が自作した平面イオントラップと同じようなデザインだった。方向性は間違っていなかった。これで次に進むことができる。

英国の諜報機関GCHQが製作した、イオントラップ型量子コンピューターの試作機とウエハ

ヨシ!

現在は真空チャンバーとレーザー照射装置を製作中、完成は半年~1年後?

 途中でやや脱線してしまったが、次は真空チャンバーを作らなければならない。「これは現在製作中だ」とアラン氏は語る。すでに部品はeBayで調達済みであり、それを組み立てている最中だという。

組み立て中の真空チャンバー。中央には手作りのチップ型イオントラップが鎮座する

 それよりも問題はレーザー照射装置だ。量子ビットを正確に操作するために、指定どおりに波長や出力などを制御できなければならず、これが難しい。もちろんこの装置も自作中だ。ふつうに完成品を購入すれば2万5000ユーロ(およそ300万円)くらいかかるが、eBayでArduinoベースの製作キットを購入して、オプティカルマウントは3Dプリンターで自作すれば2000ユーロ(およそ25万円)くらいで抑えられる。目下、ネット検索しながら製作方法を勉強中だという。

レーザー照射装置の製作キットがネットで購入できる時代、バンザイ!

 完成までの道のりはまだ長い。これまでかかったコストは1万5000ユーロほど(およそ185万円)。アラン氏は、完成まで6カ月から1年くらいを見込んでいると明かす。もっとも、講演後の質疑応答で「高性能レーザー装置が提供できるかもしれない」と語る聴講者が登場。後日相談する約束を取り付けていたので、もしかしたら“自作量子コンピューター”は、思ったよりも早くお披露目の日が来るかもしれない。

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