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日本ハッカー協会がセミナー開催、同事件担当の平野敬弁護士や高木浩光氏らが登壇【前編】

Coinhive事件に学ぶ、エンジニアが刑事事件で身を守る方法

2019年05月08日 07時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp

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捜査/公判で身を守るためのポイント、覚えておくべき「3つのルール」

 こうした流れの中で、被疑者/被告人は自分の身をどう守っていけばよいのか。平野氏はいくつかのポイントを説明した。

 まず「皆さんに一番覚えていただきたい大原則」として、「捜査機関(警察や検察)は法律に根拠があることしかできない」ことを挙げた。これは日本国憲法 31条に定められており、捜査機関は法律に根拠のない捜査や処分を行うことはできない。

■日本国憲法 第31条:
何人(なにびと)も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

 さらに、より具体的に覚えておくべきルールとして「黙秘権」「令状主義」「弁護人選任権」の3つを挙げる。

 黙秘権(憲法 38条)は、警察や検察の捜査段階、裁判所の公判段階のいずれにおいても、自分自身に不利益となる供述を強要されないという権利だ。単に取調べや公判の場で供述しない(黙っている)権利にとどまらず、捜査段階で取調べのための出頭を拒否する権利、また出頭後にいつでも退去できる権利(刑事訴訟法 198条)も含む。加えて、黙秘したからといって不利益な扱いを受けないという権利でもある。

 その裏返しとして、“黙秘権があるにもかかわらず”取調べや公判で供述したことは、証拠として扱われる可能性がある。たとえば警察で、いったん不利な内容の供述調書を取られてしまうと、その内容を「後でくつがえすことは極めて困難だ」という。いったん黙秘しておき、弁護人と相談したうえで慎重に供述していくほうが有益である。

黙秘権の価値。平野氏は「被疑者を守るために与えられた最大の武器」と表現する

 さらにここで平野氏は“作文調書問題”を指摘した。これは被疑者の供述を聞いた取調官が、一人称で(「私は……」と被疑者に成り代わって)書面を作成し、音読して被疑者に内容確認させて署名押印を求め、供述調書を作成する手法だ。

 しかし平野氏は、こうして作成される調書には必ず「被疑者を有罪にするヒントが入っている」ことを強調する。なぜならば公判時に証拠として提出できる調書は、「被疑者が不利益な事実を認める」内容の調書(自白調書)だけだからだ(刑事訴訟法 322条1項)

 「なぜ取調官が調書を作りたがるか、それはのちの裁判で証拠にするためだ。無意味な調書は決して作らない」「たとえば『今回のことは深く反省しています、二度といたしません』などと、(有罪に導くために)自分が言ってないことまで書かれる。『そんなこと言ってません』と言うと、『じゃあお前は反省していないのか!』というロジックで攻めてくる。これに対抗できる人はなかなかいない」

 2つめのルールである令状主義は、捜査機関が強制的に被疑者の逮捕・勾留、住居への侵入・捜索、証拠品の差押えなどを行うには、裁判所の許可(令状)が必要であるというものだ(憲法 33条と35条1項、刑事訴訟法197条1項、犯罪捜査規範99条)。これは捜査に当たる警察の暴走を防ぐために定められたルールであり、捜査はなるべく被疑者の任意に基づかなければならないという意味で「任意原則」とも呼ばれる。

 ただし被疑者が「任意」で応じるならば、警察は被疑者を警察署に同行させて取調べたり、証拠品を提出させたりすることができる(警察官職務執行法 2条2項、刑事訴訟法 101条)。そのためしばしば、本来は任意である取調べや証拠提出を、さも義務であるかのように装って求めてくることがあるという。

 「いったん『任意』に応じてしまうと、それを後から取り消すことはとても困難だ。警察が皆さんに何かを指示するときは、それが令状に基づく強制処分なのか、単なる任意の“お願い”なのか、そこを意識してほしい」

 ちなみに、捜査中の指示について疑問に思った際には、ストレートに「それは令状があるのか(強制か)、それとも任意か」を聞いて確認してほしいという。強制か任意か、警察は嘘をついたりごまかしたりしてはいけないルールになっている(犯罪捜査規範 100条)

 平野氏はサイバー犯罪の捜査でよくある指示、たとえば「ログインIDとパスワードを教えて」「令状や差押え執行中の写真撮影や録画はやめて」などはすべて任意の“お願い”であり、応じる義務がないと語った。ちなみに撮影や録画は、証拠品として差押えられる可能性が高いスマートフォンではなく、デジタルカメラなど別のデバイスで行うほうが良いそうだ。

捜査段階では「PC/サーバーのパスワードを教えて」「差押えのようすを録画しないで」など、実は応じる義務のない「お願い」が多数あるという。身を守るためには記録も大切だ

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